第2話 赤いリボン

やたらと鮮明に覚えたままの夢を、時々思い出しながらも、私はいつもと同じように学校に行って、そう変わらない一日を過ごして、部屋に戻った。

坂口くんは今日もお休みだったし、冬馬くんは今日も一人だった。


ケーブルに繋いで行ったスマホの充電は満タンになっていて、クラスのグループにもズッ友グループにもそれぞれ通知が来ていた。

スマホを中学校に持って行っている子もいるみたいだから、仕方ないけど。

私は持って行ってないから、こうやって部屋に戻ってくると大体こんな風に通知でいっぱいになっている。


『∈2ーA✧グループ∋』という名前のグループトークを開けば、ズッ友グループでも一緒のひまりが写真をあげていた。

でも、その写真は……誰だろう。

加工がすごいのか、一見ひまりには見えないけど、ひまりに似た感じの少し大人な女性だった。

彼女は私と一緒で一人っ子だし、やっぱり本人なのかな……?

『見てこれー、神可愛いっしょ♪』

ひまりの、虹色に光るきらきらの絵文字に囲まれた言葉に、アイカのツッコミが入る。

『自分で言うww』

そっか、やっぱりひまりの写真なんだ。

『このアプリ、マジ神ってるから、みんなもやってみなよー、沼るよっ』

『大勝利!(←スタンプ)』

続けて、アプリのURLが貼られる。

女子だけじゃなくて、男子も何人かが、やってみるとダウンロードを始めた。

そのうち、男子も女子も、美人やイケメンになった写真を始める。

口々に、可愛いとか綺麗とかカッコイイとかそんな言葉とスタンプが飛び交う。

『ミンスタに、高校生でーすってあげたら、フォロワー増え過ぎヤバイww』

ひまりが、ぐっと増えたフォロワー数を自慢するようにスクショを添えてくる。


私は思わず心配になってしまう。

加工で分かりにくいとは言え、顔写真なんて上げちゃって大丈夫なのかなぁ。

一応室内の写真ではあるけど、窓の外も結構写っちゃってるし……。

けれど、皆は『いいね!』スタンプを送ったり『私もやってみようかな』という子までいて、誰もひまりを止めそうにない。


多分、私と同じように心配になってる人もいるんだろうけど、この雰囲気じゃ何も言えないよね……。

その時、冬馬くんが発言した。

『楽しそうなところ悪いとは思うのだが、ネットに顔写真は出さないほうがいい、身バレすると後が大変になる』

私は、その言葉にホッとした。

私では、ひまりにも、アイカにも、言えそうになかったから。

玲菜なら言えるんだろうけど、面倒で言ってくれない可能性は大いにある。

『確かに(←スタンプ)』

『それな!(←スタンプ)』

『一理ある(←スタンプ)』

と同意のスタンプが来て、私は胸を撫で下ろす。

冬馬くんが、悪者にならないで済んで、ホッとした。

私と一緒で、この流れをハラハラ見ていた人が他にも居たんだなと思った途端、

ズッ友グループの方に通知が来た。

『ちょっとー、冬馬マジウザいんだけど』

その言葉に胸が痛くなる。

『ゴゴゴゴゴ(←スタンプ)』

『ほんとムカつくよね』

『もー、あんなやつグループに呼んだの誰よー』

『空気読めないにも程があるっしょ』

ご立腹のひまりに、アイカが同意していて、私は居た堪れなくなった。

冬馬くんは何も間違った事は言ってないのに。

ひまりに悪口を言ったわけでもないのに。


『蹴っちゃえば?ww』

アイカの言葉に、心臓がヒヤリと凍り付く。

そんな簡単に、そんな風に、切り捨てられてしまうんだと。自分も、迂闊な事を言えば、そんなふうに思われるんだと、目の前に突きつけられた様な気がした。

『それいーね!』

ひまりが、楽しげなスタンプを添えてノリノリで答える。

それから、ほんの数秒のうちに、クラスのグループには

『ひまりが冬馬叶多を退会させました』

との一文が入った。


…………ほ、本当に、退会させちゃったんだ……。


私は、どこか信じられない気持ちでその一文を見つめた。

