7.求めていたもの

(『ちがう』って・・・・)


紫煙の向こう。

背を向けて微睡みに身を委ねる均整のとれた体に、自然と視線が吸い寄せられる。


(もう、俺はあの人の代わりなんかやない、なんて。・・・・言うてくれる訳、ないわなぁ・・・・)


思わず漏れてしまう、苦笑い。


(わかってても、キッツイな・・・・)


まだ火をつけたばかりのタバコを灰皿に押しつけ、様子を窺いながら、静かにバスローブを手に立ち上がり、シャワールームの扉を開く。


(でも、そんなら何で、そないな事するん?何で・・・・?)


少し前。

ベッドを共にした『恋人』の1人が漏らした、床話。


 『いつものバーで会った人でね。もう、超イケメンで。なんていうの?【できる男】オーラが全身からダダ漏れの人だったんだけど。もちろん、あっちもとっても上手で・・・・。ねぇ、稔、あなたあの人と知り合い?何だかその人ね、稔の事聞きたがってるみたいだったわ。・・・・いやぁね、私が言う訳無いじゃない。言うったって、私あなたの事、ほとんど知らないし。・・・・一緒にいる時は、私の事だけを愛してくれる、って事以外は、ね』


(あんた、おかしいで?あんたがやってる事全部。わかっとるん?)


栓を捻り、頭上から降り注ぐ熱めの湯に体を打たせながら、瞳を閉じる。


(まぁ、あんたがええならええんやけど。俺かて、別に本気のつもりは無いしな)


強がっているつもりは無かった。

抱いている間は、もちろん本気で求めている。

だが、俺が求めているのは、彼の体。

彼が求めているのも、俺の体。もっとも、俺の上にあの人を重ねて見ているのだろうけれども。

でも、それだけのはず。

誰か1人に執着するなんて事は、今までただの一度も無い。

プロポーズを断られた、あの日以来。

その瞬間。

その刹那。

お互いが満たされるならば、それでよかった。

なのに、時折見せる彼のやるせない表情が、無性に俺の胸を締め付ける。


(『代わり』でも何でも、かまへんねん)


「特別な感情なんて、無いんやから」


胸の疼きは更に強さを増したが、俺はシャワーの心地よい熱に、身も心も委ねて、固く瞳を閉じた。




「あ・・・・起こしてしもた?」


シャワールームから出ると、一之瀬さんはベッドに半身を起こして、どこかぼんやりとしているようだった。


「いや、さっきから起きていた」

「そか。先、シャワー使わせてもろたで」

「あぁ」


いつになく、歯切れの悪い彼の口調。


「どないしたん?」

「えっ?」

「いや、ボーっとしとるみたいやから」

「・・・・何でもない」


素っ気ない言葉を残し、彼はバスローブを手に、シャワールームへと消える。

体を重ねている間は、確かに彼は俺に-俺の上に重ねたあの人に-心を開いている。

けれど、朝を迎えるたびに、再びその心はしっかりと閉ざされる。

毎度の事で、馴れてはいた。

だが、今朝はいつにもまして、拒絶されているような気さえした。


(一体、なんやっちゅーんや!!)


唐突に、怒りが沸き起こる。

一方的に関係を求められ、終わればまた突き放される。

たとえその場限りの関係でも、俺には俺なりのやり方がある。

そこに恋愛感情が存在しなくても、同じ空間で求め合っている間は、恋人同士。かりそめの恋愛を楽しむのが、俺のやり方。

だから、目一杯愛してあげるし、本気で求めもする。

朝になって、部屋を出るまでは、恋人同士。

俺も、相手の恋人として振る舞うし、相手にもそうあって欲しい。

少なくとも、今までの『恋人』達とは皆、そんな関係だった。

それなのに。


(一体俺をなんや思っとんねん!)


やがて、シャワーを浴び終えた彼が部屋に戻り、何事も無かったかのように、俺の前で服を身につけ始めるのを見ている内に、敢えて無視し、燻り続けていた感情が、俺の口を開かせた。

気づいた時にはもう、口に出してしまっていた。

言わずにいるつもりだった事を。


「なぁ、一之瀬さん。この間、あの子と寝たやろ?あの子が俺と関係を持ってる事、知っとるうえで」

「・・・・っ!」


身支度を終えたばかりの背中が、はっきりと強ばった。


「何でそないな事するん?別に、あの子と寝た事を怒ってる訳や無いんや。あんたもあの子も、お互い合意の上で楽しめればそれでええと思うし。けど、あんたあの子に俺の事色々聞いたんやろ?何でや?」


何も言わず、彼は背を向けたまま玄関へと向かう。


「なぁ、答えられへんの?なら、俺が言ったろか」


頑なな彼の背中に、俺はゆっくりと、言った。


「あんた、あの子に嫉妬したんとちゃう?」


瞬間。

振り返った、彼の顔。


(一之瀬さん・・・・?!)


眦を吊り上げ、目元を朱に染め。

射殺さんばかりに俺を睨み付ける一之瀬さんの瞳に、息が止まった。

荒々しく閉じられた扉の音にやっと我に返ったが、それから暫く、俺の頭から彼の瞳の残像が離れる事はなかった。


(・・・・冗談、やろ?一之瀬さん・・・・)


シャワーと一緒に押し流したはずの胸の疼きが、再び目を覚ましたかのように胸の内を駆けめぐる。


「まさか、な」


口をついて出てきた言葉は、彼に向けたものなのか。

それとも。

俺自身に向けたものなのか。


呆然としたまま、俺は彼の出ていった扉を、暫くの間眺めて続けていた。

 



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