第4話 白いウサミミ

カタナと一緒に、Eサーバーのワールドセレクトルームに現れたのは、明るいピンクのツインテールの、可愛い女の子だった。

「はじめまして、みさみさちゃんっ、話はカタナから聞いてるよーっ♪♪」


えっ、女の子!?

私はてっきり、カタナが連れてくるのは男友達なんだと思ってて、予想外の事態にしばし固まる。

「みさみさ、ウィザードのあゆゆだ。俺と一緒で呼び捨てにしてくれたらいい」

「あゆって呼んでくれたらいいよーっ。これからよろしくねっ!」 

「あ、はい。よろしくお願いします……」

「あはは、敬語いらないよー」


あゆゆさん、じゃなくてえっと、あゆは、黒いウサミミをつけてて、パステルピンクの髪には、大きなフリフリのピンクのリポンがついている。

背中には黒い鳥の羽のようなものがパタパタしていて

黒猫のような長い尻尾にも金の鈴がついたピンクのリボンを結んでいた。

「か、可愛い……」

どこから見ても、誰が見ても、文句なく可愛い女の子だ。

思わずこぼしてしまった言葉に、あゆは水色の瞳を細めてにっこり笑う。

「ありがとー♪♪」

「お前は、相変わらずのキメラっぷりだな」

苦笑するようなカタナの言葉。

言われてみれば、確かに、耳も尻尾も羽も別の生き物だよね。

「可愛いからいーのっ」

と答えて、あゆはぷぅと小さくほっぺをふくらませる。

うーん。仕草も可愛い……。

「カタナも可愛いの大好きでしょー?」

カタナはあゆに肩へ寄りかかられて、視線を逸らして言った。

「余計な事を言わなくていい」

あ。照れてる。珍しい。

仲良いんだなぁ……。


カタナと私のパーティーに、あゆが加わる。

「でもほんと、カタナの姿見るのも久しぶりだねー。あれ? レベル1つしか上がってない?」

……あ、それは、きっと、私の面倒ばかり見てたからだ……。

私は、その事実を申し訳なく思う。

「お前は上がりすぎだろう」

カタナの言葉に見てみれば、あゆのレベルは78だった。

「夜中は廃人さんが多いんだよねー。あちこち連れてってもらっちゃった♪」

「……そうか……、……よかったな」

カタナはどこか、ほんの少し苦しげに言った。

「うんっ」

あゆは、そんなカタナを励ますかのように、明るく頷いた。


「じゃあ早速、お菓子のワールド入ろー♪♪」

ぴょぴょんと嬉しそうにスキップをして、あゆが言う。

そっか、お菓子のワールド。ついに入れるんだよねっ。

私もドキドキしてきた。

「みさみさちゃん、お菓子のワールド入るの初めてなんでしょ?」

ピンクの髪をさらりと揺らしてあゆが私を覗き込む。

水色の瞳がピンクの髪に合わさると、すごく可愛い。

「う、うん」

「今日はいっぱい楽しもうねっ♪」

にっこり微笑まれて、私の心が弾む。

「うんっ」


そうして、私たちは三人、念願のお菓子のワールドに入った。

じゃりっとしたザラメの地面。空に浮いてるのは綿菓子なのかな?