少し熱いスマホを握る手が、じっとりと汗ばんで、どんどん冷たくなってゆく。


どうしてそんなに、心ないことができてしまうんだろう。

冬馬くんが、言えば嫌がられるかも知れない中で、それでも言ってくれたのは、ひまりのためだったのに……。


ひまりは、そんなことも想像できないんだろうか。


クラスのトークには、

『無惨……(←スタンプ)』

『ヒェェ(←スタンプ)』

と男子がスタンプを押してくれていたけれど、それきりで、冬馬くんのことを口にする人はいなかった。

そのうち男子は家の犬だとか猫だとか、しまいには金魚やらぬいぐるみまでを加工して、めちゃめちゃな合成結果を見せ合っては大笑いしはじめた。


ピコンと音がして、思わずびくりとした。

危うく落としかけたスマホを慌てて握りなおすと、私宛のメンションを確認する。

『ねー、みさき、昨日DtD入れたんでしょ? チュートリアル終わった?』

ログを辿ると、既に私以外の二人は、昨日のうちに招待IDの手続きを済ませていたみたいだ。

『終わったよー、昨日は寝落ちちゃったみたいでごめんね』

『ごめーん(←スタンプ)』

返事に謝るスタンプを添えると、すぐに、招待IDが送られてくる。

『行ってくるね!(←スタンプ)』

私はスタンプを返して、DtDを起動する。


ロゴの後には、あの虹色の溶けたような空と、沢山のシャボン玉に包まれた世界達。

夢の中での出来事が、また鮮明に甦る。

タップしてログインすれば、そこには自キャラが立っていた。

3人分のキャラが作れるのか、自分のキャラの隣には後2つ分同じようなスペースがある。

私はまだ一人しかキャラを作っていないから、迷う事なくその子を押そうとして、指が止まった。


あれ? レベルが上がってる……。


チュートリアルまでで、レベルは10のはずなのに。

名前の下に表示されている私のキャラのレベルは22だった。


どうして……?


私はドキドキしながらその子をタップしてログインする。

足元にいたはずのきなこもちは居ない。

それでもレベルは上がったままだ。

クリアしたミッションを確認すれば、そこには雲兎と雲羊を倒すミッションが達成の表示になっていた。


胸のドキドキがさらに高まる。

とにかく、アイカに文句を言われないうちに招待IDを入れて、送信して……。

あ、そうだ。ログアウトの方法も聞いとこう。

私はズッ友グループにその旨を書き込んで、またすぐDtDに戻った。


画面の上端に通知が出て、アイカの返信が入る。

『あはは、やっぱりみさみさだー』

『みさみさってさー、そろそろダサくない?』

……う。言われてしまった。

招待の手続きをした時に、キャラ名が伝わったんだろうな。

確かに、SNSでも周りの子達はカタカナや横文字の子が増えてきたとは思う。

でも、じゃあどんな名前にしようかと思っても、そんなのすぐには思いつかない。

私は、なんて返信しようか迷った挙句に、『あはは』と汗を垂らして苦笑いをするスタンプを送信する。

アイカは気にする様子もなくログアウトの方法を教えてくれた。

『ありがとう!(←スタンプ)』

試しに一度ログアウトしてから、ログインし直す。

昨日のカタナさんの声が、不意に胸に蘇る。


『これは想像だけど。みさみささんが、今日ログアウトする時に、初めてのDtDを『楽しかった』と感じてくれるなら、俺はきっと最高に『よかった』と思えるよ』


昨日の事が、ただの夢じゃなかったのなら、彼はあの後どんな気持ちになったんだろう。

スマホのアラームで、私は目覚めてしまった。

彼には私はログアウトしたように見えたんだろうか……?


……みさみさって名前を、カタナさんもダサいと思っただろうか……。


でも、どんな名前ならいいのかなぁ。

私は、いつまでもぐるぐると読み込み中のマークが回ったままのログイン画面を見つめながら考えていた。


気付けば、足元には一面草原が広がっていて、頭上にはたくさんの大きな大きなシャボン玉が浮かんでいた。



――ええと……?


