4.葛藤
「勘違い、だと?これが・・・・?」
一之瀬の瞳から、次第に光が薄れてゆく。
愕然とした表情を浮かべながらも、一之瀬は胸の内で必死に恩田の言葉に抗っていた。
言われた事は全て理屈が通っているように思える。
そこに、反発する隙など、どこにもない。
だが。
理屈ではない、これは感情の問題。
揺れ動く胸の内で、何かが強く叫んでいた。
お前は間違ってなどいない。
心から、恩田という男を求めているのだと。
「せや。分かったやろ?せやからな」
「・・・・いい」
「ん?なんや?」
俯き、小さく呟く一之瀬の言葉が聞き取れず、恩田は身を屈めて顔を寄せる。
その耳に入って来たのは。
「勘違いでも何でもいい。今の俺にはお前が必要なんだ。他の誰でもない、お前が!」
(・・・・・・・・っ?!)
突き刺さるような、一之瀬の心の叫びだった。
いつでも、避けて通っていた。
交わして逃げて、ここまで生きてきた、今この瞬間まで。
初めて自らにぶつけられた本音の想いを受け入れる事が出来ず、恩田は思わず後ずさる。
「あんたは良くても、俺はイヤや・・・・勘違いなんて、そんなんごめんや」
振り絞るように押し出した言葉は、僅かな震えを伴っていて。
(・・・・恩田?)
「悪いけど、俺にはあんたの気持ちは受け入れられ・・・・」
「本気で言っているのなら、俺の目を見て言え」
「本気もなんも、ないやろ?だいたい最初から」
「目を合わせろと、言っているだろう?」
頑なに顔を俯け、降りかかる髪で覆われた恩田の表情は、全くと言っていい程、読みとる事はできない。
「恩田」
静かな声で名を呼び、一之瀬は片腕を伸ばしてそっと頬に手を掛ける。
少しでも乱暴に扱ったならば、壊れてしまうガラス細工の人形のような。
何故だかは分からないが、そんな錯覚を受ける程に、目の前にいる恩田の姿は、今にも壊れそうな程に脆く見えた。
自然、肌に触れた指先も、掛ける言葉さえも柔らかく包み込むようになっている事に、一之瀬自身は気づかない。
「振られるならば、仕方ない。これは俺の勝手な想いの押しつけだからな。お前をさんざん利用して、挙げ句に本気で惚れたからと言ってお前にどうこうしてくれというのは、虫の良すぎる話だと俺自身思う。だけどな、恩田。恋は、独りで抱えているだけじゃいつまでも恋のままだと、愛に変わる事は無いと、そう俺に言ったのはお前だ。俺はあの人に最後まで想いを伝える事ができなかった。結果的には、それで良かったと思っている。だけど、この想いだけはお前に伝えたいと、そう思ったんだ。あの苦しい想いから俺を救ってくれたのは、他でもない、お前だ、恩田。感謝している。振られようが振られまいが、俺にとってお前はこの先もきっと、特別な存在になるだろう。だから・・・・だからこそ、頼む恩田。振るなら振るで、ちゃんと俺の目を見て言ってくれ。じゃないと俺は・・・・」
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