第5話 閉じ込められていたもの(1/3)
今日は一日、夢の内容に引きずられてぼんやり過ごしてしまった……。
校門を出てから、ようやく忘れ物に気付いてしまったし。
「教室まで取りに戻るから、先に帰ってて」
と言えば、アイカ達は「また明日ねー」「お先ー」と手を振って、帰ってしまった。
……いいんだけどね。別に。
先に帰ってって言ったのは私だし。
でも、去年の友達だったら、きっと待ってくれてた。
それに気付いてしまうと、なぜか酷く自分が惨めな気持ちになった。
友達だと思ってるのは私だけなのかな……と思いかけて、違うなと思う。
私もきっと、アイカ達の事を本当の友達だと思ってないんだろうな。
本当の事を言わないで、表面上の付き合いを続けてるのは、もしかしたらみんながそうなのかも知れない。
そんなことを考えながらモタモタ靴を脱いで、教室に続く階段へと向かう。
ふと、すれ違う男子の会話が耳に入った。
「……んだけど、おかしいんだよね。フニルーはペットになってないんだ」
「どういうことだ?」
「これはボクの推測なんだけど、あのフニルーは……」
……え?
ええと、聞き間違いかも知れないけど、今フニルーって言わなかった……?
私は慌てて、のぼりかけた階段を降りて後を追う。
けれど、その男子二人はもう玄関を出てしまったのか、靴箱のあたりには誰も残っていなかった。
なんの話だったんだろう……。
さっきの人、フニルーはペットになってないって言ってた……よね?
帰ったら検索してみなきゃ……。
私は、アイカ達に置いて帰られた事なんてすっかり忘れてしまうほどに、フニルーの……きなこもちの事で頭をいっぱいにしながら家に帰った。
帰宅して、大急ぎで手を洗って、自室に向かう。
「ちょっとぉー、しっかり時間かけて手洗いしなさいねーっ!?」
背中に母の小言が届くが、気付かなかった事にした。
スマホには、先に帰っていたアイカ達のグループ会話が始まっていた。
私はその通知を開かないままに、ブラウザを開いて検索する。
『フニルー ペット DtD』
もしかしたら、ただの聞き間違いで、こんな風に検索すれば、フニルーをぺットにしてる人の写真や、ツイートがずらっと並ぶんじゃないだろうか。
そうあってほしい。
けれど、私の願いとは裏腹に、その画面には、フニルーを倒す方法やドロップアイテムの他には、ペットにしたいなとか、ペットになったらいいのにとか、そんな話しか出てこなかった。
そんな……。と、信じられないような気持ちの底に、ほんの少しだけ「やっぱり」という気持ちが残っている。
だって、私はあの時、ペットを捕まえるためのアイテムなんて持ってなかったし。
そもそもあれは、私の夢だと、思っていたのに……。
制服も着替えないままに、部屋の真ん中で一人呆然と立ち尽くしていると、握りしめていたスマホに通知が届く。
『こんなゲーム見つけたんだけど、一緒にやってみようよーっ』
『えー、また面倒なやつじゃないのー?』
『簡単なやつだからー』
『あたしもっと可愛いやつがいいしー』
……どうしよう、誰かに相談……、した方がいいのかな……。
でも、こんな事親に相談しても、ゲームのデータがおかしいなら再インストしたらって言われるだけだろうし、夢がどうとか言ったら、今度は違う心配をされてしまいそうだし……。
不思議なくらい、アイカ達に相談しようという気には、全くならなかった。
通話アプリの、小学生の頃からの友達の名前に指を重ねかけて、やめる。
急にこんなことを相談されても、向こうだって困るだろう。
やっぱり、カタナ達に相談しよう……。
今日も夕飯の後、19時半から遊ぶ約束をしている。
時計を見上げる。
19時半はまだずっと先に思えた。
とにかく、今のうちに出来ることを済ませておこうかな……。
着替えて、机の上に宿題を広げる。
今日は金曜だったので、量はそこそこあった。
精一杯気持ちを切り替えて、ノートに向かう。
けれど、机の上に置いたスマホの通知が止まらない。
盛り上がってるのに一人だけ無視してるのも、また何か言われそうで、私は渋々それを開いた。
『ただいまー』とスタンプを送りつつ、ログを辿る。
金曜の夜ということもあって、アイカ達ははしゃいでいた。
よく分からない爆笑ネタは、帰りの時の話だろうか。
最新のところまでログを追えば、どうやら、今夜はみんなでビデオ通話で、女子会だかパジャマパーティーをしようということになっていた。
開始は20時半かぁ……。
どうしよう……。
カタナ達に一時間以内に相談して戻れば大丈夫だけど……。