もしかして、私は、ゲーム用のニックネームを考えながら眠ってしまったんだろうか。

そんなに遅い時間じゃなかったのに。

ご飯は済ませていたけど、まだ歯磨きも、お風呂にも入ってなかったのに。


どうしたら目が覚めるかなと思った途端に、後ろから声をかけられた。

「みさみささん。良かった、会えて」

「あっ、カタナさんっ!」

私は慌てて振り返る。

「昨日は途中で落ちちゃって(?)ごめんなさいっっ!!」

落ちちゃったのかどうかわからないけど、私はとにかく謝った。

カタナさんはちょっとだけびっくりしたように黒髪を揺らしてから、赤い瞳を少しだけ緩めて答える。

「いや、気にしてない。みさみささんこそ、突然の事でびっくりしただろう。怖い思いをさせてしまって、すまなかった」

悪くないのに謝るカタナさんが、なんだかさっきの冬馬くんに重なって、私は思わず声が大きくなってしまう。

「カタナさんが謝る事ないですよっっ!!」

カタナさんが目を丸くする。

一瞬の表情だったけど、何だか、子供みたいで可愛かった。

「……俺のことは、カタナでいい」

私から目を逸らして、ちょっと恥ずかしそうに言われて、それが呼び捨てで良いと言われているのだと理解する。

「俺はそんな大人じゃない。いや、子供だと言った方がいいか。みさみささんの方がずっと大人かも知れない」

「私はまだ中学生だから、カタナさんよりきっと子供ですよ」

「そうなのか? 俺も中学生だよ。同じだな」

言われて、驚く気持ちと、やっぱりと思う気持ちが混じり合う。

時々感じていた子供っぽさは、本当に私と同じくらいの歳だったからなんだ。

『同じだな』と言った優しい声が、胸に広がって、不思議なくらい嬉しい。

「ど、どこに住んでるんですか?」

「関東だよ、同じくらいだと分かったんだから、もう敬語はいいだろう」

「わ、私も関東ですっっ、あ。ええと……でも先輩だったら悪いし……」

カタナさんは、困ったように苦笑して、渋々学年を答えた。

「中二だよ」

「一緒だ……」

カタナさん……ううん、カタナは、同い年だったんだ。

「でも、ネットではあまりそういう歳とか学校の話はしない方がいい。身バレすると危ないから。住んでる場所の話も、ここまでにしておこう」

「う、うん」

私は慌ててコクコクと頷く。

カタナは、私のこと心配してくれてるんだ。

そう思うと、すごく嬉しい。


けれど、カタナはどこか悲しげに俯いて呟いた。

「ああ……。でもそんなの、俺が言うことじゃなかったんだろうな……」

「え……?」

「いや、何でもない」

私の言葉に首を振って答えたカタナが、ためらうように、もう一度マスクの下の口を開く。

「その……口うるさい事を言ってしまって、すまないな」

「そんな事ない! 私のこと、心配して言ってくれたの、ちゃんと分かるよ。私、嬉しかった……から……」

言ってしまってから『しまった』と思った。

なんだかこれじゃあ、私がカタナのこと好きみたいに、聞こえない……かなぁ?

焦る私に気付く様子もないまま、カタナは小さく、嬉しそうに笑った。


「……良かった。みさみささんが、想像してくれる人で」


そう言われて、私はまた聞き慣れない言い方に内心首を傾げる。

普通ならこういう時って何が入るかな。

「優しい人で」かなぁ?

優しい人って、人のこと思いやれる人って事だよね。

思いやるのって、相手の事を考えて想像する人って事だよね?

じゃあ別に、おかしくはないのか。私が聞き慣れないだけで。


……ん?

「私のことも、みさみさって……。ううん、えっと、みさって呼んでくれたらいいよ」

私だけ呼び捨てで、カタナだけ『さん』付けが残ってるのおかしいよね?

「ああ、みさだけじゃ名前が取れなくて、ふたつになってるんだ?」

カタナに、名前の理由を尋ねられて、私はずっしりと胸が重くなるのを感じる。

「……そういうわけじゃ……ないんだけど……」

「?」

カタナは頭の上に大きなハテナのマークを出した。

「その……ほら……みさみさってダサいでしょ? 名前変えようかなと思ってるんだけど……中々、思い浮かばなくて……」

私がしどろもどろ返事をすると、カタナは首を傾げてもう一度ハテナマークを出す。

「自分でつけたんじゃないのか?」

「そうなんだけど……。ずっと使ってる名前だから、何も考えないでつけちゃっただけ」

「みさみさは、この名前気に入ってないのか?」

「えーと……。別に、気に入らないって事はないんだけど……」

じっとこちらの顔を覗き込むカタナの赤い瞳に耐えかねて、私は視線を足元に落とす。

「友達に……ダサいって言われちゃって……」

言葉は、終わりに近付くほど小さくなっていった。

カタナは、ほんの少し首を傾げた。

「人の感性なんて人それぞれだ。誰かがダサいって言ったものが、他の誰かにとって最高にクールなことだってある」

そ、そうかなぁ……。

「みさみさがその名を気に入ってないなら変えればいいし、気に入ってるならそのままでいいと、俺は思う」

カタナは赤い瞳で真っ直ぐに私を見て、そう言った。


うーん、……そっか。

それだけのことだったんだね。


なんか、難しく考えすぎちゃってたのかも。

私は「みさみさ」って名前……、やっぱり、結構気に入ってるかな。

カタナにこんな風に呼ばれるのも、嬉しく感じるし。


「……あ。またやってしまったな」

カタナが、気まずそうに後頭部に手を回す。

「相談というのは聞くだけでいい場合がほとんどなんだと、先生が言っていた。解決策を考えたり、それを伝える必要はないんだそうだ」


……そんな事を教えてくれる先生がいるんだ?

後から聞いた話では、カタナは療育機関というところで、そんな『ソーシャルスキル』という人との関わり方のコツを教えてもらったりしているらしい。


「俺が何か、嫌な事をしたら、教えて欲しい」

カタナがしょんぼりと俯く。

「ううん。考えてもらえて嬉しかったよ。ありがとう!」

元気を出してほしくて、思わず語尾に力が入ってまう。

「そうか……よかった」

わずかにホッとした表情を見せたカタナが、ふと頭の上にハテナマークを出す。

「そういえば、今日はきなこもちは出さないのか?」


「えっと……それが、ログインした時には居なくて……」

「ああ、ケースに戻ってるんだろう。アイテム欄に入ってないか?」

言われて、慌ててアイテム欄を探す。あった!!