花や木や草も全部お菓子だ。

緑の飴やグミの葉っぱの間から、可愛い棒付きキャンディが生えてる。

「うわぁー」

可愛くて、美味しそうで、ときめく。

スマホの画面越しからも甘い匂いが漂ってきそうだった。

「みさみさちゃんっ、チョコの村と、ゼリーの村と、飴の村、どこから行きたい?」

あゆがくるりと回って振り返る。

「え? えーと……」

「最初はゼリー……、いや、みさみさは弓だから硬いチョコか飴の方がダメージが出やすいか」

カタナが考えてくれてる。

「わ、私はどこでも……」

あゆが遠くを指さした。

「ほら向こう、見える? この国の真ん中に建ってるのが、ケーキのお城だよー」

「わあ……」

チョコレートと、ホイップクリームに包まれて、キラキラした粒々で飾られたお城が見える。

「村はモンスターの出るマップなんだけど、お城は町マップだから、お菓子の国限定のアクセとか、可愛い回復アイテム買って帰ろうねっ♪♪」

言われて、ああ、女の子と遊ぶのもいいなと思ってしまった。

ここだけの限定アイテムのお買い物とか、心ときめいてしまう。

「う、うんっ。お買い物したいっ!」

私の答えに、あゆは満足そうににっこり笑うと、その先に駆け出した。

あゆがアイテム欄から、ヒョイと空き瓶を取り出す。

「みさみさちゃんっ、このジュースが流れてる川、空き瓶でジュース汲めるんだよーっ」

言って、あゆが空き瓶をポイと投げてくれる。

汲んでみていいのかな。

空き瓶をオレンジ色したジュースの川に入れると、アイテム精製のエフェクトとともに、空き瓶からオレンジジュースに変わった。

「オレンジジュースになった!」

初めてのアイテム精製。エフェクトも新鮮で、なんだか楽しい。

「もっとやる?」と尋ねるあゆに、思わずコクコク頷くと、30本の空き瓶が渡された。

あゆも、私に付き合ってくれてるのか、隣で1本2本と汲んでいる。

「懐かしいなー、ボクもレベル30代の頃よく汲みに来てたよー」

あれ、意外というかなんというか。

あゆはボクっ子なんだね。

「回復量はミニポーションと同じくらいだが、まだ今のレベルなら実戦でも使えるだろうな」

カタナもそう言うと川岸に来る。

「手伝おう」

「えっ、その……」

「はい、カタナの分っ」

あゆがポイと瓶を投げる。

そうして、ワイワイ喋りながら、結局三人で合わせて120本ものオレンジジュースを汲んでしまった。

「これ、実際やったら腰が痛くなる作業だよねー」

あゆが笑って言う。

「そうだね」

私も笑うマークを出しながら答える。

二人は、汲んだジュースをやっぱり全部、私にくれた。


カタナは手伝ってくれてたの知ってたけど、やっぱりあゆも、私のために汲んでくれてたんだね。

なんとなく、そんな気がしてた。

あゆは、カタナの友達だけあって、カタナに負けないくらい優しい子だった。


飴とチョコの村を回って、可愛いキャンディ形の敵を倒したり、美味しそうなチョコの敵を倒す。

時々強そうな敵が出てくるけど、それはあゆがすぐに倒してくれた。

一人では、レベルが30になっても、すぐにこのワールドに来るのは難しそうだなぁ。


隣のマップに移動した途端、モンスターが溜まっていた。

「あゆ!」

瞬時にあゆが眼前に炎の壁を出す。

「オッケー! カタナはちっちゃいのを!」

「おう」

壁の内側から、敵を四方八方に散らすような技で、敵を壁の向こうに追い出す。

その間に、カタナがやたらと攻撃の早い、素早い敵3匹のタゲを取っていた。

地面に大きな魔法陣か浮かび上がる。

詠唱が長い。これが大魔法ってやつかな。

次の瞬間、魔法陣に囲まれた範囲に、数え切れないほどの雷が降り注いだ。

「ひゃあ」

バリバリと響く音と光に思わず耳を塞ぐ。

ぎゅっと閉じてしまった目をそろりと開けると、もう敵は1匹も残っていなかった。

「みさみさちゃん、驚かせちゃったね、急にごめんね」

あゆが気遣うように言う。

「あ、ううん。大丈夫……」

