3.それぞれの想い

「わっ」


声をあげかけ、恩田は慌てて口を手で押さえた。

一番会いたくない人物が、そこにはいた。


「よぅ」

「い・・・・一之瀬さんっ、何してはるんですか、こないなとこで」

「決まってるだろう?」


大げさなまでに驚きを現す恩田に、一之瀬は思わず苦笑いを漏らす。


「お前に会いに来た」

「え・・・・?」

「お前、言っただろう?いつでも付き合ってくれる、ってな」

「そらそうやけど・・・・」


(あの時とは、状況が変わってん。分かっとるくせに、何でやねん・・・・)


困惑を隠そうともせず、恩田は一之瀬を見る。


「会社で待っていようとも思ったんだが、どこぞのボンクラ御曹司は一向に来る気配が無いんでな。何がそんなに忙しいんだが、連絡も取れない。だから、悪いがこちらから出向かせてもらった、って訳だ」


表情こそ穏やかだが、真っ直ぐな視線を投げかけてくる一之瀬の瞳は、有無を言わせない雰囲気。

小さなため息を吐くと、恩田は渋々、一之瀬を中へと招き入れた。


「ちょっと、急ぎの用があるんや。悪いけど、用件は手短に・・・・っ!」


ドアを締め、振り返るなり奪うように唇を塞がれ、恩田は目を瞠って眼前の男を見る。


「何を驚いている?」


唇を離すと、一之瀬は口の端を吊り上げ、笑った。


「こういうのは初めてか?」

「・・・・いや。2回目や」

「ほぅ」

「ついこのあいだ、ふいをつかれてなぁ・・・・気絶させられて、気づいたらベッドの上やった」

「そうだったな」


力のある視線が意外にも長いまつげに隠され、恩田は内心ホッと息を吐く。


「また同じ手を使っても良かったんだが、それじゃあまりにも芸が無いだろう?」

「え?・・・・くっ!」


力任せにドアに背中を押しつけられ、うめき声を漏らす恩田の顔が、一之瀬の長い指に捉えられ、両の瞳を覗き込まれる。


「あの時、俺は必死だった。愛する人にどうすれば愛される事ができるのか、どうしたら同性であるあの人の愛を俺の方に向けられるのか、どうしても知りたかった。だから、お前を・・・・利用した」


苦しげにそう告げる一之瀬の言葉。

既に分かっている事実を告げているに過ぎないその言葉は、驚く程に深く、恩田の胸を抉った。


「ええねん・・・・そんなん最初から」


真っ直ぐに見つめる一之瀬の瞳を受け止めきれず、視線を逸らしかけた恩田の瞳を再度捉え、一之瀬はゆっくりと口を開く。


「だが、今は違う」

「・・・・一之瀬さ・・・・」

「今俺に必要なのは、あの人じゃない。お前なんだ、恩田」


二組の瞳は互いを見つめたまま。

暫しの沈黙の後、僅かに頭を振り、恩田は言った。


「それはちゃうで、一之瀬さん」

「なに?」


険しく吊り上がる一之瀬の視線に、恩田は苦笑を見せる。


「あんた、勘違いしとんねん。ほら、あんたにとって俺はずっと、あの人の代わりやった訳やろ?せやからな、自分の中で置き換えたまま、俺に本気になってしもたんや」

「ちがう、俺は本当に」

「いいや、ちがうこと無い」


一之瀬の瞳に動揺を見てとり、恩田は顔を捉える一之瀬の指をそっと外すと、微笑を浮かべて続けた。


「ほんなら聞くけど、何で俺が必要なん?何で俺じゃなきゃダメなん?俺じゃなきゃあかん理由なんて、どこにも無いやろ?もし、あの時あんたと一緒に飲んでいたのが俺やなくて、他の誰かやったら。もしその誰かが俺と同じようにあんたに悪戯心起こしてしまうような奴やったら・・・・あんたにとってはそいつでも良かったはずや。あの人の代わりができて、それであんたを慰める事ができる奴やったら、俺やなくたって誰にだって、あんたは今俺に持ってる感情を持ってしもたはずや。あんた、勘違いしとるだけなんや。自分の本当の想いを、な」

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