『きなこもちの飼育ケース』

私はそれを慌ててタップした。

ドーム状のケースがパカっと開くと、中からぴょんときなこもちが飛び出した。

「ぷいゆっ♪」

「良かったーっっ! きなこもちっっ、元気だった?」

思わずギュッと抱きしめれば、ぐぅぅとお腹をすかせたようなマークが出てくる。

あ、餌とかあるんだっけ。どうしよう。まだあげたことない……。

餌も無いのに出したら良くなかったかな。

「もしかして、これとか食べるんじゃないか?」

カタナはそう言うと、コロンとした小さな黄色い石を落とす。

きなこもちはそれを見て瞳を輝かせるが、食べには行かない。

「みさみさが拾って、それからペットのメニューから食べさせてやってくれ」

あ。そっか、そういうことね。

言われた通りにすれば、きなこもちは大喜びでそれを食べ始めた。

「ぷいゆっ、ぷいゆっ♪♪」

「食べてるね。良かったぁ……」

「ああ、可愛いな……」

私の手の上で小石をパクパク食べるきなこもちを、二人で覗き込む。

……ちょっと、距離が……、近くない、かな……?

チラとカタナを盗み見れば、あまり変わらない表情だけど、それでも優しげに赤い瞳を少し細めて、きなこもちを見つめていた。

「撫でてもいいか?」

「いいよ。断らなくても、いつでも撫でて」

私が答えれば「ありがとう」とカタナは優しい声で言った。

私は「きなこもちが嫌がらなければ」と続けようとしていたけれど、やめた。

カタナは、そんなことをしそうになかったから。


満腹になったらしいきなこもちが、そんな感じのマークを出すのを見て、私は石をしまう。

「あ、これ……」

黄色い石はコロコロと小さかったけれど、よく見れば透き通ってキラキラしていて綺麗だった。

なんか、高いアイテムとかだったりしないのかな……。

「残りもみさみさが持っててくれたらいい。またきなこもちの腹が減ったら食べさせてやってくれ」

「あの、でも……タダでもらうのは……」

悪いというか、申し訳ないというか……。

でも、まだ私の所持金は1500レルと書かれていて、チュートリアルが終わった直後で、それは多分1500円くらいの感じなんじゃないかなと思ったりはするわけだけど……。

「みさみさはアイテムを売ったりしたことはあるか?」

「チュートリアルで説明は聞いたけど、まだ……」

「矢は後何本ある?」

「えっと、15本です」

「結構ギリギリだったんだな」

カタナは確認不足だった、というような気まずい顔をちょっとだけ見せてから言う。

「弓手は矢に金がかかるからな。まずはアイテムを売って、買い物に行こうか」

「う、うんっ」

お買い物かぁ。なんだかワクワクする響き。

「街で別行動できるように、パーティーを組ませてもらってもいいか?」

「うん」

別行動かぁ……。そうだよね。一緒にお買い物って事もないよね。

でも、最近はずっとコロナでのんびり買い物もできてなかったし、やっぱり楽しみかも。


カタナの作ったパーティーに入れてもらって、カタナに続いて大きな町のあるワールドに入る。

街の真ん中には立派な城壁に囲まれた、大きなお城。

DtDの中で一番大きな城下町なんだって、カタナが教えてくれる。

城下町は人で溢れていた。


「じゃあ、まずはアイテム売却だな」

商人には、他の職業よりアイテムを高く売ったり、安く買ったりするスキルがあるんだとカタナが言う。

弓手を長く続けるなら、サブキャラとして商人を作っておくと、消耗品が安く仕入れられるとアドバイスされた。

サブキャラかぁ……。まだ二日目だから、続けるかどうかも全然わかんないなぁ。


カタナは矢を買えるお店の場所や、武器や防具のお店、それを強化するお店をひとつずつ紹介してくれた。

すれ違いざまに、色んな人達がたくさんの会話をしていて、カタナの言葉があっという間に会話ログの中を流れてしまう。

パーティーの仲間とだけ会話する画面があるとカタナに教えてもらって、パーティー会話のログに切り替えると、それも一段楽した。

たくさんの人の中を、お互いにだけ聞こえる会話をしながら歩くのは、それだけでなんだかワクワクしてしまう。


商人系の人達が出している個人商店の覗き方も教えてもらった。

「個人商店から買うときは、値段が適正かよく見ないといけない」とのアドバイス付きで。

確かに、個人商店に並んでいる商品は、ものすごく高いものから安いものまで様々だった。

こんなの、何がどう適正なのか全然わかんないよ……。

「価格はそのうち覚えていけばいい。今は、わからないことや欲しいものがあれば何でも相談して」

と言われて、ホッとする。


「あ、赤いリボン可愛い……」

個人商店には、様々な装飾品も、それはもう色とりどりに並んでいた。

こんなにたくさん装備品の種類があるんだなぁ……。

「気になる見た目装備があれば、試着してみたらいい」

カタナに試着の方法を教えてもらって、やってみると、赤いリボンが自分の二つに括られた髪にそれぞれ一つずつ結ばれた。

「わぁ、可愛い」

思わずくるりとその場で回ると、カタナはパチパチと拍手するマークを出す。

「うん、似合うな」

うっ……、そんな風に言われると、欲しくなっちゃうなぁ。

5000レルかぁ……。

昨日倒した雲兎と雲羊のドロップアイテムを売ったおかげで、私の手元には30000レルほど入ったけれど、カタナさんの勧める鉄の矢は1本2レルで3000本買えば6000レルになってしまった。

