水曜日 その四

長月は男性と別れてから、当てもなくうろうろしてはいけないことを切実に感じた。力の強い黒魂はどこかにある。今まで出会うことができなかっただけ。


今まで弱い黒魂と相手をしたから、ちょっとだけ浮かれていたのかもしれない。長月はしっかりと自己反省をした。


もっと急いで沢山の黒魂を吸収し、力を上げないと。


なのに、長月が焦っていらば焦るほど、事は思うとおりにならないものだった。長い時間歩き回っているけど、黒魂の気配はどこにもいなかった。一体どうしてだろう、と長月は疑い始めた。街にはあてもなく歩いている人がこんなにもいるのに、黒魂が感じ取れないなんてありえないからだ。この人たちの心の中にはきっと黒魂があるはずなのに。いない方がおかしい。


そういえば、手掛かりは確かに一つはある。長月は思案しながら歩き続けた。目的地はなかった。


手掛かりはマスオの家に会った結界だ。結界があるっていことは、この町には呪力を使える人がいるってことになる。なら、その人が黒魂を狩るのもむりはない。あの人たちは昔から馬が合わなかった。今回の戦いはツイてない。最初にいやな奴らとも出会うなんて。


こうなった以上、その人たちより早く黒魂を見つけて食べないと。そうしないと、黒魂が全部、その人たちによって消されてしまう。


気が付くと、長月はいつの間にか、最初にこの大地に足を踏んだ山のふもとに来てしまった。午後なので、人の姿はみえない。平日の昼はこんなもんだ。時にしては、夜より、昼のほうが、犯罪に向いている。特に、昼にはあんまり人が来ない山とか。


このまま踵を返して町に戻るのはここまで来た体力にもうしわけないと思ったので、長月は目を閉じて精神を集中した。そして、山の中に黒魂がいないか探った。


しばらくしてから、黒魂の弱い力を感じ取った。弱いから、見逃そうと思ったけど、これを見逃したら、いつまた黒魂を見つけられるか知らない。それに、ないよりましだ。チリも積もれば山ってわけだ。


長月は黒魂のいる場所に向かって歩き出した。


黒魂も近づいている長月に気付いたのか、距離をとろうとしたが、また元の場所に戻ってじっとしていた。観念したのか?


長月はゆっくりと山を登った。 向こうが逃げる気がないなら、こっちから急ぐ必要がないと思った。長月は草むらのなかで黒魂を見つけた。


見たとたん、長月は息を吸ってしまった。黒魂の正体はこの間、この山で自分が助けた女だった。


女は長月が来たのを見て、ゆっくりと立ち上がり、気味悪い笑顔を見せた。


「久しぶり、でもないけど、久しぶりと言わせて。なんか、そんな気分なの」


「あなた、どうして?」


長月は目の前の女の姿が信じられなかった。でも、女は別に気にもせず、明るい顔でいた。


「顔、変だけど。あっ、わかった。どうしてこんな姿になったかと?」


女はその場で体を一周りして長月に見せた。裸の体に、黒魂が三つの黒くて短い棒になって、大切な部位だけ、隠している。


「全部あなたのお陰じゃない?私がこんなふうになったのは」


「私?」


長月は驚いた。あの日、確か目の前にいる女を助けたと思ったが、一体何があって、こんなふうになってしまったのか、知りたくもなった。ましえてや、自分のお陰と話している。


「そうよ。全部あなたのお陰。あの日ね、そのままあなたが行かなかったら、私はこんなふうにはなれなかったよ」


「どういうこと?あの日、確かにあなたを助けたと思ったけど……。黒魂も殺したし」


「確かに、あのクズ男からは私を助けたよ。でも、それで私はまた救いの手をうしなってしまったことになったのよ」


「何を言っているか、全然分らないけど」


「そうね、わからないよね」


女はケラケラ笑ってから話をつづけた。


「中途半端なところで、あなたがあのクズ男の黒魂を消したから、私はあの時から、続きを求め続けたの。どんなことをしても、こころの欲望を抑えることができなかった。その時、欲望が新しい黒魂を生み出し、この黒い棒となったわけよ。だから、わかった?」


「わからないけど」


「わからないだろうね、私が何を考えているのか!」


女は言葉を止めて、自分の胸の前に浮かんでいる二つの棒の中の一つを手に取って、口元に運んだ。そして、舌を出して、舐めた。


「ご覧のとおり、私はもう、性欲なしには生きていけないよ。一秒でも刺激しないと、心が痛くなるの。これは全部あなたのせいよ」


「それじゃ、あの男は?」


「もちろん、もう使え物にならないほど、遊びまくって、処分したよ。だって、あんの屑男がこの世に生きていても、何の得もないでしょう?……最初に欲望が襲ってきたとき、あの男で体が満たされると思ったけど、黒魂のとは比べ物にもならないのよ。だから、おもちゃとしてちゃんと使ったの」


女は笑い出した。悲しく聞こえてきた。おかしくなった自分の人生を悲しんでいるのだろうか。


あの日、長月は女から服を脱ぎとった時、確かに、後始末はちゃんとしたと思うけど、今の様子からみれば、そううまくいかなかったみたいだ。


「じゃ、今回、私がもう一度、あなたを黒魂から助けてあげる」


「無理だよ。だって、私ね、こんな状態が段々気にいってきたの。いつも絶え間なく、性欲を感じることも悪くないと思い始めたの。だから、このまま戦わずに私のことを見逃しては駄目?」