私はしばらく悩んでから、文字をタップする。
『今夜は家族で、ご飯食べに行くことになってて……』
『ごめん!(←スタンプ)』
私の言葉に、アイカが非難の声を上げる。
『ええーーーーーー!?』
『どんより(←スタンプ)』
ひまりが突っ込んてくる。
『外食ダメっしょー、コロナ禍だしー?』
『帰ってから参加でいいよー』
と言ってくれる遥に、私は時計を見上げながら答える。
『20時半くらいから行くから、帰るの結構遅くなりそうだけど、戻り次第行くね』
ちょっと、夕飯に行くには遅すぎるかな……。
『いーけどさー、じゃあご飯の写真送ってね』
え……。
私は『了解っ』と元気いっぱいのスタンプを、憂鬱な気分で返した。
もしかして、疑われてる……のかな……。
私の考えすぎだろうか。
……でも、そうだよね。
私はいつも、嘘ばっかりだ。
……今日は別の友達と約束があるからって、言えばいいだけだったのかな。
別の友達って誰? って聞かれるだろうか。
そしたら私はまた、別の学校の友達、とか親戚、とか言って誤魔化すのかな……。
写真……どうしよう。
このスマホに入ってるやつは、前にも見せたことあったりしたかもしれないし……。
私は、小学校からの友達に頼んで、最近外食した時の写真をもらう。
『みさき、あんまり無理しないようにね。その、アイカ達のグループ、大変なんだったら、抜けてもいいんじゃないかな……』
友達は、クラスに居づらくなったら、いつでもうちのクラスにおいでと声をかけてくれた。
『うん、ありがとう』
あったかい言葉にホッとする。
実際には、毎日休み時間の度に別のクラスまで行くのはあんまり現実的ではなかったけど、でも、友達が別のクラスまでおいでと言ってくれたのは嬉しい。
私は、この子には嘘をついてはいなかったな……と当時を思い返す。
いつから、どうして、私は嘘をつくようになってしまったんだろう。
そんな事を考えながら、私は夕飯とお風呂を済ませてDtDにログインする。
アイカ達の誰かがDtDにログインすれば、私がゲームを起動してることはバレるだろうけど、食事の待ち時間に起動してたとか、食事中にオートで狩ってたことにすればいいだろうし。
そこまで考えてから、また憂鬱になる。
いつの間にか、あまりに自然に言い訳を考えている自分が嫌だった。
***
私は、19時過ぎにログインしてきた二人に、フニルーの話より先に友達との話を打ち明けていた。
「そういう時は、そっちの友達を優先してくれたらいい」
カタナが、私の話を聞いてさらりと答えた。
「うんうん、リアルゆーせんっ」
あゆも、コクコクと可愛く頷いて同意する。
頷くたびに揺れるピンクのツインテールと黒いウサミミが可愛い……。
中身は男の子だけど。
「でも、こっちとの約束の方が先なのに……」
私がそう言うと、カタナがちょっとだけ目を細めて答える。
「来られなくなった旨を、個別メッセージに送っておいてくれたらいい」
「そーそー。学校のお友達、大事にしたげてねっ♪」
あゆが水色の瞳でパチンとウインクする。
「大事に……」
思わずつぶやいてしまう。
そう、私はアイカ達を大事にしてないんだ……。
私には、アイカ達よりも、大事な友達ができてしまっていた。
それはもう、自分にも分かっていた。
「私……学校の友達より、カタナ達の方が大事かも……」
ぽつりと落としてしまった言葉に、私が口を押さえてハッと二人を見る。
二人はどちらも、困ったような顔をして、笑った。
二人にとっては、私のこんな考えは、迷惑な事だったのかな……。
じわりと俯くと、あゆが慌てて私の手を取る。
「あっ、待って待って、落ち込まないでっ!」
あゆはそのまま私の隣に座ると、なでなでのマークを出しながら話してくれる。
「みさみさちゃんの気持ちはとっても嬉しいよ! でも、ボク達では、学校の中のみさみさちゃんを守ってあげられないからね。手の届くところに居ない事が、もどかしいなって思っただけ」
「そうだな。せめて、同じ学校だったら良かったのにな」
カタナもいつものように腕組みをしたまま、そう言って黒髪を揺らした。
ああ、きっと、さっき写真をくれた友達も、同じようにもどかしく思ってくれたんだ……。
そう思うと、私は心の中に温かい火が灯るようだった。
離れていても、こんな風に思ってくれる人がいる。
確かに、ここにいてくれる。
私は、アイカ達がいなくても、一人ぼっちにはならないんだ……。
「うん……。二人とも、ありがとう」
不意に、カタカタカタっとアイテムバッグから音が鳴る。
あ、そうだ。きなこもち!!
