第6話 エピローグ
ログアウトの途端、辺りが暗くなる。
もう一度目を開くと、そこはいつもの私の部屋だった。
通知を切っていた通話アプリを開くと、ズッ友のところが『99+』という数字になっていた。
あれから四人は一体どれだけ話し込んでいたんだろうか。
私は、まずクラスのグループ会話を遡って…………遡りきれずに、検索して、冬馬くんを見つける。
冬馬くんに声をかければ、冬馬くんがすぐに坂口くんを呼んでくれて、三人だけの複数会話ができた。
なんて言われるだろうかとドキドキしていたけど、冬馬くんは「みさみさは、花坂だったのか」と言っただけだったし、坂口くんには教室で倒れた時のお礼を言われてしまって、そう言えば、と思ったりした。
『さっき公式見てたんだけど、まだメンテの終了時刻は未定みたいだね』
坂口くんが言う。
『今見たら、Eサーバーだけのメンテ予定が、この後順次全サーバーで大規模メンテになるって書いてあるな』
と、冬馬くんが言った。
『それって、きなこもちが、全部のサーバーの全部のマップを回るって事?』
私が尋ねると、二人が答える。
『そうだろうな』
『多分そうだねー』
『大変だねぇ……。お腹ぺこぺこになりそう』
私は、きなこもちが出していたお腹すいたマークを思い浮かべる。
私の手の上で、黄色い石をもぐもぐ美味しそうに食べていた。
もう、あの子にああやって黄色い石を食べさせることもないんだな……。
そう思ったら、ぽろりと涙がこぼれた。
カタナ達との会話がひと段落して、私は数時間放置していたズッ友グループの会話を恐る恐る開いてみる。
『みさき、おかえり』
声をかけてきたのは玲菜だった。
『ただいま』
と私が返事をすれば、玲菜は
『とりま、ログ読んでおいで』
と言う。
『了解』とスタンプを押して、私は長い長いログを辿った。
最初のあたりは、まだ玲菜がご立腹で、ひまりもアイカも、玲菜に『あんたたちにはデリカシーがない!』と叱られていた。
デリカシー……って、なんとなくニュアンスは分かるんだけど、正確にはなんだっけ。と検索してくれば、それはどうやら、相手のことを考えたり気遣ったりする力みたいで、結局はカタナの言う想像力なんだなと理解する。
そのうち、追い詰められた二人は
『でも、遥やみさきみたいに、人の話に合わすばっかの人にはなりたくないし!』
『玲菜はいっつも自分が正しいみたいな顔してさ! そういう強い人には弱い奴の気持ちなんて分かんないんだよ!!』
『うちらがいつもどれだけ傷付いてると思ってんの!?』
と逆ギレを始める。
遥は『酷い……』と泣いてるスタンプを送っているけど、遥の打たれ弱さを思えば、これは本当に泣いてるかも知れないなぁ。
もしかしたら、アイカもひまりも、泣いてるとは言わないだけで、画面の向こうでは泣いてるのかも知れないけど。
『傷付いた人が被害者だっていうなら、アイカやひまりが傷付けた人の方がずっと多いでしょ?』
玲菜は、冬馬くんたち以外にも、クラスのグループ会話でアイカやひまりに傷付けられただろう子達の名前と内容を並べてゆく。
しかも時系列を遡りながら。
うーん。玲菜はよくこれだけ全部覚えてたなぁ。
今までずっとメモでも取ってたんだろうか。
だとしたら、意外と玲菜って執念深いのかも……。
クールでサバサバしてる印象だったけど、普段クールに見えるのは、感情をあんまり表に出さないだけで、怒りとかもずーっと溜め込んでから、爆発するタイプだったんだ……。
私は、じわりと冷や汗を滲ませながらログを読み進める。
『みさきじゃないけど、私もあんた達には失望したよ! あんた達と同じグループだと思われるのが恥ずかしい!!』
『じゃあもう友達やめればいいじゃん!』
『みさきはもうログも見てないみたいだし、私たちなんてどうでもいいんだよね』
『あたしはアイカとふたりで全然いいしー!!』
『玲菜は、みさきと遥と三人グループでも作ればいいじゃん!』
なるほど、それは悪くないかも……?
