第3話 嘘と事実と友達
スマホのアラームで目を覚ます。
今回はちゃんと別れの挨拶をして落ちることができて良かった。
たっぷりたまった通話アプリの通知に、クラスのグループを見れば、夜中の2時頃グループに坂口くんが冬馬くんを呼んでいた。
なんでまたこんな深夜に……。
坂口くん、夜寝てないのかな。
ちゃんと寝ないと病気治らないんじゃないのかなぁ……?
冬馬くんも心配してるだろうに……。と、私は勝手に冬馬くんの心配をしたりしながら、学校へ向かった。
ズッ友グループの方は、皆でお笑い番組を見ていたらしく、アイカとひまりと遥のやりとりがずらっと並んでいた。
玲菜は途中まで一緒に見ていたようだったけれど、途中から『音楽番組見るから』と消えている。
多分、アイドル好きのひまりもそっちが見たかったんじゃないかなと思うんだけど、何も言わずにそのままお笑い番組を見てるようだった。
いや、もしかしたら2画面にして見てたのかも知れないけど。
どちらにせよ、録画してあるのは間違い無いだろうな。
もしかしたら、玲菜と一対一会話では盛り上がってたのかも知れない。
そんなふうに思えば思うほど、通話アプリでの彼女達の会話は、酷く薄っぺらに見えた。
今日も、学校に坂口くんは来なかった。
私は、ちょっと理科の実験で火傷しそうになってヒヤッとしたけど、そのくらいで、今日もいつもと変わらない時間に、学校から戻る。
いつものようにスマホを開く。
クラスのグループに表示された文字に、私は目を疑った。
『ひまりが冬馬叶多を退会させました』
『ひまりがグッチーを退会させました』
グッチーというのは、坂口くんのことだ。
え……!?
なんで……。どうして……??
二人とも、何も発言していなかったのに。
……そんなに、戻ってきたのが許せなかったんだろうか。
「酷い……」
思わず、口から呟きが零れると、カタナの声が胸を過ぎった。
そうだ。想像力……。
どうして、何も言わないのに蹴ったんだろう。
何かを言われる前に……、何かって……もしかして、文句を言われたくなかったのかな。
文句を言われるのが怖くて、二人が何か言う前に蹴った……??
それにしたって、酷いけど。と思いながらも、ひまりの態度にひまりの弱さを見つけて、ほんの少しだけ怒りが和らぐのを感じる。
なんだか不思議だ。
現実は何も変わってないのに、考え方だけで、人の気持ちは変わるものなんだね。
でも、冬馬くんと坂口くんはどう思ったかなぁ……。
嫌な気分になったのは間違いないだろうけど。
冬馬くんは、坂口くんが蹴られたことに心を痛めてるかも知れないな……。
ん?
でもこの順番で蹴られたなら、坂口くんが蹴られた事を冬馬くんに言わない限りは、冬馬くんは自分だけ蹴られたと思ってる……かなぁ。
坂口くん、よく学校休んでるし、性格まではわからないんだけど、細い銀色のフレームの、大きめの眼鏡をかけた、ほんわかした感じの男の子だったよね。
もうずっと休んでるけど……、まさか、コロナなのかなぁ。
ズッ友グループにも通知が入る。
『ちょっと、ひまり蹴り過ぎウケるwww』
『二人まとめて蹴っとけば、もう戻って来ないっしょ』
『えへん(←スタンプ)』
アイカの突っ込みにも、ひまりは悪びれる様子がない。
『えへんじゃないでしょ、坂口まで蹴ってどうすんの?』
『テヘッ(←スタンプ)』
玲菜が窘めてくれてるけど、ひまりは反省する気はないみたいだった。
『そんなことばっかりしてたら、友達無くすよ』
『ひどーいっ(←スタンプ)』
『うるうる(←スタンプ)』
でも、スタンプの返信ばっかりなのは、もしかしたら本人も、ちょっと罪悪感を感じてるのかも知れないなぁ……。
そんな風に想像力を働かせていたら、遥も帰ってきたらしい。
『ただいまー』というスタンプに、おかえりが続く。
私もそろそろ見ているだけではまずいので、ただいまとおかえりに混ざっておいた。
アイカが、3人の招待でもらえたというDtD衣装のスクショを上げてくる。
あ……。可愛い……。
こんなメイドさんみたいな衣装セットがあるんだ。
一見メイドカフェの服みたいなふりふりのエプロンドレスなんだけど、所々ファンタジーテイストになってるのが、DtDっぽくていいなぁ。