普通の矢は1本1レルだから、一人で戦う時はこっちにしようかな……。

属性のついた矢は1本3レルなんだけど、行き先によってはこっちを使うといいって言われちゃったし、そしたら、9000レルだよねぇ……。

1本ずつお金がかかるんだなと思うと、昨日射損じた矢すら、ちょっと勿体なく感じてしまった。

うーん。ゲームの中でも、お金の問題はシビアなのね……。


この後ポーションも買いに行く予定だし、10000レルくらいは手元にも残しておきたいし……。私の所持金ではちょっと……ギリギリってところかなぁ。


私が名残惜しい気持ちのままで試着を戻すと、カタナが尋ねる。

「買わないのか?」

「うーん。まだお金に余裕ないから、今度にする」

「……そうだな。弓手は所持金がゼロになるような事態は避けた方がいい。良い判断だ」

褒められて、なんだか照れてしまう。

あ。照れるマークがあったよね。

『てれてれ』と恥ずかしがるマークを私が出すと、カタナは『よしよし』と撫でるようなマークを出してくれた。

本当に撫でられたわけじゃないけど、それでもなんだか、じんわりと胸が温かくなる。


ポーションのお店は、街の入り口からちょっと裏道に入ったところに建っている個人商店を教えられた。

必ず買えるNPCの場所も教えてくれたけど、ここにこの商人がお店を出してる時は、ここで買うのがオススメとのことだ。

性能が良くて安いんだって。

ちょっと表通りからは外れているのに、ちょろちょろと人が通って行く。

次々に他のプレイヤーも買っているのが、減ってゆく在庫の数で分かった。

うーん、ポーションって色々種類あるんだなぁ。

安いのをいっぱい買うのと、高いのを少し買うんだったらどっちがいいのかな……?

悩む私に、カタナはパーティー会話でアドバイスをしながら「ちょっと俺も買い物に行ってくる」と中央通りの方へ行ってしまった。

マップの上に見えるオレンジの点が、多分カタナの場所なんだろうな。

『買えたら、左の城門前で待ち合わせしよう』

『うん』

待ち合わせ……。待ち合わせかぁ。

なんだか、そういうのも久々で嬉しい。

小学生の頃は、よく友達と待ち合わせてあちこち出かけたのにな。

コロナが流行ってからは、学校が終わるとまっすぐ帰ってくるだけで、習い事以外出かける事もない。


私はポーションを買い終えて、東西南北に4つある城門のうち西側の門に向かう。

カタナはまだ中央の通路をうろうろしてるみたい。

しばらくして、オレンジの点がこちらへ向かってきた。

「待たせてしまったな、すまない」

「全然、気にしないで」

私が笑って答えれば、カタナもホッとしたように小さく笑った。

こんな会話も久々で、妙に嬉しい。


「これ、良かったらもらってくれ」

アイテムを受け渡すための取引ウィンドウの申請が出る。

なんだろう。

はてなマークを出しつつ『はい』を押すと、火属性の矢が3000本と赤いリボンが並べられた。

「え、これって……」

「今日は森で草属性の敵を叩こうと思う。あ、みさみさの都合を聞きそびれていたな。一人で先走ってしまってすまない。この後時間はあるか? 一緒に狩りに行かないか?」

「あ、うん、時間は大丈夫だと思うんだけど……、こっちの……」

「ああ、それは素早さと器用さが1ずつ上がる効果と、攻撃力に+15、防御力に+4の効果がある。見た目はさっきのリボンと同じだ」

なんかアイテムの名前がやたら長くなってるのはそういうことなんだ?

じゃなくて、これ……。

「私がもらっていいの……? 借りるんじゃなくて……?」

昨日「使ってくれ」って言われて借りた長い名前のナイフは、弓に持ち替えるときに返したんだけど、今日は「もらってくれ」って言われたよね?

「俺がリボンをつけても、似合わないだろう」

そういうことじゃないんだけど、そんなに真面目な顔で返されると、ついカタナがリボンをつけている姿を想像して笑ってしまう。

「ふふふ。そうだね。じゃあありがたく、もらうね……?」

ちょっと申し訳ないけど、私のために買ってきてくれたものを断る方がもっと申し訳ない気がして、私はそれを大事に受け取る。

内容確認に『はい』を押すと、それらは私のアイテム欄に入った。

早速装備してみる。

「やはり、よく似合ってるな」

私の全身を見ながらカタナが言う。

黒い長い髪に、揺れる赤い二つのリボン。

アーチャーの服にも合ってて、私は舞い上がりそうな気持ちになる。

「あ、ありがとう。大切にするねっ♪」

「ああ、そうしてもらえるなら、すごく嬉しい」

赤い瞳がほんの少し細くなる。

カタナの喋り方は、ちょっと独特な感じだけど、いつも素直でまっすぐだな……と、私は顔を赤くしながら思った。

「これ、高かったんじゃないの……?」

「気にしなくていい、所詮ゲーム内通貨だし、ゲーム内アイテムだから」

そう言われてしまえば、そうなのかなとは思うけど。

それでも、友達以外に、しかも男の子に、こんな風にプレゼントを買ってもらった事って無かったから、ドキドキしてしまう。

いや、カタナも友達……なのかな?