と思いながら進めると、そう思ったのは私だけだったのか、玲菜が言い返している。
『違うでしょ!? 同じグループの、友達だからこそ、あんた達にはまともになって欲しいの!!』
『まともって何よ! 何がまともじゃないわけ!?』
『あたしは十分まともだしー!!』
『私達の事まともじゃないと思ってるような人に、友達になってもらわなくていいですー!!』
うーん。混沌としてきた……。
そのまましばらく殺伐とした会話が続く。
二対一で不利になってきたのか、玲菜が苛立ちとともに叫ぶ。
『遥も見てるんだったら何とか言いなよ!』
『私は……』
と遥は、ぽつりぽつりと細切れで発言を始める。
『私は……アイカの明るくて元気なとこ好きだし……ひまりのテンション高くて突き抜けてるとこも好きだし……、みさきの優しくて気配りが上手なとこも、玲菜のしっかりしてて頼れるとこも好きだよ……。五人で……一緒にいたいよ……』
たっぷり十分以上かけて、遥の言葉が繋がっていた。
『えーんえーん』と涙に濡れるスタンプがその後はいくつも続いている。
遥だけじゃなくて、アイカもひまりも、玲菜まで号泣のスタンプだ。
これは多分四人ともリアルで泣いてたんだろうなぁ……。
そのあとは、涙に浄化されたのか、アイカとひまりが色々な事を少しずつ反省し始めている。
その中の『みさきの、いっつもお母さんに呼ばれたとか家族でご飯行くとか言うのが羨ましくて……』という言葉に驚いたりもした。
アイカとひまりは小学生の頃の学童保育からの友達らしくて、お互い両親共働きで、帰りも遅くて、夕飯も家で一人で食べてるらしい。
アイカのお兄さんは去年まで一緒に夕飯を食べてたらしいけど、大学生になったら、友達と済ませて来ちゃう方が増えたんだって。
なるほど……。二人がずっと通話アプリにいるのは、一人で寂しいからだったんだね。
私は、ご飯どきにスマホ触ったらダメって言われるけど、二人にはそんなこと言う人がそばにいないんだ。
遥も中学からは両親共働きになって、週に三日は夕飯が一人だから、皆が話してくれるのが支えになってるって言ってた。
私は、毎日親とご飯を食べるのが当たり前だと勝手に思ってしまってたけど、それぞれの家でこんなに違うんだ……。
そこから、家のペットの癒し写真が送られたり、玲菜がペットは居ないけど可愛い妹がいるって写真を送ったり、アイカがうちのお兄ちゃんも結構かっこいいよって写真を送ったりしてる。
今年はずっとコロナで、友達同士で遊びに行ったりもできないから、みんなの家の事も、まだ全然知らないことばっかりなんだと、ようやく気付く。
玲菜の妹って初めて見たなぁ。玲菜によく似てる。
アイカのお兄ちゃんは髪が金色だ。バンドを組んでるらしい。ピアスがいっぱいついてる……。確かにかっこいいけど、私はカタナみたいな、もうちょっと落ち着いてる人が好きかな。
…………ん?
今、私、なんて思った……?
ポンと新しい通知が出る。
『みさきはどう思った? グループ、もう抜けたい?』
読んで、私は苦笑する。そういう流れじゃなかったよね?
私は一つ大きく深呼吸してから、文字を打つ。
『ううん。私、皆のことよく知らなかったんだなって思った。友達がいがなかったよね。ごめん。これからは、嫌なことされた時には、嫌だって言いたい。あと、やめた方がいいよって、ちゃんと言えるようになりたいな』
一息に打って、一度だけ読み返して送信する。
この先どうなるかはわからないけど、もうちょっとだけ、このバラバラな五人組でいるのもいいかなと思う。
誰も何も変わらないかも知れないけど、自分だけでも変われば、見える世界は変わってくる事を、私はもう知っているから。
今までずっと、私は、一人でいるのが一番辛いと思ってた。
誰かと一緒にいられるなら、ちょっとぐらい我慢してもいいやって思ってたんだよね。
……でも、違った。
自分の言いたいことを我慢して、思ってもいないようなこと言って、自分にも友達にも嘘をつき続ける事は、一人でいることよりずっと辛いんだと、やっと分かった。
坂口くんがいなくても、冬馬くんが毎日学校に来ていたように。
私も、一人を怖がらないで、一人になる勇気を持とう。そう思った。
……結局、私は一人にはならなかったけど。
いつも自分の頭と心で考えて、まっすぐ行動する冬馬くんのように、私も、自分に嘘をつかないで生きていけるようになりたいな……。
ううん、なる。
絶対に、そうなれると思う。
だって、私は、きなこもちを……、光の大龍を召喚した巫女だもんね。
カタナたちに、本当のことが言えたみたいに。
