3.思わぬ秘密

プロジェクトの第一段階が無事終了した日。

翌日が休みだったこともあり、俺は一之瀬さんを飲みに誘った。

プロジェクトの仲間と数人での飲み会は何度かあったが、一之瀬さんと2人で飲むのは、初めてだった。


「一之瀬さん・・・・酒、強いんですなぁ」

「まぁな」


プロジェクトの成功が余程嬉しかったのか。

彼はかなりいいペースで、グラスを空け続けていた。

おまけに、彼が飲んでいる酒は、少なくとも俺には一気に飲み干す事などできない程、アルコール度数が強い酒。

だが、彼は余裕の笑みさえ浮かべて、新しいグラスを手にしている。


(ほんまに、大丈夫やろか)


「なぁ、恩田。お前、まだ時間はあるか?」

「えっ?そらまぁ、ありますけど」


実のところ、今夜は久しぶりに出来たオフの時間。

一之瀬さんと別れた後で、束の間の可愛い恋人と恋愛でも楽しもうと思っていたのだが。

何故だが俺はこの時、束の間の可愛い恋人よりも、目の前にいる男の事に興味を覚えていた。

仕事中には見せたことの無い、弾けるような笑顔を見せる、この一之瀬という男に。


「そうか。じゃあ、今夜は男2人で飲み明かそうぜ」

「一之瀬さんは、男よりお姉ちゃんと飲み明かす方がええんちゃいます?」

「偶にはこういうのも、悪くないと思って、な」


そう言って、ほろ酔い加減の笑顔を見せる彼に、俺は小さく頷いた。



(確かに、『偶にはこういうのも』おもろいかもしれへんけど、なぁ・・・・)


疲れ果てた体をソファに投げ出し、ベッドに横たわる彼の姿にため息を吐く。

変わらないペースでグラスを空けていた彼の姿に、俺もすっかり騙されていた。

きっと、俺が心配し始めた時には、既に相当酔っていたのだろう。

そうでなければ、仕事上は一応信頼を得たとは言え、俺相手に『男2人で飲み明かそう』などという言葉が、彼の口から出てくるハズが無い。

結局、十何杯目かのグラスを空けた所で、彼は突然意識を失ってしまった。

当然、そんな彼をそのまま店に置いて帰れるはずもなく、ここまで背負って帰る羽目に。


(はぁ・・・・エライ目に遭うたわ・・・・)


親父にも会社にも内緒で、私的に借りている俺だけのマンションは、一之瀬さんの会社からもそう遠くはない場所にある。

当初、今夜はここで、束の間の可愛い恋人と地上12階から見える夜景を楽しみながら、目眩く一夜を過ごす予定だった。

だが、その予定は大きく変わり、今、俺と一緒にこの部屋にいるのは、『恋人』にするにはちょっとばかりキレ者過ぎる、一之瀬 怜司。


(ほんま、この借りは大きいで?一之瀬さん。今ここで、体で払て貰てもええくらいやわ)


何も分からずに酔い潰れて眠っている一之瀬さんは、思わずそんな冗談さえ言いたくなる程に、どことなく色っぽい。

いつもの尊大さは影を潜め、どこにでもいる、年相応の普通の青年に見える。

さらに言うなら、俺が今まで抱いたどの男よりも綺麗に見えた。いや、男だけじゃなく、どの女よりも。



(体で払え、とまではさすがに言われへんけど・・・・悪戯くらいなら、させてもろても、ええかな~?)


胸元をくつろげながらソファから立ち上がり、俺はゆっくりとベッドの端に片膝をかけた。

重みで僅かにベッドが傾いたが、彼は目を覚ます気配もない。


「なんや、誘っとるみたいやで?その唇」


小さく囁きながらそっと頬を寄せ、微かに開かれた唇に口づける。

それだけで、終わらせるつもりだった。

だが。


「・・・・んっ・・・・」


小さく体を震わせ、確かに返された彼の反応が、俺の好奇心を擽った。


(へぇ・・・・こら意外やわ。するだけやのうて、される方も馴れてるっちゅー事かいな)


彼の寝息を確認し、再度唇を重ねてみる。

今度は、もう少し深く。


「ん・・・・ぅ・・・・」


鼻に抜けるような、彼の声。

次第に、体が熱を持ち始めてくる。


(なぁ、どこまで平気なん?このままやったら、ほんまに体で払て貰う事になってまうで?)


未だ眠りから覚めない彼の顔に苦笑を浮かべながらも、俺の悪戯は益々エスカレートしてしまう。

開かれた唇から差し込んだ舌に、誘うように絡んでくる彼の舌の動き。

無意識だとは思えない程に情熱的で、その反応に力を得て、俺は彼の胸をはだけ始めた。

首筋から指を這わせて、肩口を撫で、そのまま下へ下がり、堅さを増しつつある胸の突起を指の腹でまさぐる。


「ぁっ・・・・」


(こうして見ると、めっちゃ色っぽいなぁ)


キスの合間に漏らす彼の声は、徐々に艶を帯び始め、悪戯が悪戯では済まなくなりはじめた瞬間。


「みつ・・・いし・・・・さ・・・」


(・・・・?!)


思わず、手が止まった。


「ぅ・・・・ぁっ、みつ・・・い・・・・さ・・・・」


(そうか・・・・そういう事やったんか)


うっすらと頬を上気させ、小さな喘ぎを漏らしている彼の表情は、改めて見てみれば快楽に抵抗し、苦悩しているかのような切ない顔。


今までに、何人のこんな顔を見てきただろう?

一体どんな業を背負っているというのか。

ライトな人間関係のみを楽しむようになってからというもの、何故だか俺は、恋愛の痛手を負った者に頼られる事が多い。

当たり前、と言えば、当たり前かもしれない。

傷を負った人間は、その痛みに耐えられなくなった時、誰かに縋るものだから。

後腐れの無い人間関係を望む俺は、一時的に縋るにはもってこいの人間なんだろう。

だから俺は、嫌という程に、こういう顔を見てきていた。

いい加減、馴れてもいいはずだとは思うけれども、他人事ながらに、何度見ても胸が締め付けられるような痛さを感じる。


因果なものだと、その度に思う。

恋も愛も。

無ければ無いで、生きていく事は可能なのに。

それでも、誰もが誰かに想いを寄せ、恋に落ちて愛を求める。

辛い想いをしても尚、誰かを想い続ける。

今目の前で苦しんでいる、この青年のように。


(すんません、一之瀬さん)


痛みと共に胸に大きな罪悪感を感じ、俺は彼の服を元通りにすると、薄手の羽毛を肩口まで引き上げてやった。


(ゆっくり、休みや)

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