あ、友達といえば、フレンド登録っっ。

……してもらいたい……けど……、カタナにとったら、こんな風に初心者の手伝いをするのってよくある事なのかな……。

だとしたら、そんな相手を、いちいちフレンド登録したりはしない……かな……?


うう、でも、私、このゲーム続けたくなってきちゃったし……。

それで、いつか、カタナに私も何かプレゼントしたい……。

その時に、連絡取れないと嫌だから、やっぱり、ここは思い切って……。


「フ、「フレンド登録してもらっていい」か?」


あれ? ハモった?

顔を上げれば、カタナもちょっと驚いたような、キョトンとした顔をしている。

私達は二人で顔を見合わせて小さく笑った。


この、強化された上に付与までついた赤いリボンが、どのくらいの値段で買えるものなのかを知って、私が青くなるのはもっとずっと後のことだった。


***


深い森の木々の間を、木漏れ日が淡く揺れて彩る。

美しく、どこか神聖な気配すらする森の中には、小さく輝く精霊達が飛んでいた。


「きれい……」

思わず漏らした私の呟きに、カタナは満足そうに頷いて言った。

「そうだろう。俺もこのワールドは好きなんだ。遺跡も多くていい」

レベル20から入れるというこのワールドは、初心者向けのワールドよりももっと広そうだ。

「遺跡……?」

「こっちだ」

カタナの後ろをついて歩く。

森の中は、今までの平坦なワールドと違って足元にも起伏があって、しょっちゅう段差につまづきながらも、私たちは時々出てくる草の塊のようなモンスターと、木のお化けのようなモンスターを倒しながら進んだ。

カタナのくれた火矢は、森のモンスター達にいつもの矢の倍以上のダメージが出て、私はカタナがタゲを取ってくれる敵をありがたく後ろから射させてもらって、レベルもひとつ上がった。

その先に、森の中でも少しひらけた場所があった。

まるでギリシャ神話にでも出てきそうな、真っ白な石柱。

けれどそれはところどころが折れて、蔦に絡まれ、朽ちかけていた。

「神殿……?」

「ああ、神殿の遺跡だな。昔、暗闇の使徒を打ち払った光の大龍が祀られていたらしい」

言いながら、カタナは神殿の中へと進む。

「ほら、このマーク、DtDのタイトルロゴの後ろの紋章に似てるだろ?」

カタナの足元には、崩れて落ちた神殿のエンブレムのようなものがあった。

「DtDの起源に近い話なんじゃないかと俺は思ってる」

へぇ……。

きなこもちは、そのエンブレムに興味があるのか、コツンコツンと頭突きしている。

視界の端に動くものの気配があって、カタナがタゲを取りに行く。

ころん。とエンブレムから七色に輝く小さな石が外れた。

「ちょっと、きなこもち、壊しちゃダメだよ」

いくら朽ちた神殿って言っても……。

私が内心で焦っている間に、きなこもちはその小さな石をパクッと食べてしまった。

「ぇええ!?」

「どうした?」

思わずあげた私の声に、カタナが慌てて戻ってくる。

「え……と、きなこもちが……」

カタナの後ろには、銀色の大きなオオカミがついてきていた。

「っ、と、悪い、先にこれ倒してもらえるか? 俺もちょっと叩くから」

カタナは、4〜5回に一度ほどダメージを喰らっている。

その数字は、700を超えている。

慌てて矢を射始める。ダメージの表示は20そこらしか出ない。

「矢を鉄の矢に戻して、スキルも使って」

カタナに言われる通りにすると、通常で40ほど、スキルで200ほどのダメージが出る。

敵のHPはそれでもまだまだある。

カタナは両手の籠手から生えたような剣を握り締めると、目にも止まらないくらいのスピードで敵を斬りつけた。

「うわぁ……攻撃早いね」

「俺なんかまだまだだよ」

「カタナってレベルいくつなの?」

聞いてから、相手のプロフィールか、パーティーのメンバー一覧を見れば良かったんだと気付いたけれど、カタナは気にせず答えてくれた。

「60」

うーーーん。近いのか、遠いのかよくわかんないなぁ。

私は、今23になったとこだけど、昨日始めたばっかりだし。

意外とすぐ追いつけるものなのか、それともここから先はならなか上がらないのか……?