アイカたちにも本当の事を話していけば、これからでも、私たちは本当に友達になれるのかも知れない。
二年生は、まだあと半分残ってるんだしね。
『これからもよろしく』とスタンプを送れば、『よろしく』のスタンプがしっかり四つ返ってきた。
***
翌朝、冬馬くんとの三人会話に、通知が来ていた。
『Eサーバのメンテ終わったよー』
坂口くんのメッセージ送信時間は朝の四時だ。
……やっぱり、夜寝られなかったのかな。
坂口くんは、ログインしたらすぐに、GMに捕まったらしい。
三人に話を聞きたいと言われて、ひとまず今夜の十九時半で約束したから、二人とも都合が悪かったら教えて、とのことだった。
今日は習い事があるけど、その時間ならなんとか間に合うかな。
私は『おはよー』と『OK』のスタンプを送っておく。
朝ごはんを済ませて、部屋で着替えながらもう一度スマホを覗くと、冬馬くんも同じように返信していた。
冬馬くんの使うスタンプは、DtDのスタンプで、ゲーム内と同じものだ。
……私も、このDtDスタンプ欲しいな……。
坂口くんが『良かったー』とホッとした様子のスタンプを送っている。
あ。そうだ。と思い出して、一応尋ねてみる。
『クラスのグループ会話。戻りたかったら私招待するから、いつでも言ってね』
今度は蹴られないように、ひまりとも話してあるから。と付け加えると、二人が笑うようなスタンプを返す。
『いや、いいよ。俺はあそこでの会話で得るものがあまりないからな。……歩には悪い事をしたと思ってる』
あ、冬馬くんは坂口くんが一緒に蹴られたの知ってたんだ。
『ボクは気にしてないよ。あんなくだらない会話眺めるより、三人で遊んでる方がずっと楽しいしっ♪』
坂口くんって、普段はふんわりしてるけど、結構、言う時は言うよね……。
私もまだ朝から見てないから、未読の数字溜まってるなぁ。
家を出る前に一応見ておかないと。
『何か重要な話題が出ることがあれば、教えてもらえるか?』
冬馬君に言われて『OK』とスタンプを返す。
どこか時間の無駄のように思えてしまうクラス会話のチェックも、何かあれば二人に知らせなきゃと思えば、少しはやる気が出た。
***
きなこもちがいなくなってから一週間。
サーバ毎に一日ずつ順に行われていたウィルス退治のための大規模メンテも、今朝までで全サーバ完了したらしい。
学校では、冬馬くん達とは顔を合わせれば必ず挨拶をするようになった。
時々、放課後の予定を尋ねたりする事もあるけど、基本的には今までと変わらない距離だ。
私は今日も、変わらずアイカ達と一緒に居た。
アイカがこっそりスマホの画面を見せてくる。
「ねーねー。これ可愛いでしょ?」
「おおおお、神可愛いっしょ!」
それにしっかり食いつくひまりと、のんびり眺めて答える遥。
「ほんとだ、可愛いねー」
「可愛いとは思うけど、ゲームの誘いならやらないからね?」
玲菜は先回り気味に断っている。
玲菜の読み通り、アイカは新しいゲームにみんなを誘った。
「私まだDtDやってるから、ごめんね」と断る。
アイカ達は遠慮なく「ええー」とか「付き合い悪いー」とか言ってくるけど、それでもいいんだと近頃は思えていた。
「ごめんごめん。その代わり、DtDにみんなが来る時には、もてなすからね」
笑って答えれば、アイカが悩む。
「えー。うーん……久々に入ってみる?」
どうやらまだアカウントは消してないみたいだ。
アイカは意外と素直なところあるよね。
私が気付かないまま過ごしていた友達の良いところにも、毎日少しずつ気付き始めていた。
「あはは、無理しなくていいよ。今日はそのゲームやるんでしょ? また気が向いたらいつでも声かけて」
その時には私もきっと、壁くらいできるようになってると思う。
私は、そんな今日のやりとりを思い出しながら、いつものEサーバのワールドセレクトルームに入った。
時間はまだ早くて、フレンドリストを見ても、オンラインはGMさんだけだ。
私は、あれからずっと、ログインする度にアイテム欄を開いていた。
そうして、毎回、空になったままの『きなこもちの飼育ケース』を眺めては、アイテム欄を閉じる。
GMさん達は会議の結果、私のデータの中の、これを消さないことにしたらしい。
確認した限り他のアイテムやシステムに不具合を出すこともないだろうという事で、せめて私ときなこもちとの思い出に、と言う事だった。
でも、いつまでもアイテム欄に置いてても重量がかかっちゃうし、そろそろ倉庫に入れておく方がいいのかな……。
そんな気持ちで開いた飼育ケースは、いつものパカッと開いたままの絵ではなくて、きちんとドームが閉じていた。
……え?
