ドラゴンテールドリーマーは現在メンテナンス中です

弓屋 晶都

第1話 夢の中の出会い

頭上には、どこまでも続く広い広い空。

空は、春空のような淡い水色の他に、ピンクや緑や黄色や紫が所々混ざったような不思議な色をしていた。

不思議色の空に浮かぶのは、たくさんの大きなシャボン玉。

それぞれに、まるで違う世界が入っているのが、七色に輝く膜越しにはっきりと見えた。


火山を囲むように水を湛えた世界や、お菓子の家のようにお菓子だらけで出来た世界、滝壺を中心に緑に覆われた世界もあれば、険しく吹雪く雪山の世界もある。

水に覆われた海底のような世界には、人魚の泳ぐ姿も小さく見えた。


(……夢……かなぁ?)


視線を落とせば、足元には、一面青々とした草原が広がっている。

それ以外のものは、木も、山も、建物も、見渡す限り、何ひとつなかった。


(……やっぱり、夢かなぁ?)


私は、なるべく新しい記憶をたどる。

確か私は、ベッドに寝転がって、うとうとしながらスマホでゲームをしていて……。

時計の針は二十二時をまわってて、もう寝ないと、と思って……。

チュートリアルが終わって、データのダウンロードが始まって……。

少しずつ増えてゆく数字を眺めながら、眠ってしまったんだろうか。


あまり説明をよく読んでなかったけど、私がさっきやっていた『ドラゴンテールドリーマー』というゲームは、ちょうどこんな感じの、様々な世界(ワールド)で冒険をして遊ぶゲームだった。

この風景も、アプリをダウンロードするときに、こんな絵を見た気がする。

ゲームをしながら寝落ちたせいで、こんな夢を見てるんだろうか。

自分の姿は、あのゲームで作ったばかりのキャラと同じ見た目になっていた。

長い黒髪を後ろで二つに結んで、最初に選んだ職業の、弓使い(アーチャー)の服を着て……。

見下ろせば、革製の胸当てとベルトの下には、ひらりと短いスカート丈。……ちょっと短いよね、これ。

下にはタイツを履いてはいたけど、普段こんな太腿の真ん中に届くか届かないかくらいのスカートって履かないから、何だかちょっと恥ずかしい。

その下はショートブーツで、背中には矢の入った矢筒を背負っている。

あれ、弓はないんだっけ?

考えたら途端に、手の中に弓が現れた。

そっか。衣装にはなかったもんね。戦闘の時だけ出てくるのかな?


その時不意に、足元でガサガサと草が揺れた。


えっ、何だろう……。

確かに、モンスターを倒してレベルを上げていくゲームだったはずだけど……。

夢でも出てきちゃうのかな、モンスター……。


揺れた辺りの草むらから、じり、と後ずさると、黄色いもちもちしたボールのようなものが飛び出した。


「ぷいゆっ!」

……何だろうか、今のは、この生き物の鳴き声なんだろうか?

スライム的ポジションなのか、その黄色い生き物は、丸っこい大福のようなフォルムに、ウサギのような長い耳だけが生えた姿をしていた。

手足らしきものは見当たらない。

いや、あのぷにっと地面についたお腹側に、生えてないとは言い切れないけど……それはそれで怖いよね。

くりくりとしたつぶらな瞳と小さな口。

それ以外には、鼻や眉のようなものは見あたらない。


「えーと……」

チュートリアルに出てきたのはピンク色をしたスライムのようなモンスターだったけど、これも倒したらいいのかなぁ?


「ぷいゆっ♪ ぷいゆっ♪♪」

モンスターは何故か嬉しそうにハートと音符のマークを交互に出しながら、その場でぴょんぴょんと跳ねている。


あれ? なんか、襲ってくる様子はなさそう……?


そういえば、チュートリアルでは、野生のモンスターはペットにできるとか書いてあったけど、これってそういうやつなのかな?