他のみんなも私と同じで『可愛いっ!』とスタンプを送っている。
うーん。3人招待かぁ……。
お父さんとお母さんには、頼めば引き受けてもらえるかも知れないけど、もうあと1人足りないなぁ。こんな時、兄弟がいればいいのになと思ってしまう。
去年同じクラスだった友達に頼めばやってくれるんだろうけど、普段遊んでない子にこんな時だけ頼るのも、またどうかなと思うし……。
私以外の2人も、この衣装が欲しくなったのか、なんとか3人にならないかと計算しているようだった。
『みんなDtD続けてるんだ?』
アイカの問いにひまりが答える。
『続けてるっていうかさー、一昨日インストして、昨日ちょっと遊んだだけっしょ』
そうだよね。まだ今日で3日目だもん。
私は、夢での事が残ってるかどうか朝から一度ログインしてみたけど、前と同じで私のレベルはちゃんと25になっていた。
『レベルは?』
アイカの問いに遥とひまりが答える。
『12だったはずー』
『14だよー。へへー、私の方が上だねっ』
『みさみさは?』
問われて、一瞬迷う。でもこれは嘘をついたってゲーム内で会えばバレてしまうわけだし……。
パーティーを組めば相手のレベルが分かるのを、私はもう知っていた。
『25……に、なったとこ……』
『ええーっ!? みさみさなんでそんなにレベル高いのぉ? うち22なんだけど!?』
『あはは……(←スタンプ)』
あー……。アイカのレベル超えちゃってたか……。ちょっと気まずいな。
『私の方が一週間も前からやってるのにーっ』
『たまたま親切な人がレベル上げ手伝ってくれたんだよ』
『えー、いいなー』
『それって、仲良くなって、君どこに住んでんのー? とか聞かれるやつでしょー?』
『ヒョェェェェ(←スタンプ)』
『キモッッ(←スタンプ)』
『みさき、騙されやすそーだよねー』
『気を付けなよぉぉぉ!!』
どうして良く知らない人の事をそんな風に言えちゃうのかな。
知らないからこそ、言えるのかな。
確かにそういう人はいるのかも知れないけど、カタナはそんな人じゃないと思う。
『アイテム貸してくれたり、壁してくれたり、いい人だったよ。矢も買ってくれたし……』
リボンの事は、流石に貰いすぎな気がして、言えなかった。
『ええー、いいなぁー。紹介してっっ!!』
アイカの言葉にぎくりとなる。
紹介したら……、どうなるんだろう。
カタナはアイカにも、ひまりにも遥にも、私にしてくれたみたいに優しく色々教えてくれるんだろうな……。
『その人とはフレンド登録しなかったから』
『ごめーん(←スタンプ)』
『残念無念(←スタンプ)』
私は、思わず嘘をついてしまっていた……。
カタナならきっと、DtDのプレイヤーが増えるのを喜んだんだろうに……。
『じゃあさー、今日は4人でDtDする?』
『いいねー(←スタンプ)』
『賛成ー(←スタンプ)』
『わーいっ(←スタンプ)』
嬉しそうな笑顔のスタンプを、私は小さなため息と一緒に押した。
ログインすれば、パーティーチャットでカタナから声がかかる。
今日はここに行こう。とまた私の行ったことのないワールドを挙げられる。
一緒に行きたいなぁ……。そう思いながらも、私はそれを断る。
『ごめん、今日は友達と遊ぶ事になっちゃって……。せっかく声かけてくれたのに、ごめんね……』
『約束をしていたわけでもなし、気にする事はない。何か困った時にはいつでも個別メッセージを送ってくれ』
そう言うと、カタナはパーティーの抜け方を説明してくれた。
カタナと一緒のパーティーを抜けるのはなんだか酷く残念な気分だった。
皆で、DtDで待ち合わせをする。
アイカのお兄ちゃんのギルドが拠点にしてるという、広い村があるワールドの、花畑に4人で集まった。
ひまりは玲菜も誘っていたが、バッサリ断られていた。
4人で村の中にある花畑に座って話していると、なんだか学校にいる時みたいだ。
ひまりは魔法使い、遥は商人だった。
アイカはご自慢のメイド服で職業がよく分からなかったけど、魔法使いらしい。
私も弓手だし、後衛ばっかりだなぁ。
商人……は、前衛に数えるんだろうか?
