4.問われた答え
【聞きたい事がある。今日、会えないか?】
(なんや?珍しいな、一之瀬さんから『会いたい』なんて)
スマホに入ったメッセージに、俺は首を傾げた。
プロジェクトは現在、第二段階の準備中。
準備はそれぞれの会社で行う事になっているため、俺は一時的に本来業務に戻っている。
それはすなわち。
一之瀬さんとのパートナー関係も、一時的に解消している事と同義だ。
だいたい、一之瀬さんの性格からして、仕事上での問い合わせなら、さっさと電話でもメールでもしてくるはず。
こんな回りくどい聞き方をするような人ではない。
(なんや、あったんやろか?)
【ほな、今日の夜、この前のマンションに来て貰えます?】
メッセージを送ると、直後に了承のメッセージが返信されてきた。
「で。聞きたい事って、なんです?」
「あぁ・・・・」
ソファに並んで腰を下ろし、じっと下を見たままの彼を見つめる。
目の前にあるブランデーには口も付けず、俺の方のグラスがすっかり空になってしまった頃。
彼はやっと口を開いた。
「この前、ここに来た時」
一度言葉を切り、彼はゆっくり俺の方へと顔を向けた。
真顔でまっすぐに俺を見、口を開く。
「寝ている俺にキスをしたのは、お前か?」
「・・・・っ?!」
何も言わなくても、思わず出てしまった驚きで分かってしまったのだろう。
彼は小さく息をついて、再び視線を床へと落とした。
「やはり、な」
「すんません、いっつも隙なんてどこにも無い一之瀬さんが、あんまりにも無防備やったもんやから、つい悪戯心で・・・・」
慌ててグラスをテーブルに戻し、平謝りに謝る。
彼がもし女であったとしても、好きでもない男に寝ている間にキスされたと分かったら、そういい気分はしないだろうに、さらに悪い事には、彼は男だ。
しかも、彼には想いを寄せている人がいる。
冗談で済ませてくれればと、祈るような思いで頭を下げる俺に、だが、意外な言葉が返ってきた。
「お前、男でも抱けるのか?」
「・・・・へっ・・・・?」
「お前はてっきり、女好きだと思っていたが」
思わず、彼の端正な顔に、見入ってしまった。
冷やかしや嫌みで言っているようには見えなかった。
それに、俺には分かってしまったのだ。
彼が何故、そんな事を聞きたがっているか。
「そやな・・・・そら、女の子は女の子で可愛いし、柔らかくて気持ちええから大好きですけど。男にも、男のええとこがあるんですわ。けど、こればっかりは人によって違うもんやし、嫌や言う人に言うても分かってもらわれへんけどな。」
「男のいいとこ、か」
両膝に肘を付き、顔の前で組み合わせた手に額を預けて、一之瀬さんは眉根を寄せて前方を睨み付けていたが、ふと顔を上げ、俺に言った。
「俺にも、あると思うか?」
「・・・え?」
あまりに予想外の言葉に、俺は言葉を失って、彼の瞳を見つめた。
「俺にも、あるのか・・・・?」
眉を顰め、真剣に俺を見る一之瀬さんの表情は、今にも泣き出しそうに見え、まるで小さな子供のようにも見えて。
思わず抱きしめてしまいたい衝動が、体を突き動かす。
だが、その衝動を押しとどめたのは、彼のあの、切なげな顔。
『みつ・・・いし・・・・さ・・・』
(あかん・・・・俺じゃ、あかんねん)
上げかけた腕を戻し、俺は一之瀬さんの瞳に笑いかけた。
「答えて欲しい人は、俺やなくて・・・・他の人やろ?」
「・・・・っ?!」
動揺を隠しきれず、彼は視線を彷徨わせる。
「せやったら、その人に答えてもらわな。・・・・らしないで?一之瀬さん。会社では超やり手で、あないモテモテのあんたが。釈迦に説法かもしれんけど、、恋は、独りで抱えてるだけやったら、いつまでも【恋】のままや。【愛】にはならへん。あんたがそれでええっちゅーんなら、別にええんやけどな。でも、辛いんちゃう?ずっとその【恋】を、独りで抱え続けて行くんは」
「・・・・・そうだな」
続けて何か言いかけ、思い直したようにまた口を閉じ。
彼は静かな微笑を浮かべて、顔を上げた。
「しかし、まさかお前に恋の説教を食らうとは、な・・・・」
微笑を苦笑に変え、ソファから立ち上がった彼に、いつもと同じ空気を感じ、俺もホッとして立ち上がる。
「くだらない事に時間を取らせて、悪かった。それじゃ、邪魔したな」
(くだらんなんて、思ってもおらんくせになぁ・・・・優しい人なんやな。でも、俺にまで気ぃ使てくれる事、無いんやで?)
玄関先へと向かう彼の後に付いて歩きながら、俺は彼の背中に言った。
「とんでもない。俺でええなら、いつでもお付き合いしまっせ」
と。
スローモーションのように彼が振り返り・・・・
(えっ・・・・?!・・・・っ・・・・)
視界に、闇が降りた。
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