「あゆ、今のは仕方ない。みさみさ大丈夫か?」

カタナも、あゆを励ましながら私に声をかけてくれた。

「うん、大丈夫だよ」

スマホの音量もそんなに大きくしてなかったから、ちょっとびっくりはしたけど、それだけだし。

「そうか、良かった。人によっては、急な音や激しい光で具合が悪くなる事もあるからな」

そう言って、カタナは少しホッとした表情を見せる。

「そうなんだ……。私が知らないだけで、そういう人もいるんだね」

私の呟きに、カタナがちょっとだけ目を細める。

「ああ……。知っていれば、できる対策もある。白いノートが眩しくて困ってる奴とか、ちょっと暗い色のノートを使えば楽になったりするからな」

「へー。覚えとこう……」

カタナは色んな事を知ってるんだなぁと思いながら、その横顔を見上げる。

突然、横からあゆにぎゅっと抱きつかれた。

「みさみさちゃん素直っっ!! 良い子っっ!!」

「えっ、ええっ!?」

あゆがなでなでなでと私の頭を撫でる。

「ボクもみさみさちゃんと友達になりたいなぁ、ね、フレンド登録しようよっ」

「う、うんっ。私も、あゆと友達になれたら、嬉しい」

「わあーい、うれしいっっ♪♪」

手を取って、あゆがぴょこぴょこ跳ねる。

嬉しいと飛び跳ねるなんて、なんだかきなこもちみたい。

今日は狩場が高レベルで危ないから出してないけど、後であゆにもきなこもちを紹介したいな。


フレンド登録をお互い済ませると、あゆが取引ウィンドウを出してきた。

「良かったらこれもらって!」

なんだろう。と『はい』を押す、ウィンドウに入ってきたのは白いウサミミだった。

「あ、これ……」

「えへへ、お揃いーっ♪♪」

あゆが嬉しそうに笑うので、ありがたく受け取る。

「ありがとう」

「お近付きのしるしだよっ♪」

早速装備してみる。ウサミミはふかふかしていて、雪のような白い色は黒髪にも赤いリボンにもよく映えた。

んーっっ。可愛いっっ!!

視界の端で、カタナが一歩下がった。

「?」

振り返れば、カタナは籠手の甲で顔を半分ほど隠している。

「あれね、顔が赤くなっちゃったから隠してるんだよ」

あゆがそっと私に耳打ちする。

「え?」

「カタナ、可愛いの大好きだから。特に、ウサミミ大好きなんだよねー?」

からかうように、あゆに下から覗き込まれて、カタナが顔を逸らす。

「――っ、余計な事を言わなくていいっ!」

あ、本当だ。カタナはマスクで鼻から下が隠れてるけど、その目元がほんのり赤くなっていた。


「仲良いんだね……」

思わずそう言ってしまって、慌てて息を呑む。

やだな……、なんか、嫉妬してるみたいだった、よね……?

私の言葉に、カタナは苦笑して、あゆはにっこり笑った。

「ああ……、こいつはリア友なんだ」

「もうずーっと仲良しだよねー」

えっ……、と、それって……二人は付き合ってるって事……?

いやいや。いとことか、そういう可能性だってあるよね??


「小学生の頃、体操教室で一緒になって。あゆは元から体が弱かったし、俺は粗大運動が苦手だったから」

「好きなキャラが一緒で、全く同じパンツ履いてたんだよねーっ」

「そんな話はしなくていい」

「ええー? この話出てくる流れじゃなかった? それで仲良くなったって話でしょ?」


え?

ええと……いや、でも……。

低学年だって、習い事なら更衣室って男女バラバラ……だよね?

んんん……? まさか、その子……。


「あゆって、もしかして……」

「?」

カタナが首を傾げる。逆にあゆは、ピンと来た顔をして答えた。

「ボクは中身は男子だよ」

「えええええええええっっ」

驚く私に、今度はカタナが不思議そうな顔で尋ねる。

「何だ? みさみさも中身は男なんだと思っていたが、違うのか?」

えっ、えっ、えっ!?

そうなの!?!?!?

そういうものなの!?

「ええ、と……」

「MMORPGの女キャラのうち、8割は男だと言われているからな。女キャラの中身はまず男だと思っておけばいい」

そ、そうなの……?