そんな私たちの横を、ふわふわの雲兎が通る。
街や村の中にはモンスターは出ないので、あれは誰かのペットだろう。
「私もペット欲しいなー」
アイカの言葉に、ドキッと心臓が跳ねる。
きなこもちのことは、内緒にしといた方がいいよね……。
「あー、私も思ったー」と遥がコクコク頷くマークを出しつつ同意する。
「でも、ペットって捕まえるアイテムも高いし、維持費もかかるんだよねー」
「そうなの?」
「そーそー、あのふわふわの兎捕まえるやつ10万レルだったーっ」
「うわぁ」
「高!」
「高いねー」とその話に乗りながら、私は内心首を傾げる。
じゃあどうして、あの時私はきなこもちをペットにできたんだろう。
そんなアイテムは、何も持ってなかったはずなのに……。
「じゃあせっかくだし、お金と経験値を稼ぎに、ひと狩り行きますか!」
そう言って立ち上がるアイカにひまりが突っ込む。
「それ違うゲームっしょ」
あははと盛り上がる私たちだったけど、楽しかったのはここまでだった。
アイカが作ったパーティーに3人で入り、同じワールド内の、アイカのおすすめ狩場に行ってみる。
でもそこは魔法使いに向いたマップで、敵は足が遅いけど叩かれると一撃がものすごく痛いという敵で、商人の遥が死まくってしまった。
私も2回、逃げきれずに追いつかれて殺される。
遥は逃げ惑うばかりだし、ほとんどひまりとアイカだけが倒している状態に二人がイライラし始めて、ひまりと遥のレベルが二つ上がったところで、4人で別の初心者用ワールドに移動した。
こちらは少々叩かれても大丈夫な、スライムがいっぱい湧くマップだった。
それでも、4人の中でレベルの高い私たち2人も、壁役ができるほどのレベルでもなければ、どちらも後衛だったので、結局は皆それぞれが各自で叩く。
「あーっ。もう魔法出ないーっ」
ひまりが回復のために座り込む。
「ポーション無くなったーっ」
遥はこっちのマップでも大変そうだ。
「みさきつっよ!」
「あ、これスキルなんだ」
そのうち、商人の遥がペチンと叩いた敵を連れて逃げ回るところを、二人の魔法と私の矢で倒す形になった。
「待って待って!」
「こっちこないでーっ!!」
「もーっ、遥もうちょっとぐるーっと回ってよ!!」
「みさき、早く倒しちゃって!」
「動いてると、なかなか当たんないーっ」
けれど、4人で経験値を分け合っているだけあって、10匹叩いても20匹叩いてもなかなか経験値が上がらない。
自分たちだけでやると、レベルって、こんなに上がりにくいものだったんだ……。
私は、自分がいかにカタナに楽をさせてもらっていたのか痛感した。
そのうち、アイカがもうちょっと奥に行こうと提案して、結果、皆でボスに遭遇して全滅してしまった。
「あはははは、全滅ーーっっ!!」
楽しそうなアイカに、ひまりが怒る。
「何笑ってんのよーっっ!! アイカがもうひとマス向こうに壁張ってくれてたら大丈夫だったっしょっっ!?」
「えー? 私のせいじゃないしー、ひまりが魔法打つの遅いからだしー」
「これで精一杯っしょーーーっっ!!」
揉め揉めの全滅のシーンは、遥がスクショを撮っていて、後から送ってくれた。
結局、その後もレベルの不相応な場所に行って3回全滅してしまったけど、ひまりと遥のレベルが一つずつ上がると、今日はもうここまでしようということになって、寝るまで花畑で一時間くらいダラダラ話をして解散した。
私は、みんながログアウトしたのを確認して、そっとパーティーを抜けると、セーブポイントに飛んだ。
Eサーバーのワールドセレクトルーム。
この、どこまでも続く草原の、静かな雰囲気にホッとする。
フレンドリストを開くと、カタナとGMさんはオンラインだった。
どうしようかな……。カタナに声かけてみようかな……。
狩りの途中だったりして、邪魔になったりしないかな……?