長月は少し戸惑った。女がこうなったのは自分のせいだと思ったから。だから、黒魂から女を解放すると、女は救われると思った。


こう結論をつき、女に訴えようとした時、空から、竹のような棒が飛びついてきた。


長月はこんな思いがけない攻撃を間一髪でかわした。そして、驚いたような眼差しを女に向けた。


「はっはっはっ。あなたは意外とバカだよね。黒魂を操る人の話を真にうけるなんて、本当にバカだね。私があのクズ男の黒魂が中途半端なところでやめたから、こうなったと思っているの?私は、最初からこうなの。あなたが最初に現れたときから、私は欲望に飢えていた。そして、あのクズ男にわざとさらわれたの。その前にも、たくさんの男と関係をもったよ。私は最初からこんな乱れな女の子なの。だから、救うなんてことは考えないで」


女が話しを続けている間も、三本の棒はずっと長月を攻撃した。


長月はかわしながら、髪で反撃をした。しかし、棒は思ったより丈夫だ。長月の髪が黒魂の棒を砕くことができなかった。


ちらっと、女を見ると、女の体の前にまた棒が現れた。女はその棒で攻撃をするのではなく、弄くり始めた。


今の女は黒魂と一つになった。黒魂を吸収すると、女は絶対に死ぬ。


もし、あの男性に出会わなかったら、こんな黒魂は見逃してもいいけど、自分より強い黒魂がある事を知った以上、どんなに弱い黒魂でも、食べることにした。戦ってみたら、思ったよりは強いが。


三本の棒が一斉に長月に向かって飛びついてくると、長月は長い髪を使って、三本の棒を包んだ。そして、棒の力を吸収した。


「あら、あなたの髪はそんなふうにも使えるの?便利だよね。……でも、一体、何本の棒が包められるか、試してみたくなったね」


言い終わると、女の前にいくつかの棒が現れた。


「まず、二十本で試してみようか?」


棒はたちまち竹のようになって、長月に飛びついた。


長月は髪で易く、二十本の棒を包んで吸収した。


「次は四十本行くよ」


棒はいきなり長月の目の前に現れた。


長月は先ず髪で自分の周囲を囲み、そして、一部の髪を使って髪の壁を叩く四十本の棒を全部吸収した。


「すごいね。じゃ、次は百本行くよ」


長月は女の黒魂が弱いからと言って、見くびった自分を恥ずかしく思った。黒魂の力は確かに弱い。でも、女の絶え間ない欲望が黒魂に力を与えている。一言でいうと、棒はいくらでも出せる。


女を直接に攻撃しないと、この棒は消えない。


百本の竹のような棒は空中で待機している。長月の隙を狙っているようだ。


長月は髪を傘のようにし、女の子に向かって走り出した。


すると、急に棒が長月の真正面に現れ、長月に向かって飛びついた。


以外なところで棒が現れたので、長月は髪で防ぐことはできなく、まともに攻撃を食らっていまった。


棒に突かれ、後ろに倒れると、空中の棒はこの瞬間を待っていたかのように、一斉にして、長月に向かって落ちた。


百本の棒の攻撃で、大地は揺れ、轟きが響き渡った。


埃があたり一面に立ち込めた。長い棒だけが埃の中から姿を突き出している。


こんな情景を見た女は自分の勝ちを確信したように微笑んだ。しかし、その微笑みもすぐ消え去った。


竹のような棒が次ぎから次へと消えている。


女はまた棒を作り出した。新しく作られた棒は長月が倒れた場所に向かって飛びついた。


地面に突き刺した棒は著しい速さで消えている。


埃が森の中の風に全部吹かれて消えた。


すると現れたのは、長月の身長の三倍はある髪があちこちに突き刺したある棒をひっくるめている情景だった。


長月の長い髪に巻かれた棒はすぐ消えてしまった。


女は長月の変化に驚いて一瞬だけ動きを止めたけど、すぐ気を取り直して、棒を作りだした。しかし、新しく作った棒も、長月の髪の前では歯を立てなくなった。


女は棒を作り続けていると、もう、長月の吸収の早さにはかなえなくなった。気がづくと、長月はもう自分の目の前についたことを、女は知った。


「やっぱり、私はあなたにかなえないのね。最初からしってたから逃げなかった。もしかして勝てるかもって思ったんだけど、やっぱり無理だった」


長月は髪で女の子を体を隙間なく包んだ。


「でも、少しだけ、楽になれるかも」


「楽にしてあげる」


長月の話が終わらないうちに、後ろから黒魂の棒が飛び込んで、長月の背中を狙った。でも、刺される前に髪に巻かれた。


「こうなったら最後。もう助かる方法がない」


長月は冷たく現実を告げた。


女は力なく笑った。そして、長月を見つめながら言った。


「本当のようだね」


女は体から黒魂が消えていくのを感じた。


「私がこんなふうになったのはあなたのせいじゃないから、気にしないで。気にしていないかもしれないけど言わせて。黒魂が吸われたら、自分が死ぬことくらいは知っている。私の死体をこのままここにおいて。後始末はあなたがやらなくてもいいから」


「分った」


こういった長月は女の頭も髪で包んだ。


黒い煙のようなものが、長月の髪を伝って、段々長月の体の中に流れ込んだ。


女の願いどおりに、長月は死体をそのままそこにおいて、山をおりた。

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