2.出会い
「お前が、プロジェクトリーダーや」
「はぁっ?なんで俺なん?いやや、他になんぼでもおるやろ、適任なんて」
「社長命令や」
「なんやそれ・・・・」
「いつまでもフラフラしとらんと、お前にもそろそろしっかりして貰わんとな」
社長室を出ると、俺は盛大に溜め息を吐いた。
いつかは俺が、親父の後を引きついで、この会社の社長になる。
それはもう、既定路線。
分かってる。
だから、そのための勉強だって、してきたつもりだし。
経営学だって、人心掌握術的なものだって、学んできたつもりだ。
親父の会社に入って、諸先輩方から、色々な事を、厳しくも優しく仕込んで貰ってもいる。
でも。
まだ、いいだろ?
俺まだ、そんなでかい責任ある仕事なんて、やり遂げる自身なんか無いんだよ。
それに、向こうの会社のプロジェクトリーダー、なんかすげぇ人みたいで、怖いし。
親父みたいな社交性は、まだまだ身に付いてないんだよ、俺。
だいたい、俺は人付き合いが苦手なんだ。
俺はまだ社長ではないけど、次期社長ってことだけでも、俺の周りにだって色んな種類の人間が集まって来るよ。
綺麗ごとばかりの世の中じゃ無い事くらい、この年になればイヤというほど分かってはいるつもりだけど、それでも、常にアンテナを張り巡らせて警戒をし続ける状況には、もううんざりなんだ。
だから。
敢えて、使えないアホ社員を演じたりもするんだよ。
相手の警戒を解く為に。相手からの攻撃をかわす為に。
親父からの突然の命令。
お得意先の会社と共同で立ち上げたプロジェクトの、プロジェクトリーダーの指名。
それだけでも、俺には相当荷が重かったのだが。
それ以上に、荷が重いもの。
それは。
「経営者は、孤独だぞ。今のうちに、信頼できる味方を作っておけよ」
という、ことあるごとに言われる、親父からの言葉。
分かってる。経営者である親父が言うんだから、それは間違い無いことなんだろう。
でも。
俺はもう、誰も信じられそうもないよ。きっと、味方なんて、作れない。
本当は俺だって、誰かを信じたい。好きになりたい。愛したい。
だけどもう、これ以上傷つく事には、耐えられそうもない。
チキンなのかな、俺。
チキン、なんだろうな・・・・
親父からのプロジェクトリーダー指名から数日後。
俺は、先方のプロジェクトリーダーと初対面することとなった。
顔合わせの場には、先方の上司とプロジェクトリーダー。それから、親父と俺が参加。
その後の具体的な打ち合わせは、先方のプロジェクトリーダーと俺の2人で。
『先方のプロジェクトリーダーは、部内でもキレ者でヤリ手らしいぞ。胸を借りるつもりで、勉強してこい』
そう親父から聞かされていた俺は、ガチガチに緊張した状態で打ち合わせに臨んだのだった。
パッと見でも分かるくらい、いわゆる【できるオーラ】が全身から放たれているような男。
とにかく、一分の隙も無い。
おまけに、見栄えもかなりのもの。
名は、一之瀬 怜司。
見た目では年は同じくらいだが、それでも彼は、俺よりも数段経験を積んだ、年上の先輩のような感じがした。
打ち合わせは終始、一之瀬さんのリードで進んだ。
彼はこのプロジェクトに並々ならぬ決意で挑んでいるようで。
口調から、表情から、その熱意の程がイヤというほどに伝わってきた。
俺はと言えば。
いつものクセからか、彼の話を黙って聞きながらも、彼が仕事上のパートナーとして信頼に足る人物かどうかを、じっくりと見定めていた。
結果は、5:5。いや、6:4といったところか。
信頼できる方が、少し上回る程度。
キレ者でヤリ手と評判の彼が、いつこちらの寝首を掻くかは、分からないから。
ここはひとつ、アホを装って様子を見てみるのが、いいだろう。
そう判断し、打ち合わせ終了後、俺は殊更に明るい声で、一之瀬さんに話しかけた。
「へ~、ほな、同い年ですやん。はぁ・・・・ほんま良かった。なんやめっちゃキレ者でヤリ手の人がこちらのプロジェクトリーダーやて聞いとって、実は今日、めっちゃ緊張してたんですわ。俺、うまいこと一緒にやっていけるやろかって」
言いながら、彼の表情を窺い見る。
俺に対する彼の印象は、あまり良くは無いようだ。
まぁ、普通の人間なら、そうなるだろう。
打ち合わせの場でほとんどしゃべらず、終わったとたんに軽口を叩くような奴を、パートナーとして最初から信頼する方がどうかしている。
「でも、ええなぁ、こちらの会社。可愛い女の子、メッチャたくさんいますやん!一之瀬さん、ええ男やし、モテはるんちゃいます?」
「・・・・ご想像にお任せする」
「ほな、絶対モテてはるな。間違いないわ。こない仕事のできるええ男、周りの女の子が放っておく訳ないですやん!」
彼は、露骨に顔をしかめた。
どうやら感情表現は素直なようだ。
・・・・社会人としては、どうかとも思うが。
それとも、俺を下に見ての、気の緩みなのだろうか?
まぁ、それならそれで、構わない。
こっちも仕事が、しやすくなる。
「あ~、ほんま良かった。一之瀬さんとなら、なんやうまいことやってける気ぃするわ。これからしばらくの間、よろしゅうお願いします、一之瀬さん」
「あ、ああ。こちらこそ」
拒絶されるかも、とも思ったが、彼はさすがにそこまで子供ではなかったらしく。
俺が求めた握手に、案外すんなり応じてくれた。
でも、彼はその時、俺の事など全く考えていなかったと思う。
彼の頭にあったのはおそらく、このプロジェクトの成功への道筋の事だけ。
(この人なら・・・・ある程度信用しても、ええかもしれへんな)
そう俺に思わせたのは、ひとえに彼から伝わる、このプロジェクトへの並々ならぬ熱意。
もちろん、このプロジェクトに関わるのは、彼と俺だけではないから、事を慎重に運ぶ必要があった。
アホ御曹司を装って、相手の油断を誘い、懐に飛び込んだ後で優位に事を進めるのは、俺の十八番。
最初こそ、一之瀬さんは俺を全く頼りにはせず、共同プロジェクトは暗礁に乗り上げかかったものの。
どうやら彼は、仕事ができるだけではなく、人を見る目もあるらしい。俺の動きを、きちんと把握していたのだろう。
次第に俺を仕事のパートナーとして認めるようになってくれ、その後、プロジェクトは順調に進み始めたのだった。
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