「女性プレイヤーもいることにはいるが、女だと知られれば変な奴に付きまとわれたりすることがあるからな。男キャラを使う人が半数らしい」

なるほど……。

「みさみさは男じゃなかったのか? 俺が勝手に勘違いしていたなら、申し訳ないな……」

しょんぼりと赤い瞳の視線が地に落ちる。

ど、どうしよう。カタナが私も男なんだと思ってたなら、そう思ってカタナが色々してくれてたなら、ここで女だなんて言わない方がいいのかな……。

「う、ううんっ。わ、私も男だよっ」

私の言葉に、カタナが顔を上げる。

黒髪の向こうで、赤い瞳が、ちょっとホッとしたように細められた。

「そうか、良かった」


その姿に私もホッとして、それからじわじわと後悔が押し寄せてくる。

い、言ってしまった……。

これから、カタナは私のこと、ずっと男の子だと思って過ごすのかな……。

うう、どうして私って、いつも嘘ばっかりついて逃げちゃうんだろう。

……本当は、嘘なんて一つもつきたくないのに……。


そんな私たちを、あゆがちょっと困った顔で見ていたことに、私たちはどちらも気付かなかった。



私のレベルが一つ上がったところで今日の狩りは終わりにして、ケーキの城で、今日拾ったアイテムを売却してから買い物をする。

お菓子モチーフのアクセサリー達は、どれもすごく可愛くて、目移りしてしまう。

チョコのピアスもシックでおしゃれだし、こっちのドロップスのペンダントもカラフルで可愛い……。

覗き込むお店のショーウィンドウ……このガラスっぽいのも飴なんだろうな。それに、あゆがくれた白いウサミミが映って揺れている。

その度に、なんだか胸がぽかぽかした。


そういえば、カタナはきなこもちにメロメロだけど、きなこもちにもウサミミみたいな長い二本の耳が生えてるよね。

ああいうフォルムが好きって事なのかな……?


私は敵の出てこない町マップで、ようやくきなこもちをケースから出す。

今日はログインしてすぐにご飯は食べさせておいたから、お腹ペコペコでもなければ不機嫌でもなかった。

「ぷいゆっ♪」

途端に、隣のお店を覗いていたあゆが水色の瞳をキラキラさせて駆け寄ってくる。

「わあー、フニルーってペットに出来るの?」

問われて、ドキッとする。

私はまだ、どうしてきなこもちが自分のペットになったのか、わからないままだった。

「チュートリアルでもらったらしい」

カタナが後ろからやってきて、答える。

そっか、カタナの中ではそうなってたんだよね。

「そうなの? でもボク街の中で他にフニルー連れてる人見た事ないよー? 期間限定のキャンペーンだったのかな?」

あゆが首を傾げる。

確かに私も、街に限らずどこでも、きなこもちと同じ姿のペットは見たことがなかった。

「みさみさちゃんDtD始めたの最近なんだよね? フニルーがもらえるならボクも新キャラ作っちゃおっかなー。お買い物用に商人作りたかったし」

きなこもちに興味津々のあゆがそう言うと、カタナもなるほどという顔で言う。

「そうだな、それなら俺は剣士でも作ろうか。三人でレベル上げができるように」

「カタナ、フニルーが欲しいだけでしょ?」

あゆがそう言って見上げればカタナは腕を組んだまま目を閉じて頷いた。

「それも、もちろんある」

やっぱりあるんだ。

私が思わずふき出せば、二人も一緒に笑う。

「ぷいゆっ♪」

きなこもちも、どこか嬉しそうに鳴いていた。


***


『……タスケテ……』


……ああ、またこの夢だ。


いつもの、暗くて狭いところに閉じ込められている、何かの夢。

『……ココカラ、ダシテ……』

と小さくすがるような声に囁かれて、私は無力さに打ちひしがれる。

「っ、私も! 助けてあげたいとは思ってるの! でも、どうしたらいいの!?」

思わず叫べば、細い声が戻ってきた。


『カラヲ……コワシテ……』


「殻……?」


『ココロノ……カラ、ヲ……、……コワシテ……』


心の殻……?

胸の中で言葉にして、私はドキリとする。


まるで、私自身が、心の殻に閉じこもっていると言われたようで。


自分が傷つかないように、自分を守るために、嘘で塗り固めた殻の中に閉じこもっている。

そんな自分の姿をイメージして、私はゾッとする。

今までずっと、私は、あそこに閉じ込められているのは、自分以外の何かなんだと思っていた。


でも、そうじゃ無かったのかも知れない。

これは『閉じ込められている誰かを助けようとする夢』じゃなくて。

『私自身が閉じ込められているのを、もう一人の私が見ている、夢……?』


気付いた途端、暗闇に小さく光が差して、一瞬だけ卵のような丸い物の中身が見えた。


それは、私自身……。正確には、私のDtDでのキャラだった。


瞬間、世界がぐるりと反転する。

ざあっと肌に触れるほどの大きな流れが、私の意識をそこから引き離してゆく。


――……この夢は、DtDに繋がっている…………――??


遠ざかる視界の中で、卵のようなその丸っこい物体が一瞬だけフニルーに見えた気がした。




ハッと目が覚めた時、私は涙をこぼしていた。

スマホからは、いつものアラーム。


止めどなく溢れる涙は、一体、何の涙なのか。

あの子を、あそこから出してあげられない、自分への涙……?

それとも、今まで嘘をついてきた相手……、友達への懺悔の涙だろうか……。


パジャマの袖で、こしこしと目を擦る。

久しぶりに触れた自分の涙は、思ったよりも温かかった。

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