2.気付いてしまった想い
(嘘やろ・・・・?)
胸の内で呟いた問いは、自分自身への問い。
あれから。
一之瀬と最後に体を重ねた夜から、恩田の脳裏には、一之瀬の見せた表情が焼き付いて離れなかった。
『あんた、あの子に嫉妬したんとちゃう?』
何故そんな事を言ってしまったのだろうと、何度も自分を責めた。
刹那だけを楽しむ関係である相手には、言ってはいけない言葉というものがある。
そんな事は、十分に承知しているはずだった。
嫉妬。
この感情が生まれてしまったならば、関係は終わる。
今までもそうして来たし、変えるつもりなどなかった。
しつこく付きまとわれる事を、恩田は苦手としていた。
また、逆もしかり。
特別な感情を持つ事。
特別な感情を持たれる事。
そのどちらも、必要はない。
少なくとも、今の自分には。
必要なものは、後腐れのない関係。
刹那だけの愛情。
その場だけの優しさ。
愛し愛される喜びを思う存分に味わったその翌日に、素知らぬ顔で他の誰かと愛を交わし合う。
そんなスタイルを、恩田は好んでいた。
誰も傷つけず、誰にも傷つけられず。
表向きの、大義名分。
傷つきたくない、傷つけられたくない。
密かに抱える、弱い心。
気づかない振りをして、自分のスタイルを貫いていくつもりだった。
それなのに。
何故、言ってしまったのだろう?
あの言葉を。
『あんた、あの子に嫉妬したんとちゃう?』
あの瞬間から焼き付いて離れない、一之瀬の表情。
同時に。
苛み続ける、胸の痛み。
『まさか、な』
あの時、思わず口をついて出てしまった呟きは、今考えれば自分自身に向けた言葉に他ならなかったのだ。
いつからだっただろうか。
気づけば、体を重ねる相手が、減っていた。
自ら【恋人達】に連絡を取り、オフの時間を楽しんでいたのが、今では求められれば応える程度。
連絡手段さえ、絶っている事も多くなった。
時間が無かった訳ではない。
もちろん、興味が無くなった訳でもない。
必要以上の感情を、いつの間にか抱いてしまっていたのだ、一之瀬という男に対して。
(冗談、やろ・・・・?)
問いかけの答えなど、とっくに出ている。
NO。
今では、いつでもこの答えが恩田の胸には用意されている。
「嫉妬、か」
小さく呟いたはずの言葉は、空しさを伴って部屋中に反響する。
嘲笑を頬に張り付け、恩田はベッドサイドから腰を上げた。
ここ最近、ずっと使われる事の無かった、大きめのダブルベッド。
最後に肌を合わせたのは、今頃例のプロジェクトに精を出しているだろう、一之瀬だ。
想いを寄せる大切な人、光石の為に。
きっと彼なら、あのプロジェクトを成功に導くだろう。
恩田など、いなくても。
「嫉妬してたんは、俺の方やったんか」
気づいてしまってから、どうしても足を運ぶことができなくなってしまった、一之瀬との打ち合わせ。
職務怠慢だと言われようが、公私混同と言われようが、打ち合わせへ向かおうとしたとたんに、一之瀬の事が僅かでも頭を掠めたとたんに、足が体を運ぶ事を拒んでしまう。
今のこの状態で一之瀬と顔を合わせた時、自分がどうなってしまうのか、恩田には想像もつかなかった。
それだけに、怖かったのだ。彼に会ってしまう事が。
我を忘れて、この想いを暴走させてしまう事が。
(だからイヤやったんや、こない想いを抱えるなんて・・・・)
重いため息を吐き、上着を羽織りながらキーを手に取る。
(あんたのせいやで、一之瀬さん。あんたがあないに愛されたい表情見せるから・・・・いつの間にか俺まで本気になってしもたんや。でももう、やめや。あんたがほんまに愛して欲しかったんは、俺とちゃうもんな。これ以上こないな事続けてたら、勘違いしたままあんたまで俺に本気になってしまう。今かて、本気になりかけてるんやろ?俺に。それじゃあかんねん。あんたにとっても、俺にとっても。せやからもう、あんたとは会わへん。それが、ベストなんや。きっと、お互いに、な)
独り頷き、恩田はドアノブに手を掛けた。
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