私の疑問に気づいたのか、カタナは叩くのをやめて、敵に背を向け私を見て話す。

「40越えると、少しずつレベル上げが大変になるな。60くらいまでくれば中級者って感じで、80超えると上級者ってとこだろう」

時々ダメージを喰らいながら、時々ポーションを飲みながら。

敵のHPは残り1/3ほどにはなっていたけれど、私の攻撃だけでは、そこから先が中々進まない。

カタナは私がもう面倒になったらあとは倒すから言ってくれ。と地面に座り込んだ。

時々、攻撃を喰らうと立ち上がる。その度に座っている姿がなんだかちょっとおかしい。

座っていれば、時々緑色の数字が出て、多少は回復してるんだというのが分かった。

なんとか倒し切ると、レベルがもう一つ上がる。

「ひとつしか上がらなかったか。俺がもうちょっと叩きすぎないようにしておけば良かったな」

反省するカタナに、笑って返しながら、その後ろを歩いていくと、今度は少しだけ開けた場所に、何かの跡だけが残った土地がある。


「あの神殿を祀っていた集落は、ここにあったんだろうな。おそらく木造家屋だったから、基礎や井戸の跡くらいしか残ってないんだ」

「確かにこのワールドは木ばっかりだもんね。でも、それならあの神殿の材料は……」

「この向こうに大きな鍾乳洞がある。多分そこから切り出したんだろうな」

「へぇー……鍾乳洞……」

私の発言に、カタナが慌てて言葉を足す。

「鍾乳洞の敵は強いから、レベルが30超えてからな」

「あはは、残念」

「まあ、今日中に25まではいけるだろう」

言いながら、カタナは地面に半分ほど埋まっている何かの建物の跡を撫でる。

「様々な街にいるNPCの発言を繋ぎ合わせて、この世界の歴史を辿るのが楽しいんだ」

「へえー。そんな楽しみ方もあるんだね」

ゲームって、なんかレベルを上げたり、アイテムを集めたりするだけのイメージだったけど、それ以外にも、色んな楽しみ方をする人がいるんだなぁ……。

個人商店でポーションをいつも売ってるって人も、それはその人なりの楽しみ方なんだなぁと私はぼんやり思う。

後から知った事だけど、DtDには武器を作るのに命をかけてる人もいれば、謎解きイベントをやったり、ゲームの中でお芝居をしたり、料理に全力だったりと、本当に人それぞれの楽しみ方があった。


「考察サイトも色々あるし、皆少しずつ解釈も違って面白いんだ」

「……解釈って、そんなに皆違ってていいの?」

「いいんだよ、それぞれの解釈があって」

そ、そうなんだ? 歴史の解明って、皆で一つの答えを目指すとかそういうのじゃないんだ?


カタナの後をついていくと、集落の跡地を抜けた先には、湖に囲まれた中央に、見上げるほどの大きな樹が生えていた。


その樹までは、細いつり橋がかかっている。

青く澄んだ湖の上を、沢山の精霊達が淡く光を引きながら飛び交っている。

精霊の光はそれぞれで少しずつ違っていて、水面はぼんやりと七色に揺らめいて、すごく綺麗だ。

「わぁ……綺麗……」


カタナは「良かった、間に合った」と言った。

「何に……?」

私の質問に、カタナは小さく笑って樹を指した。

「ほら、見てごらん。光が飛び立つよ」

途端に、好き勝手に飛び交っていた精霊達が一斉に樹に上るように集まる。

葉こそ青々と生い茂っていたが、実も花もなく寂しかった樹が、見る間に七色の光に彩られてゆく。

光はさらに輝きを強めると、空に向かって一斉に飛び立った。

「うわぁ……すごい……」

私は呆然とその光景を眺める。

淡い光を、薄く透ける羽に纏って、様々な種類の精霊達が空に舞う。

空は、そのさらに向こうへと、精霊の光によって鮮やかに色付いた。

それを、私とカタナがじっと見上げている。

ゲームの中だと分かっていても、どうしようもなく震えてしまう心は、間違い無く本物の感動を感じていた。


精霊達が完全に飛び去ると、辺りはまた静かな湖畔に戻った。

私は思わず開いたままだった口を慌てて閉じた。

隣を振り返れば、カタナはどこか満足そうに、まだ空を見上げていた。

「綺麗だった……。私、感動しちゃった」

伝えれば、カタナは私に視線を下ろして、小さく笑う。

「よかった。喜んでもらえて、俺も嬉しい。これは、三時間に一度だけの光景なんだ」

あ、思ったより頻繁に見えるんだ。とは思ったけれど、21時のを逃してしまえば次は0時だから、カタナとしては21時までに、ここに着きたかったらしい。

時間的に、確実に見せられるかわからなかったから、直前まで黙っていたそうだ。


「じゃあ、もうちょっと、レベル25まで頑張るか。みさみさはまだ眠くないか?」


うーん……? 眠くないというか……多分私、今、夢の中なんじゃないのかなぁ……?

