EXIT

1.伝えるべき想い

『あんた、あの子に嫉妬したんとちゃう?』


気づくと、頭の中に聞こえる声。

だが、一之瀬はもう気づいていた。

愕然としたのは、恩田の口にした言葉ではなく。

その言葉に対する、自分の反応。

あの言葉を聞いた瞬間に、分かってしまった、自分の想いの行き場。

押し隠す他はなかった、光石への想い。

それ故に、日々抉られていた胸の傷は、いつの間にか恩田に抱かれる事で癒されていた。

確かに最初は、恩田の指を、唇を、吐息を、光石のものだと自分自身に思いこませ、満たされない想いを慰めていた。

だが、たとえそれがその場だけのものだったとはいえ、恩田が一之瀬に触れる時、そこにあったのは紛れもなく本物の愛情。

少なくとも、一之瀬にはそう感じられたのだ。


『一緒にいる間だけ、思いっきり甘やかして優しくしてくれればいいんだ。彼もそれを望んでいるのよ』


彼女は、そう言っていた。

事実なのだろうと、今なら思う。

でも、彼女から聞かされた時、一之瀬は思ったのだ。


【だが、俺に対してはそうじゃないはずだ】


だからこそ、不安だった。

恐怖さえ感じた。

それらの一切を瞬時に認める事ができず、苛立たしく感じもした。

既に答えはあったのだ、自分の中に。

(俺は、奴を・・・・)

気づけば、今ではもう、度々見かけられる光石と彼女との仲睦まじい姿にも、彼女だけに向けられる光石の優しげな眼差しも、一之瀬の胸を締め付けはしなくなっていた。

代わりに、頭を離れる事なく悩ませる、2つの言葉。


『あんた、あの子に嫉妬したんとちゃう?』

『一緒にいる間だけ、思いっきり甘やかして優しくしてくれればいいんだ。彼もそれを望んでいるのよ』


もう一度、恩田に会わなければいけない。

会って、伝えなければいけない事がある。

この自分に、恋の説教を垂れたあの男に。

そう思って連絡を取ってみるものの、拒絶されているのではないかと思うくらいに、連絡が取れない。


(恩田・・・・)


プロジェクトは既に、第二段階に進んでいる。

本来ならば、リーダー同志を筆頭に、お互いの会社の意見を戦わせ、戦略を練る段階だ。

だが、打ち合わせの場にやってきたのは、彼の代理だという、先方の社員。

打ち合わせ1回目。

打ち合わせ2回目。

彼が姿を見せない打ち合わせが続くに連れ、彼の不在に不満を漏らす者も出始めた。

打ち合わせ内容への不満ではない。打ち合わせ自体は順調に進んでいる。

ただ、恩田がいない。

その事に、皆不満を漏らしているのだ。


(俺の、せいか?)


思いかけて、とんだ自惚れだと、嘲笑が浮かぶ。

それでも。

心のどこかで、一之瀬は願っていた。

恩田が姿を現さないのは、自分のせいだと。


「恩田さんが来ないと、なんかつまらないね」

「うん。恩田さんてさ、空気悪くなってもいつの間にかほぐしてくれるし。それに、結構ビシッと締めてもくれるしね」


社内の女子社員や、プロジェクトに参加している社員達の言葉に、何とはなしに罪悪感を感じ、一之瀬はその場を離れた。


(一体、お前は何をしているんだ?)


勤務終了後。

会社を出て、一之瀬が向かったのは、逢瀬を重ねている恩田のマンション。


(みんな待ってるんだぜ、お前の事を)


無意識の内に、一之瀬は走り出していた。


(この俺も、な)

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