ドキドキうるさい心臓のままに、私は震えそうな指で『きなこもちの飼育ケース』をタップ……しようとして、周りを見回してから場所を変えた。
前にカタナたちに教えてもらった、人のほとんど来ない建物の中で、そっとタップすると、中からぴょんと黄色い塊が飛び出した。
「ぷいゆっ♪」
「きなこもち!?」
思わずギュッと抱きしめれば、ぐぅぅとお腹をすかせたようなマークが出てくる。
私は、こちらも持ちっぱなしだった黄色い石を出す。
私の手から、嬉しそうにもぐもぐ食べているきなこもち。
もっちりしたすべすべの姿が、じわりと滲んで、私は目を擦った。
嬉し泣きなんて。私、生まれて初めてかも……。
……でも、これって、GMさんに報告した方がいいんだよね?
私はご飯を食べてお腹っぱいになったきなこもちを少しだけ撫でると、ケースに戻して大急ぎでカタナ達に相談する。
すぐにDtDに駆けつけてくれた二人の見守る中で、私はドキドキしたままGMのラゴに相談する。
『ああー、全部のサーバを回った後で、行方不明になっちゃってたんだよね。やっぱりそこに戻ってきてたんだね。え、フニルーの姿で?』
『いや、取り上げたりするつもりはないんだけどさ。うーんんんんん……。ちょっっっと相談してくるから待っててね』
そんな風に言われて、私はカタナたちと交互にログインしたまま夕食とお風呂を済ませる。
ラゴは私が戻ったら途端に声をかけてきた。
『ごめん! 結構待たせちゃったね! 近いうちに、フニルーをペット化することが決定したよ!!』
ちょうど三人揃っていた私たちは、顔を見合わせる。
「ペット化……って事は、これからはきなこもちを堂々と出せるんですねっっ!!」
私の言葉にラゴが答える。
『うんうん、アップデートまで、もう少しだけ待たせちゃうけどね』
「じゃあ、俺のフニルーも……?」
『そうだね、実装次第、カタナくんのアイテム欄にも入れておくよ。そのキャラでいい?』
「はいっ、このキャラで、お願いしますっ!」
カタナは、光の大龍事件の翌日、事情聴取の時に補填措置として三人にそれぞれ好きなペットをと言われた際に「いずれフニルーがペットにできる日が来たら、フニルーが欲しいです」と答えてラゴを困らせていた。
ちなみに、あゆはDtD内で一番手に入れにくいと言われる、可愛いゴシックドール風のペットをもらっていた。
私は、まだすぐに新しいペットを可愛がる気にはなれなくて、少し考えさせてください。と返事を延ばしていた。
『みさみさちゃんは、ペットをどうするか決めた?』
ラゴに尋ねられて迷う。
「せっかくだから、ボクと同じやつもらっておいたら? 開けないで売れば装備が一式揃えられるよー」
あゆに囁かれると、なるほど確かにそういう方法もあるのかな、とは思うけれど。
「私は、きなこもちが戻ってきてくれたので、もう十分です」
なんだか、これ以上を求めるのは欲張りな気がして、私は苦笑しつつその誘いを断った。
「えーー。無欲ーーっ、あとで後悔するよぅ?」
あゆにそう言われると、ちょっとそうかもとは思ってしまう。
『ボクの立場から転売は勧めきれないけど、本当になんでも選んでくれていいんだよ?』
「お気持ちはありがたいんですが、私にとって、きなこもち以上の子はいないので」
答えれば、アイテム欄できなこもちのケースがカタカタ音を立てた。
私は建物の中に他に人がいない事を確認すると、ケースを開ける。
「ぷいゆっ!!」
きなこもちは、ハートマークを出しながら、私に飛びついてきた。
すべすべもちもちの体を撫でてやると、きなこもちからは音符のマークが、カタナからは羨ましそうな視線が注がれた。
「カタナも撫でていいよ。ね? きなこもち」
そう言って差し出すと、きなこもちがエヘンと胸を張るようなマークを出す。
カタナは、黒髪の向こうでふっと赤い瞳を細めて、幸せそうにきなこもちを撫でた。
「良かったな……」
その声があんまり優しそうで、胸が詰まってしまう。
あゆは、そんな私たちをきなこもちごとぎゅうっと抱きしめて「良かったねぇぇ」と号泣のマークで言った。
「ぷいゆっ♪」
黄色いフニフニの耳を持ち上げて、きなこもちがご機嫌で応える。
にこにこのあゆと、優しく笑うカタナに負けないくらい、私も幸せいっぱいに笑った。
ドラゴンテールドリーマーは現在メンテナンス中です 弓屋 晶都 @yumiya_akito
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