いつ目が覚めるかわかんないのが、ちょっと申し訳ないんだよね……。

私はカタナにスマホの電源あんまり残ってないから、急に落ちたらごめんね。とだけ伝えておいた。

「分かった。落ちた時は、気にせず寝てくれ」

「うん、ありがとう」

これならきっと、急に落ちても本当に気にしないでくれそうな気がする。

大きな樹のマップを出ると、またモンスターが出てくる。

そろそろ見慣れてきた木のお化けのタゲをカタナが取った時、その向こうの木が音を立てて折れ倒れた。


「!?」


カタナが、速やかにタゲを取った木のお化けを斬り倒す。

背後に跳ぶようにして、一瞬で私の前に来ると、私を背に庇った。


「何だ……っ!? マップ内の背景が、倒れるなんて……」

ごくり。とカタナが喉を鳴らす音が小さく聞こえる。


ええと……、危なくなったらログアウト。だよね?

夢の中でもできるかどうかは分かんないけど……。


バラバラと木の破片を浴びながら、木の葉の合間から姿を現したのは、昨日と同じ黒いロボットのようなモンスターだった。


「またか! ――っ、こっちだ!!」

カタナは私の手を引いて走り出す。

走りながら、誰かにメッセージを送っている。

私達は、敵が侵入しないはずの、大樹のマップに逃げ込む。


けれど、それはそこへも侵入してきた。

「くそ……ダメか……」

ジリジリと睨み合いつつ、黒いモンスターとの距離を取るカタナが、その額にじわりと汗を滲ませる。


ええと、その……手……。手を繋がれてるんだけど……??

私は別のことで頭がいっぱいになっていた。

あったかい。

思ったより、あったかいよ??


カタナがまたメッセージを送る。と、次の瞬間、空から真っ赤な影が降ってきた。


それは燃える炎のような赤い髪の、少年だった。

私たちと黒いモンスターの間に降り立った彼は、大きなゴーグルをぐいと頭上にずらして、ちらりと私たちに視線を投げて言う。

「バグ報告ありがとう! もう大丈夫だよ!」


……バグ?


戸惑う私に、カタナが昨日のあれからの話をする。

昨日のあの黒いモンスターは、バグだったそうだ。

そして、今後またバグに遭遇した時は連絡するように、と連絡先を教えてもらっていたカタナが、早急に報告したところらしい。

「座標添えてもらえて助かったよ、すぐ駆けつけられた」

言いながらも、少年は真っ赤な炎でバグを焼く。

黒いモンスターは、炎の中で苦しげにもがいていた。


ふと、きなこもちが私の後ろに隠れて震えているのに気付く。

昨日もそうだったよね。怖いのかな……?

「ケースに戻る?」

そっと尋ねると、必死で頷かれて、私はきなこもちをケースに戻した。


少年は、バグが完全に燃え尽きたのを確認して、私たちに向き直った。

「君たちは、昨日もバグに遭遇してた子たちだね」

「はい」

とカタナが答える。

「二日続けてなんて不運だったね。バグはDtD全体で一日に1〜2匹は湧くもんだけど、同じサーバに続けて、しかも同じプレイヤーが遭遇するなんて……」

赤い髪の少年は、緑色の大きな瞳をきらりと揺らして私たちを見つめる。


ええと……、なんだろう。なんか私たち、何か疑われてるのかな……?


「カタナ君とは昨日も話したんだけど、そっちのキミは途中で落ちちゃったから話をするのは初めてだね」

赤い髪の少年は、ニコッと笑うと元気いっぱいに右手を差し出してきた。

あ、握手、なのかな? 私はおずおずと手を握り返す。

すると少年はもう片方の手で私の手を挟むように握って、ぶんぶんと上下に振った。

「初めまして! 僕はバグ退治が専門のGM(ゲームマスター)、GM908ラゴだよ。ラゴって呼んでくれたらいいよ」

「は、はあ……。ラゴさん、初めまして……」

私が、彼の圧に押されつつなんとか答えると、ラゴはにっこり笑って尋ねた。

「今日も、バグがどこからどんな風に発生したのか、君たちのわかる限り事を教えてもらいたいんだけどいいかい?」

「はい」と答えたカタナが、スラスラといつもの早口で状況を順に説明してゆく。


モンスターの侵入不可マップに逃げ込んだけれど、侵入されてしまった事などの説明を一通り終わらせると、ラゴは「なるほど……」と何やら考え込む仕草をした。

ふ、と緑の大きな瞳が私を見る。

緑の大きな瞳は、奥深くまでキラキラしていて、なんだか宝石みたいだ。

「みさみささんは、何かおかしなことに気付いたりしなかった?」

尋ねられて、私は反射的に首を振る。

おかしなことなんて、私には何も………………。


あ。でも、きなこもちがなんか拾って食べてたような……。

いや、それはバグには関係ないか……。


「そっか。何か分かったことがあれば、いつでもGMホットラインまで連絡してね。あ、バグのことなら僕に直接でもいいよ」

そう言って、ラゴは私にフレンド登録を求めてきた。

そうして、DtDでの私のフレンドは、今日、0人から2人になった。

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