どうしよう、一度出してご飯をあげたいけど……。
フニルーの姿って、他の人に見せない方がいいのかな……。
私は今度こそ、意を決して二人に話すべく、深く息を吸った。
見れば、二人もなぜか真剣な顔になっている。
「「「フニルーのことなんだが」けど」ね」
三人の言葉が重なる。
三人は、お互いに顔を見合わせると、苦笑してから、そっと情報を交換した。
やはり、三人とも、検索した結果、フニルーはペットになっていない事を知ったと言うことだった。
「どうしたらいいのかな……」
「うーん、それがもし何かのバグなら、逃がした方がいい気はするんだけど……」
私の言葉にそう答えるあゆが、カタナにギロリと睨まれる。
「ちょっとぉ、カタナが怒ってどうすんの」
あゆが可愛い顔をひきつらせて、アセアセとマークを出す。
「カタナだって、バグのせいでみさみさちゃんのデータまで壊れたら嫌でしょ?」
言われて、初めて気付いたその可能性に息を呑む。
こんなに懐いてくれてるきなこもちを手放すのは嫌だけど、私のデータが壊れてしまったら、カタナともあゆともフレンドじゃなくなって……ううん、もうDtDに入れなくなったりするのかな……。
アイテムバッグの中で、またカタカタときなこもちが騒ぐ。
私たちは、他のプレイヤーがいない、人のこない民家の奥のマップへ移動して、そこできなこもちをケースから出した。
「ぷいゆっ! ぷいゆぷいゆっ! ぷいゆぷいゆぷいゆぷいゆぷいゆぷいゆっ!!」
きなこもちはケースから出た途端、私に飛び付いてきた。
汗のマークと、涙のマークを交互に出している。
「きなこもち……」
私は、そのすべすべの体を撫でる。
カタナも、普段あまり動かない細い眉を寄せて、きなこもちを見つめている。
「うーん。捨てないでーって言ってるみたいに見えちゃうねぇ……」
あゆは私たちを見て、そう言った。
「GMに、連絡してみるか?」
カタナが静かに問いかける。
「それはどうかなぁ。GMさんは、バグと見れば即削除しちゃうだろうからね……」
あゆは困った風に答える。代わりにと別のアイテムをくれることはあっても、フニルーは……きなこもちは戻らないだろという見解だった。
「そうだな……」
カタナが難しそうに眉を寄せる。
私の脳裏にも、あのGMの少年が真っ赤な炎でバグを焼き尽くしていた姿が蘇る。
きなこもちがあんな風に焼かれるところなんて、絶対、見たくない……。
そういえば、きなこもちは、最初にGMさんに会った時も、次にGMさんに会った時も怯えていた。
でも、GMさんに怯えていたなんて言ったら、それはまるで、きなこもちがバグだって言ってるようで……。
「みさみさちゃんは、他にきなこもちについて知ってることはない?」
あゆの言葉に思わずビクリと肩を揺らしてしまう。
「ほ、他に……。あ、七色に光る石を食べてた……」
思わず思い出したままに答えれば、カタナが眉を寄せる。
「七色の石……?」
私は、遺跡での出来事を二人に話す。
「そういえば、確かにあの時何か言いかけていたな。聞いてやれなくて、すまなかった」
「い、いいのいいの、急な事だったしっ」
謝るカタナに私はぶんぶんと首を振る。
「しかし、七色の石か……。あの遺跡にまつわる伝承に、そんなのがあった気がするな……。調べておくよ」
「う、うん。ありがとう」
それがきなこもちにどれくらい関わる話なのかはよく分からないけど、とにかくそれはカタナに任せてみる。
あゆは、バグやウィルスについてもう少し調べてみると言ってくれた。
その後は、きなこもちをケースに戻して、あゆのおすすめの綺麗な海辺のマップで、一時間だけ貝殻を拾ったり敵を叩いたりして解散した。
20時半から外食に行くと言った手前、あんまり早くは戻れなかったから、カタナ達もそれに付き合ってくれた。
そうして結局、私は21時半頃からアイカ達の女子会トークに加わった。
カタナたちは行っておいでと言ってくれた……。
でも、きっと今頃あの二人はフニルーのことについて調べてくれてるんだろうなぁ。
そう思うと、私がこんなところで、こんなに意味のない話に混ざっているのが、本当にもったいない時間に思えてしまって辛かった。
カタナ達に、夢の話もすれば良かったかな……。
でも、なんて言えばあの夢が正しく伝わるのか、あの夢に一体どんな意味があるのかは、私にもまだ分からない。
『みさきー? 聞いてるのー?』
言われて慌てて答える。
『あ、ごめん、電波悪かったみたい。なになにー?』
私の口からは、息をするほど自然に嘘がこぼれ出た。
***
土日は、DtDで過ごしつつ、フニルーのことを調べつつ、アイカ達とのグループ会話に顔を出して過ごした。
あゆは日中、狩りの途中で時々動かなくなった。
「これは完全に落ちたな……。すまない、ちょっと電話してくる」
カタナはそんな時、DtDを一度落として通話アプリであゆの親に連絡をしているらしかった。
「みさみさちゃん、ごめんねーっっ」
あゆは、数時間して戻ってくると、そうやって申し訳なさそうに謝った。
「ううん、気にしてないよー」
と私は返しながらも、一体どうしてあゆが動かなくなってしまうのかは、聞きそびれていた。
はっきり言わないってことは、もしかしたら何か、具合が悪かったりするのかもしれないし……。
以前カタナの言っていた、入院していた友達というのは、あゆのことだった。
もしかしたら、ゲームの中では元気そうに見えるけど、実際には車椅子とか、そんな元気に動き回れないような感じの子なのかも知れないなぁ……。
何も聞かないままに、私の中には、あゆに対してそんなイメージが残った。
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