私は、きなこもちをケースから出す。
「ぷいゆっ!」
やっぱりきなこもちはお腹を空かせていて、お腹を空かせたマークをしきりに出してくる。
「お待たせしちゃって、ごめんね」
カタナからもらった小石を食べさせて、もちもちしたボディを撫でる。
「ぷいゆ♪」
きなこもちは機嫌を直してくれたらしい。
もちもちですべすべのボディは、ひんやりしていて気持ちいい。
カタナも、きなこもちが撫でたいかも知れない。
そんな風に思うと、なんだかたまらなくなって、ついその名前をタップしてしまった。
『今忙しい?』
『精算してるとこだから大丈夫だ、今日はどうだった? レベル上がったか?』
『ううん、それどころか、減ったかも……』
『そんなに死んだのか?』
『2回死んで、3回全滅しちゃった』
『デスペナあるゲームって、今時珍しいんだよな……』
デスペナルティ。DtDは死んでしまうと経験値の1%が無くなる。
ひまりと遥の1%は簡単に取り戻せたけど、私とアイカは、減ったかトントンくらいなんじゃないかなぁ……?
『初心者ばかりのパーティーなのか? 良ければ俺が付き添おうか?』
ああ、やっぱり、カタナならそう言ってくれそうだなって思ってた。
でも、あの文句ばっかりで口喧しいパーティーに、カタナを巻き込みたくないなぁ……。
『ありがとう、友達にも話しておくね』
『ああ、そうしてくれ』
カタナのまっすぐな返事に胸が痛む。
きっと、カタナは私がこの話を友達にしないだなんて思ってもないんだろうな……。
私は一体いつから、こんな風に嘘ばっかりつくようになってしまったんだろう。
本当は、友達が口が悪いから会わせたくないって……。
…………やっぱり、そんなこと言えないなぁ……。
「ここにいたのか」
近くで聞こえた声に振り返れば、カタナがいた。
ほんの昨日ぶりだったのに、カタナの姿に、なんだかホッとする。
今日の狩場でも、街でも、同じような黒髪のアサシンを見かける度に、思わず振り返ってしまっていた。
「きなこもち、触っていいか?」
うっかり返事をしそうになったけど、よく見れば、カタナはきなこもちに向かって話しかけていた。
「ぷいゆ♪」
きなこもちが嬉しそうに鳴く。
カタナがもちもちときなこもちを撫でれば、きなこもちが音符マークを出す。
それに応えるように、カタナも音符マークを出した。
その赤い瞳は、スマホ越しでも、なんだかいつもより優しそうに見える。
「……なんか、嬉しそうだね」
「空気だけでそんな事まで分かるのか? すごいな健常児……」
カタナが本当に驚いたように目を見開いてこちらを見る。
頭の上にはびっくりマークが3回も出された。
健常児ってなんだろうと思ったけれど、後で調べてみたら、障害を持ってない人のことのようだった。
「仲のいい友達が、明日退院するんだ」
「お友達、入院してたんだ?」
「ああ、昔からよく入院する奴なんだが、最近は見舞いも行けないからな……。ずっと会えなかったんだ」
そっか。コロナで病院はどこも面会禁止になってるってお母さん言ってたなぁ。
おばあちゃんの顔も見に行けないって……。
「明後日からは学校にも来られるらしい。だから、すごく嬉しい」
カタナの頭の上にニコニコのマークが出る。
うわぁ、こんな風に笑うカタナ、スマホ越しじゃなくて、夢の中で見たかったなぁ。
その日は結局、普通にログアウトして、私は普通にベッドに入った。
でも、夢は見た。
どこか暗いところに、何かが閉じ込められていて、助けを求めている。
