第三話 カノジョのご奉仕

まえがき


 誠に勝手ながら、前話の後半を大幅に改稿いたしました。更新してから、どうしても自分の中でひっかかっていたところがありまして……。大筋の内容に変更はありませんが、改稿前にお読みいただいた方には(2021年8月31日以前)失礼なことをしてしまいまして、申し訳ありません!


※ ※ ※ ※ ※


 そういえば、最初から違和感はあった。

 今朝、駅で会ったときも、その白い肌はやたら艶めかしく輝いて見えて、ふわりと漂う香りも前よりずっと甘く感じた。白いブラウスに、エンジ色のフレアスカート――清楚な印象の服装は相変わらずだったが、それでも、滲み出る色気……みたいなものがあった。柚葉ちゃんがそっと寄り添ってきただけで、甘いカクテルでも嗅いだみたいに頭がぼうっとして……嗚呼、これがフェロモンってやつなんだろうか、とぼんやり思ったもんだ。ちょっと会わないうちに大人っぽくなったな、と内心、驚きつつ、街中だというのに、柚葉ちゃんを抱きたくてたまらなくなった。

 そうして悶々としながら、柚葉ちゃんの部屋に足を踏み入れるや、ぶわっと溢れてきた柚葉ちゃんの濃密な香りに我慢の限界がきた。もう何も考えられなくなって、荷物を玄関に放り投げるようにして、柚葉ちゃんにがばっと抱きついた――その瞬間、


「あ、旭さん……」と耳元で柚葉ちゃんの苦しげな声がして、「今……下、履いてないんです」


 え、なんて……?

 あまりに唐突で。想像――いや、妄想すらしなかった一言に虚を突かれ、一瞬にして勢いを失った。

 柚葉ちゃんの細い身体をガッチリと抱きすくめたまま硬直。ええっと……と必死に頭を整理しながら、「し……『した』というと……?」とおずおずと問う。すると、柚葉ちゃんは躊躇うような間を開けてから、熱い吐息とともに耳元に囁いた。


「下着……履いていないんです」

「な……なぜ……?」

「――旭さんに会うから」


 ああ、俺に会うから――って、いや、なんで!?

 そりゃ、確かに……今から脱がす気満々だったけども。それにしても、フライングすぎない? 準備万端すぎない? え……いつから? いつから履いてなかったの!? まさか……最初から? 駅からずっと? 街中を歩いているときも、隣でひらひらと揺れていた柚葉ちゃんのスカートの下は――!?

 全身が火がついたように熱くなって、頭の中まで茹で上がるようだった。

 無垢で清らかで、あんなにも純真だった柚葉ちゃんが、俺のために自ら進んでそんな羞恥プレイを――というギャップに俺の中で激しく燃え上がるものがあった。

 そのまま、柚葉ちゃんに誘われるままに、風呂場に直行。二人でシャワーを浴びることになったのだが、


「旭さんは、何もしなくていいから」と柚葉ちゃんはバスタオルを体に巻いた姿で、シャワーを手に恥ずかしそうに言った。「全部……私がキレイにしてあげるね」

「全部って……」


 ――だった。

 まさに、至れり尽くせり。アホのように素っ裸で突っ立つ俺を、柚葉ちゃんはゆっくりと丁寧に隅々までキレイにしてくれた。ボディタオルもスポンジも使わずに……。

 いつも隣でシャーペンを握っていたその手が――、何度も繋いだその小さな手が――、俺の全身を這い、優しく撫で、やがて、いきり立ったソレに触れる。

 初めて、肌を重ねたあの日……ほんの四ヶ月前、見ただけで凍りついたように固まってしまったのに。俺の前で両膝ついた柚葉ちゃんは、ソレを目の前にしても戸惑う様子もなく、それどころか、大事そうにそっと両手を添えて、「はむ」と咥え込んだ。


「え……!?」


 と、思わず、声が出ていた。

 快感の声――とかではなく、驚愕のそれだった。

 そこから先、頭の中では『あの柚葉ちゃんが?』『あの柚葉ちゃんが?』『あの柚葉ちゃんが?』の連続。キスもやっとだったのに……俺の半裸を見ただけでも顔を真っ赤にして目を逸らしていたのに……なに、この超絶技巧!? と驚愕するばかり。

