水曜日 その三

マスオは教室に入った。登校する途中、長月のことが頭から離れなかった。『運命の人』っていう言葉もなんか、現実味がなかった。今までそんなことを信じたことがないマスオだったから。


アツコはとっくに席についていた。マスオは少し迷ったけど、アツコの隣までいって、ぎこちなく礼を言った。


「き、昨日のお守りは、どうも、ありがどう」


いちおう、何事も起こらなかったお礼として言ったまでだ。


「私のお守りはすごいでしょう!」


アツコは勝ち誇ったように微笑みを見せた。お守りが効力あることに疑いのない笑顔だ。


「でも、完全に認めたわけではないよ。昨日はたまたま、変なことが起こらなかっただけなのかもしれないんだから」


マスオは自分の負けをみとめたくなく、すぐ否定した。


そんなにむきになったマスオを見まもるアツコは、自分は大人だから分るよ、というような眼差しで何度か頷いた。


「それって、何が変なことが起こっているってわけ?!」


話してからアツコはいきなり起き上がり、顔をマスオにぐいっと近づかせた。


「な、なにもないよ。あるわけないでしょう」


マスオはアツコから目をそらした。口を滑ったのが間違いだったと悔やんでも仕方がない。アツコの質問攻めをどうやってかわしたらいいか考えた。なのに、アツコはそれ以上追求することはなかった。


「わかった。でも私のお守りの効果を否定していいの?今日の分はほしくないかな?」


マスオは言い返す言葉を失った。効果は信じない。でも、心に勇気を与えるものとしてはお守りが欲しがった。



「安心して、今日の分もちゃんとあげる。でも、お守りを作るのって、すごく霊力を使うのよ。お礼は口だけだと、ちょっと……ねぇ?」


俯いて悩んでいるマスオを見ながら、アツコは言った。


マスオはアツコの話したがっていることをすぐ分った。


「今日の帰りにデザートおごってあげるよ」


「その言葉を待っていました!駅前のデザート屋に新しい商品が出てきたの。とても人気らしいの。それが食べたがったよね」


「分ったよ。それをおごればいいでしょう」


アツコとたわいのないと話をしていると、授業のチャイムが鳴った。マスオは自分の席に戻ると、また、長月の事を思い出してしまった。


よく考えれば、自分の事を長月と名乗るあの女の子は一体なにものなんだろう。僕の事をずっと探していたとか、生まれ変わってもすぐ分るとか、分けのわからないことを話して。もしかして、頭がおかしい人なんじゃ?!それなら、ママが危険かも。


だが、長月っていうあの子は変人には見えない。何だろう、不思議だけど、長月とどこかでであったような気がする。それに、心の中に温かい気流が溢れる。確かに、少しは懐かしい気持ちもなったけど、なぜだろう。もしかして僕は本当に彼女の運命の人?ってくだらないことも考えながら、黒板に視線を向けた。


マスオはいろいろと悩みながら、頭を抱えた。


そんなマスオの姿に、先生は自分の講義がむずかしいため、マスオが苦悩していると、勘違いをしてしまったらしい。


「マスオ君」


いきなり、名前を呼ばれたので、マスオははっとたち上がった。


「は、はい!」


「どこが難しい?」


「えっ?」


先生の言っていることがよく飲み込めなかった。けど、こんな時、正直にはなすとと、後が大変になるので、マスオはでとぼけることにした。


「すみません、全部難しいです」


「そう。分った。……じゃ、もう一度説明するね。マスオ君は坐っていいよ」


「はい」


椅子に坐ると、前に坐っているアツコがメモをこっそりと、渡した。


何か悩みがあるの?と書いてあった。


マスオは、何でもないよ、と書いて渡した。


長月のことを考えれば考えるほど、いとしく感じてきた。自分のこんな心の変化にマスオもびっくりして、考えないように試みたけど、無駄だった。これがもしかして『好き』という気持ちなのかな。


長月の姿が頭に焼きつかれたように、消せない。


マスオは、自分がおかしくなったと思ったその時、誰かが、自分の頭を軽く触るのに気付いて顔を上げてみた。


アツコだ。


「なにぼうっとしているの?やっぱり、悩みがあるのよね。この巫女の目は誤魔化せないよ。正直に話してみて、力になってあげるから」


昨日は、百歩譲って、アツコのお守りのお陰で何も起こらなかったかもしれないけど、アツコの力を完全に信用しているわけでもない。でも、自分のことを巫女と呼んでいるんだから、あの黒い影の不思議なこともきっと信じてくれるだろう、とマスオは思い始めた。


アツコはマスオの顔から心の微妙な変化を察して話し出した。


「話してみてよ。私はマスオの言う事を信じるから」


マスオはアツコのこの言葉を聞いて、自分が見たことを話してあげることに決めた。


「昼休みの時間に、どこか人のないところで話してあげる」


「うん、分った。そうしよう」


アツコの顔はぱっと明るくなった。マスオが秘密を共有することが、何より嬉しかった。秘密共有はとても親しい人じゃないとできない事だから。例えば恋人同士のような関係?こんな事を考えながら、アツコは椅子にちゃんと坐って、先生が入ってくるのを待った。


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