丸いような形のそれは、卵か何かだろうか。
私は、それを助けてあげたいと、出してあげたいと思った。
***
それから五日。
私はあれきり、夢の中でDtDをすることはなかった。
かわりに、暗いところで助けを求める何かの夢は、毎日続いていた。
気になって夢占いを検索すると『あなたはその人を助けたいと思っています。けれども今は、それができないという現実を抱えています』なんて出てきて、なんの役にも立たないなと思ったりした。
クラスのグループ会話は相変わらす眺めているばかりで、ズッ友のグループ会話も、なんとか不審がられない程度に返信しつつ、私はDtDを続けていた。
私のレベルは30まで上がった。
「これで、お菓子のワールドにも行けるな」
言われて、ちょっと驚く。
「行きたかったんだろう?」
「……知ってたんだ……」
「まあ、ワールドセレクトに来ると、いつもチラチラあっちのワールドばっかり見てたし、最初の日に俺に聞いてきたのもお菓子のワールドのことだったからな」
「覚えてたんだ……」
嬉しい気持ちと、なんだか食いしん坊をアピールしてるみたいで恥ずかしい気持ちが混ざり合う。
「明日は俺の友達も一緒でもいいか?」
突然の言葉に驚く。
なんだか、このままずっと二人で遊べるような気がしてたけど、そんなはずないよね。
だって、カタナは最初からギルドにも入ってたし、他にもいっぱい友達がいるんだろうから……。
断る理由もなくて、私がコクコクと頷くと、カタナがちょっとホッとしたのが分かった。
「俺よりずっとレベルも高くて強いんだ。あ、いいやつだよ」
そう言われて、私もちょっとだけホッとした。
こんなにまっすぐな人の友達なんだもん。
悪い人じゃないだろうとは思う。
……じゃあ、私はどうなのかな。
私の友達は、私にとって、人に紹介したいと思える人じゃない。
それって、どうなんだろう……。
私にとって、アイカ達は、本当に友達なのかな……。
本当の友達って……。
胸に浮かんだ友達の顔は、去年やそれまでに同じクラスだった子たちだった。
小学生の頃仲の良かった子とは、クラスが離れた今でも通話アプリで話をしたりするけど、それも週に1、2度くらいだし……。
今の私が、本当の友達だと言っていいのかは、よく分からなかった。
***
今日は大縄大会だった。
中学生にもなって縄跳びか、と思わなくはないんだけど、意外とみんなそう言う割には本気だったりする。
だから、私も足を引っ張らないように精一杯気を付けて跳んだ。
じゃないと、後でクラスのグループで何を言われるか分からない。
C組には残念ながら2回差で勝てなかったけど、無事に学年2位が取れて、ほとんどの人は満足してたみたいだった。
坂口くんは三日前から学校に戻って来てたけど、結局体育は全部見学していて、大縄にも参加しなかった。
昼休み、坂口くんは冬馬くんの席のところでDtDの話をしていた。
あの二人って、あのゲームやってるんだ……。
冬馬くんの席は廊下側の一番前、出入り口の近くで、扉を通るときにたまたま聞こえてしまったんだけど、一度気になると、ついつい聞き耳を立ててしまう。
あの精霊の飛び立つ樹を、誰かに見せてあげたって話みたい。
喜んでもらえて良かったとかそんな話をしてる。
うんうん、そうだよね。あの光景は本当に感動するよね。
いいなぁ、私もDtDの話したいな……。
でもひまりと遥はもうやってないみたいだし、アイカもこの三日はほとんどログインしてないみたいだった。
