5.答えを求めて

「この前、ここに来た時」


一度言葉を切り、下へ彷徨わせていた視線を、奴へ向ける。


「寝ている俺にキスをしたのは、お前か?」


ずっと疑問に思っていた事を、奴にぶつける。

あの夜と同じ、恩田のマンションの一室で。

プロジェクトは、現在第二段階の準備中。奴と再び仕事で顔を合わせるのは、第二段階に入ってから。

その前に、はっきりさせておきたかった。

そして、恩田に連絡を入れた時から、きっと俺は望んでいたのだ。

もう一度、あの温もりに触れたいと。

もしあの時の手が奴のものだったとしても、それはそれで構わなかった。

ただ、どうしても触れたかった。

触れて欲しかったのだ。

あの優しさに。


「・・・・っ?!」


言葉もなく目を見開く奴に、俺はどこかホッとしている自分を感じていた。


「やはり、な」

「すんません、いっつも隙なんてどこにも無い一之瀬さんが、あんまりにも無防備やったもんやから、つい悪戯心で・・・・」


嘘なのか本当なのか。

どちらにしても、言い訳にしかならない事を言い、奴は俺に頭を下げる。


(つい、か)


その気持ちは分からなくはない。

つい。

便利な言葉だと思う。

男なら、女性相手によく使う言葉だろう。


『君があまりに可愛いから、つい』


などというように。

つい。

奴も、今この言葉を使った。

しかも、男であるこの俺に対して。

という事は。

それは、すなわち。


「お前、男でも抱けるのか?」

「・・・・へっ・・・・?」

「お前はてっきり、女好きだと思っていたが」


声の震えを悟られないように、必死で冷静さを保ちながら、奴に問いかける。

どうしても、知りたい答えだった。

そして、奴はそんな俺の問いに、答えてくれた。


「そやな・・・・そら、女の子は女の子で可愛いし、柔らかくて気持ちええから大好きですけど。男にも、男のええとこがあるんですわ。けど、こればっかりは人によって違うもんやし、嫌や言う人に言うても分かってもらわれへんけどな」

「男のいいとこ、か」


小さく口に出して、思いを巡らせる。

男のいいところ。

言われた所で、今まで男との経験など全くない俺には、どうにも感覚がつかめない。

確かに今、俺は光石さんという男を愛してはいるが、男だから愛しているのではなく、光石さんという人間そのものを愛しているのだ。

そしてまた。

光石さんに愛される事を望んで止まない、俺がいる。


(男のいいところ・・・・)


ふと気づき、俺は顔を上げて奴を見た。


「俺にも、あると思うか?」

「・・・え?」


半ば口を開いて、奴は驚いたように俺を見ている。


「俺にも、あるのか・・・・?」


こんな事を聞けるのは、この男くらいしかいない、と思った。

【つい】という言葉だけで、この俺に手を出せる男は、俺の知る限り、この男くらいだろうと。


(教えてくれ、恩田。俺は・・・・俺でも、光石さんに愛される資格は、あるというのか・・・・?)


必死の思いで、奴の瞳を覗き込む。

だが。


「答えて欲しい人は、俺やなくて・・・・他の人やろ?」


見る者に安堵を与える笑顔を浮かべて、奴が口にした言葉。


「・・・・っ?!」


(こいつ・・・・)


思わず視線をそらし、俺は唇を噛みしめる。


「せやったら、その人に答えてもらわな。・・・・らしないで?一之瀬さん。会社では超やり手で、あないモテモテのあんたが。釈迦に説法かもしれんけど、、恋は、独りで抱えてるだけやったら、いつまでも【恋】のままや。【愛】にはならへん。あんたがそれでええっちゅーんなら、別にええんやけどな。でも、辛いんちゃう?ずっとその【恋】を、独りで抱え続けて行くんは」


実際、奴の言う通りだった。

たとえ、奴から俺の欲しい答えを引き出したとしても、それがそのまま光石さんの答えになる訳ではない。

わかっていた。そんな事は。

それでも、俺は。

奴の言葉を求めていたんだ。

ずるいとは思う。汚いとも思った。

だが、今俺の抱えている想いを、光石さんにぶつける事など、できない相談だ。

伝えて拒絶され、今の関係が壊れてしまうくらいならば、俺はこの想いをずっと【恋】のままで終わらせるつもりだった。

確かに、いつ終わるとも分からないこの【恋】を抱え続けて行くのは、辛いに違いない。

だから。

だからこそ。

俺は求めてしまったんだ。

あの夜の温もりを。あの夜の温かさを。


「・・・・・そうだな」


だが・・・・

言いかけて、口を噤む。

お前の答えはどうなんだ?

などと、聞いた所でまた、かわされる気がした。

ただ、直感的に、奴は俺の望む答えをくれるだろう、とも思っていたような気がする。

何とか心を落ち着かせ、俺は微笑を取り繕って顔を上げた。


「しかし、まさかお前に恋の説教を食らうとは、な・・・・」


ゆっくりとソファから体を起こし、立ち上がって玄関先へと向かう。

求めているものは得られなかった。

ならば、俺がここに居る理由は無い。


「くだらない事に時間を取らせて、悪かった。それじゃ、邪魔したな」


ドアノブに手を掛け、腕に力を込める。

扉が開きかけた瞬間。


「とんでもない。俺でええなら、いつでもお付き合いしまっせ」


微笑む奴の上に、光石さんの笑顔が重なり・・・・


(はっ・・・・俺は、何を・・・・)


スローモーションのように崩れ落ちる奴の姿を、俺は呆然と眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る