 口いっぱい柔らかなぬくもりで包み込みながらも、執拗に攻め立ててくるような舌使い。強弱も緩急も知り尽くしているような手捌き。そして、『旭さん』といつも鈴の音のような澄んだ声を響かせていたその唇からは、淫らで生々しい音が漏れ聞こえ――ギャップに次ぐギャップが波のように襲いかかってきて、快楽の海に飲み込まれるようだった。


 正直、俺は『あの清純だった子が……!?』といったギャップものが大好きで、だから――ということもあったのかもしれない。


 おかしいな〜、おかしいな〜、とは思いつつも、そんな違和感さえ、どうでも良くなってしまっていた。脳天まで突き抜けるような快感に、すっかり我を忘れ、気づいたときには、積もり積もった愛欲を柚葉ちゃんの口の中に吐き出していた。

 刹那、天にも昇るような恍惚感が過ぎ去るや、一気に地の底にでも堕ちていくような背徳感に襲われ、「ごめん」と慌てて謝る俺に、柚葉ちゃんは「んーん」と口許を拭いながらやんわりと微笑んだ。


「旭さんが気持ち良くなってくれたなら、それでいいの」


 嗚呼、なんていじらしい。やっぱり、柚葉ちゃんだ――なんて、そのときは呑気に感動してしまったのだが……。


   *   *   *


「ご……ほうし……」


 もう一度、ぽつりと言う。今度は、風呂場での出来事を思い返しながら……。そして、愕然とした。

 ものすごく、しっくりと来てしまった――。

 間違いない、と唇を噛み締める。風呂場のあれは紛うことなく『ご奉仕』だ。柚葉ちゃんは俺に『ご奉仕』したんだ。エッチの仕方さえ、よく分からず、ただぎゅっと目を瞑って待つだけだった柚葉ちゃんが……。それは『ギャップ』の一言で済ませられる変化ではないだろう、と今更ながらに悟る。いや……きっと、もうとっくに悟っていたのかもしれない。

 心のどこかで察していた。きっと、無意識に気づいていた。深層心理で覚悟していた。だから、俺はあんな夢を――柚葉ちゃんが浮気する夢なんて見たんだ。


「あ……旭……さん?」


 すっかりが無くなったからだろう、柚葉ちゃんは困惑した様子で俺とソレを見比べていた。

 さすがに萎えるわ、と心の中で吐き捨てるように言う。カノジョが誰かに技でイカされたのかと思うと……。


「柚葉ちゃん」ゆっくりと口を開き、俺は力無い声で問うた。「誰に……教わったの?」

「へ……」と柚葉ちゃんは相変わらず純真そうな眼をパチクリさせ、小首を傾げる。「教わった、て……?」

「ご奉仕の仕方……誰かに教わったんだろ?」


 自嘲気味に鼻で笑い、ぼそっと言う俺の声は投げやりになっていた。

 柚葉ちゃんはしばらく呆気にとられたようにぽかんとしてから、ハッと目を見開き、


「分かっちゃったんですか!?」


 分かっちゃったんですか!? ――その言葉がグサリと槍の如く胸に突き刺さる。

 やっぱり……? やっぱり、そうだったのか、柚葉ちゃん!? なんてことだ……! 一緒に受験を戦い抜いて、つい、この前、大学に送り出したばかりだというのに……! たった四ヶ月、離れていただけで、他の男の魔の手に……!?

 頭に浮かぶのは、さっきの夢に出てきた長髪の男だった。柚葉ちゃんのスカートの中に手を忍ばせながら、こちらをチラリと見て不敵に笑っている。

 ――ああ、もう……怒りさえ湧いてこない。

 途方もない虚しさ。己が情けなくてたまらない。

 魂でも抜け出そうな重い溜息をついて、がくりと項垂れた、そのときだった。


「先月、私……誕生日だったから」


 おずおずと柚葉ちゃんはそう切り出した。

 誕生日? なんだ、急に? まさか、馴れ初めでも話し出すんじゃないよな? 『私にあなたの熱いロウソクをぶっ挿して』なんて……と勝手に想像するや、何を考えているんだ、と自己嫌悪でげんなりしていると、


「やっと十八歳になれたから……見たんです。『清純だった義妹が、突然、ノーパン淫乱ご奉仕』」

「ん……?」


 な……なんだって……? 今、柚葉ちゃんは、何を……見た、て? なんだろう……ものすごく、嫌な予感がするのだが……。

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