二人の会話は、今度お菓子のワールドに行くから……。とか、どの属性でどの敵を叩くかという話になっている。
うう、私もその話興味ある……。
でも冬馬くんとも坂口くんとも、全然話したこともないし、そもそもあの二人はひまりが嫌ってるから、声をかける勇気は出ないなぁ……。
「みさき?」
「え? 何?」
「ちょっとー、聞いてなかったのー?」
アイカの言葉にひまりと遥が笑う。
玲菜もその後ろで苦笑していた。
うう……。向こうの会話に夢中で、全っ然聞いてなかった……。
午後の授業は眠くなる。
それはきっと、みんなそうだと思うんだけど、五限の歴史で寝てしまったのは三人だった。
ああ、こっくりこっくり船を漕いでる青木くんはきっと、大縄を必死で回してたから、疲れたんだろうなぁ。
佐々木さんは、夜更かしでもしてたのかな。どう見てもぐっすりだ。
そして、坂口くん。
坂口くん……、眼鏡はそんな角度のままで歪んだりしないのかな……。
坂口くんは授業中寝てしまう事が時々ある。
それでも、先生はなぜか、坂口くんを起こさない。
今日も、先生は、青木くんと佐々木さんだけを起こした。
『なんで坂口は良くて俺はダメなんだよっっ』
その日のクラスのグループ会話では、青木くんがそう叫んでいた。
『あ、俺も気になったから、今日先生に聞いたんだよ』
『詳しく!(←スタンプ)』
『なになにー?(←スタンプ)』
『いや、これ話していいのかな……。まあ別に口止めされたわけじゃないからいい……のか……?』
『ドキドキ(←スタンプ)』
『ミステリー!(←スタンプ)』
『なんかあれ、薬の副作用とからしくて、どうしようもなく寝ちゃうらしいぜ』
『!?(←スタンプ)』
『ショック!!(←スタンプ)』
『なんだそれ』
『???(←スタンプ)』
『私、お母さんに聞いたことあるんだけど、坂口くん脳の病気なんだって。なんかね、あんまり長く生きられないらしいよ?』
『ガーン(←スタンプ)』
『うええ、マジか……』
『そんなまさか!(←スタンプ)』
『あるんだ、そんなこと……』
『まだ中2なのに』
『号泣(←スタンプ)』
『ちょ、俺、明日から坂口に優しくするわww』
『あからさますぎwww』
『やめとけ(←スタンプ)』
坂口くん、学校に戻ってきて、良かったなんて思ってたのに。
あんまり長く生きられないって……。
私は予想もしていなかった展開に言葉を失う。
クラスに、そんな子がいることって、あるんだろうか。
それとも、私が知らなかっただけで、今までも同じクラスにそんな子は紛れてたんだろうか。
みんなと同じようなフリをして、そっと。
それに、私が気付かなかっただけで……。
今日、昼休みにチラと見た、冬馬くんと坂口くんの様子が瞼に浮かぶ。
二人とも、楽しそうに話をしていた。
グループ会話では、小学校の頃にもこんな子がクラスにいたとか、歌は歌えるのに喋れない子がいたとか、毎日何度も薬を飲む子がいたとか、そういう話が続いている。
そうなんだ……。
私が気付かなかっただけで、本当は色んな事情がある子が、私の近くにもいたんだ。
そんな風に思いながら、流れる言葉を追う。
ひまりもアイカも、ズッ友のメンバーはこの会話に入る気がないのか、黙ったままだ。
でも、ここでこんな会話ができたのは、あの二人がここにいないからで。
ある意味、ひまりがあの二人を蹴ってたからだよね。
そう思ったら、なんだか不思議で、ちょっとだけ苦笑が漏れた。
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