4.叶わぬ想い

「一之瀬、一体きみはどうしてしまったというんだ?」


部長席に呼びだされ、お叱りを受ける。

ここ半月で、もう何度繰り返した事だろう。

プロジェクトの第一段階が無事終了し、第二段階を迎えるまでの間、俺は一時的に本来業務に戻っていた。

少しばかり離れていたとはいえ、本来業務を忘れてしまうほど、俺の頭は悪くはない。

だが。

勤務中に光石さんの姿が視界に入るたび、俺の思考は中断されてしまうのだ。

あの夜に感じた、心地のよい愛情を求めて。

そしてその度に、有り得ないミスを連発していた。

我ながら、情けない限りだ。


「どこか具合でも、悪いのでは無いか?」


光石さんに無用な心配までされてしまい、俺は焦って頭を下げた。


「いえ、どこにも異常はございません。申し訳ありません」

「では、何か悩み事でも?」

「いえ、大丈夫です。ご心配をおかけし、申し訳ございません」


申し訳ない。

この気持ちに嘘偽りは無かったが、同時に俺は、嬉しくも思っていた。

光石さんが、俺の事を気に掛けてくださっている。

たったそれだけのことが、ただ嬉しかった。

だが。


「それなら、いいのだが。今後は気を付けてくれ。きみにしっかりして貰わないと、後輩たちにも示しが付かないからな」


ゆっくりと視線を上げたその途中。

デスクの上に、無造作に置かれていた光石さんの手に、俺の視線は釘付けになった。


(この手が・・・・)


思ったとたんに、体を走り抜ける、熱い疼き。

頬を、唇を、首筋を、胸元を。

滑り降りる指先を思い描き、次第に頭が朦朧とし始める。


「・・・・だと思うのだが、きみはどう・・・・一之瀬?おい、一之瀬っ!」

「・・・・はいっ!」


声にハッと我に返り、姿勢を正した目前には、光石さんの気遣わしげな表情。


「やはり、少し休んだ方が良さそうだな。今日はもう帰っていい。ゆっくり休め」

「・・・・申し訳ございません・・・・」


深々と頭を下げ、逃げるように部長席に背を向ける。

幸いにも、今のところ、急ぎの仕事は溜まっていない。

手早くデスク周りを片付けると、俺は自宅へと戻った。


スーツのままベッドに体を投げ出し、目を閉じる。

脳裏に浮かぶのは、光石さんの、優しい笑顔。

同時に。

体の奥底から湧きあがる、あの日のあの感触。

唇に、首筋に、胸元に。

確かめる様に、俺の右手が記憶の痕跡を辿り始める。


「はっ・・・・ぁっ・・・・」


もう一度。


「ぁっ・・・あぁっ・・・・」


もう一度だけ。


「みついし・・・・さんっ・・・・!」


俺は必死に、あの夜、俺を愛してくれた優しい温もりを求め続けた。

だが、ここにいるのは、俺ただ一人。

空しさだけが胸を満たし、俺は頬を流れる熱さを拭いもせず、しばらくの間、虚空を眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る