3.夢の中で
そっと、唇に触れる温かさ。
「・・・・んっ・・・・」
思わず、声が漏れる。
この温もりの主が誰なのか。
確かめたくても、体が言うことをきかず、瞼ひとつ持ち上げる事ができない。
それでも、この温かさ。
この、優しさ。
瞼の向こうの人物に、俺は狂おしいほどに恋焦がれている、あの人の姿を思い浮かべずにはいられなかった。
(光石・・・さん・・・・)
もう一度・・・もう一度だけ私に貴方の愛を!
切望する俺の唇に、再び温もりが触れる。
今度は、先ほどよりも、更に深く。
「ん・・・・ぅ・・・・」
(これは、夢なのだろうか?)
はっきりとした感触を伴って、感じられる温かな心地よさに、俺は思わずにはいられなかった。
(夢でもいい、俺は貴方に、愛されたい・・・・)
差し入れられる舌に、体を震わせながら必死で応え、やがて首筋に触れられた指先の感触に目眩を覚え・・・・
ずっと、触れて欲しかった。
厳しさと優しさを持ったあの瞳に見つめられる度に、何度願った事だろう?
彼女に向ける満たされた微笑みの、ほんの一部でもいい。
俺にも向けてくださいと。
温もりは、甘美な誘いのように、首筋から肩口へ下り、そのまま胸元へと滑りゆく。
「ぁっ・・・・」
貪るような口づけの合間に、詰めていた息が吐息となって漏れだした。
(あ・・・・あ、もう、俺は・・・・)
目眩は激しさを増し、堪えきれない想いが体中を駆けめぐる。
(愛してます、貴方を・・・・貴方だけを!)
「みつ・・・いし・・・・さ・・・」
とたん。
肌を滑る手の動きが止まった。
(何故ですか?!何故・・・・もっと、もっと私を愛してください!)
「ぅ・・・・ぁっ、みつ・・・い・・・・さ・・・・」
もっと・・・・もっと・・・・!
焦がれる想いは、渦を巻いて俺の胸を締め上げる。
だが。
その手はそれ以上、俺に触れる事はなく。
代わりに、羽毛の軽い温かさが、俺の体を包み込む。
(何故・・・・?)
歓喜の目眩は、絶望のそれに代わり、俺はもう、口を開く気さえ起きずに、再び襲ってきた睡魔に全てを委ねた。
(夢でさえ・・・・)
熱を持ち始める目頭に顔をしかめ、枕に頬を押しつける。
(夢でさえ貴方は・・・・私を愛してはくださらないのですか・・・・)
流れ落ちた涙が、頬を伝って枕を濡らし、その冷たさに火照った頬を冷やしながら、俺はいつの間にかまた、意識を失っていた。
(あれは、お前だったのか・・・・?)
会社内。
女子社員に愛想の良い笑顔を振りまいている恩田を遠目で眺めながら、俺は複雑な思いだった。
先日。
プロジェクトの第一段階が無事終了したこと祝い、俺は恩田に誘われて、奴と初めて差しで飲み明かした。
プロジェクトに夢中になっていて、疲れを忘れていたせいか。
翌日が休みという安心感からか。
はたまた、奴に心を許し始めていたからか。
そう酒には弱くないはずの俺が、どうやら酔い潰れてしまったらしい。
目を覚ましたのは、奴の私物だというマンションの一室だった。
「おはようさん。よう寝てましたなぁ」
言いながら渡されたコーヒーの香りが、半覚醒の頭をたたき起こす。
「あ・・・・すまない」
(じゃあ、昨日のあれはやはり、夢?それとも・・・・・)
そっと、朝っぱらからでも陽気な奴の顔を窺って見るが、奴はそんな素振りなど微塵も見せず、
「なんです?あ・・・・もしかして、紅茶派でした?!すんません、紅茶、置いてへんのですわ、ここ。自宅やったらあったんやけどなぁ」
などと、見当外れな事を言って頭を下げる。
「いや・・・・構わない」
奴と別れて自宅へ戻ってからも、思い出されるのはあの、包み込むような優しさと温もり。
唇に、首筋に、胸元に。
確かに感じた、心地のよい愛情。
俺は確かに、あの夜、光石さんを感じたのだ。
俺が焦がれてやまない、光石さんを。
幻だった、と言われてしまえば、それまでかもしれない。
それでも、この体に残る感触。
これが、幻のせいだと言い切れるだろうか?
だが、共に朝を迎えたのは、光石さんではなく、あの男、恩田。
(まさか・・・・な・・・・)
俺は一体、勤務中に何を考えているんだ。
「恩田、そろそろ打ち合わせ始めるぞ」
「はいな」
飽きもせず、うちの女子社員とワーワーキャーキャー騒いでいる恩田に声を掛け、俺はミーティングルームへと向かった。
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