息吹なき廃墟に捧ぐ別離の譚

畏怖と疑問を書き散らした頁

■月■日


 まだ朝ご飯も食べていないうちから今日の日記を書くのはおかしいことだと思います。でも、さっきあったことをそのままにしておくのはいけないような気がしたので、ここに先んじて書いておきます。きっと忘れはしないだろうけれど、念のため。

 朝起きて、顔を洗い終わったところで、■■に話しかけられました。あの子とは特別仲が良い訳ではないし、部屋が同じになったこともないけれど、何故か私に声をかけてきました。

 いわく、ここに来る前のことを聞きたいとのことでした。

 ここでは、家族や、ここに来る前の自分について話してはいけないことになっています。本当の名前だって、他の子たちに教えてはなりません。

 だから、私は初め、だめだよと伝えました。それがきまりなのだと、丁寧に教えました。

 でも■■は引き下がらなかった。光のない、色の抜け落ちたみたいな瞳で、瞬きすらせず、壊れたおもちゃみたいにお話しください、と繰り返すばかりでした。

 私はそれが怖くて逃げ出しました。そうして、今日記を書いています。

 ■■は、あんな子だったでしょうか? あんなに恐ろしくて、底知れない人だった? 昨日まで、私はあの子のことなんて、気にも留めなかったのに。

 ここにいる子たちが、世間一般でいうところの『普通』からかけ離れていることは私にもわかります。私だって、私が普通の枠組みから外れた存在であることを知っている。だから、きっと■■も普通ではないのです。

 でも、どうして私はあの子の恐ろしさを今まで感じ取れなかったのだろう? そればかりが気になって、仕方ありません。

 あの子は私よりも後に来た子です。私より幾分か年下のようだったし、部屋も離れていた。誰かと遊んでいるところはあまり見かけませんでした。……いや、私が気付いていないだけで、もしかしたら遊びの輪に加わっていたのかもしれない。私が言うのも何だけど、あの子はとても小さくて、人の中に埋もれてしまうような子だから、見落としていても致し方ないのです。

 未来の私、■■には気を付けて。それだけを書きたかったのです。どうかこの懸念が、不必要なものでありますように。

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