番えかけた矢を、ためらいながら矢筒に戻して、そっと手を差し伸べてみる。


私の差し出した手に、その生き物はぴょこぴょこと近寄ると、嬉しそうにぴょこんと乗った。


「うわぁ」

いきなり乗ってくるとは思わなかった。

軽そうな色のわりには、結構ずっしりしてる。


突然、目の前にウィンドウが開く。

『テイムしますか?』

その下にはボタンが二つ並んでいる。

[はい] [いいえ]

何だろう。捕まえますか? って意味かなぁ?

指で『はい』のボタンを押すと、成功判定を知らせる表示の後、名前をつける画面が出てきた。

この子の名前……?

何だろう、何がいいかなぁ。

黄色くてもちもちしてるから「きなこもち」とか?

考えただけで文字が入力される。

いやでも、こんな安直なのじゃなくて、もっとオシャレな名前がいいかなぁ……?

私は手の上に乗ったままの、片手から溢れそうな大きさのもちもちボディをもう一度眺める。

まあいっか。似合ってるし。

『はい』のボタンを押すと、もちもちのモンスター……きなこもちが「ぷいゆっ♪」と嬉しそうに鳴いた。


***


夕飯を済ませて部屋に戻ると、スマホに通話アプリの通知が来ていた。

『∈2ーA✧グループ∋』という名前のグループトークを開く。

これは私のクラス、東中二年A組のグループ会話だった。

『坂口君今日もお休みだったね』

『明日は来るかな?』

『あいついないと大縄が続くよな』

『確かに(←スタンプ)』

『めっちゃ続いた』

『まあね(←スタンプ)』

『わかる(←スタンプ)』

『今日凄かったね!』

『それな!(←スタンプ)』

『大会までずっと休みなら、C組にも勝てんじゃね?』

『確かに(←スタンプ)』

『それあるー』

『遠い目(←スタンプ)』

『大いに有り得る(←スタンプ)』

『ww』

『ワンチャンある(←スタンプ)』


このグループには、坂口くんも参加してるのにな……。と、もやもやする気持ちのまま辿っていたら、やっぱりというか何というか、坂口くんと仲の良い冬馬くんが発言した。


『そういう話をするなとまでは言わないが、せめて本人に見えないところでやってくれ』


『出た、真面目www』

『ガガーン(←スタンプ)』

『ごめん(←スタンプ)』

『死んでお詫び(←スタンプ)』

『切腹(←スタンプ)』

『やり過ぎwww』

『切腹wwwwww』

『ww』

『wwwwwwww』

『www』

『大草原(←スタンプ)』


みんなが次々に草を生やす中、冬馬くんはそれ以上は言うつもりが無いのか、黙っていた。


そこに、別のグループトークの通知が入る。

こっちは『☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆』という名前の女子五人のグループ会話で、ズッ友グループと呼んでいた。


『冬馬ってさー、なんか空気読めないよねー』

『あいつ自閉症なんだって、うちの母さん言ってたよ』

『小学校の時は支援級にいたよね』


冬馬くんと同じ小学校だった子達が、冬馬くんがいかに普通じゃないかという話を続けてゆく。

私は正直がっかりした。

私から見れば、冬馬くんは、ちゃんと友達を思いやった発言が出来て、それ以上揉めるようなこともなくて、スマートだな、なんてちょっと感動してしまったくらいなのに。

さっきは凄かったね。なんて話は、ここではできそうにもない。


『幼稚園の頃は酷かったんだって』

『あ、発表会の写真あるよ!』

『見たい(←スタンプ)』

『拝見せねばなるまい(←スタンプ)』

『ワクワク(←スタンプ)』


クラスのグループ会話は、いつの間にかゲームの話に変わっている。

いつものメンバーが、いつものゲームの待ち合わせをしたり、新しいアップデートの話をしていた。


ズッ友グループに戻れば、卒園アルバムを写したらしき写真が上げられていた。

それは、大勢のお遊戯をする子供達の中で、今の面影をほんのり残した冬馬くんだけが、じっと俯いたまま立っている写真だった。

ギュッと握り締められた両手が、何かに耐えているようで、何となく気の毒になる。

『一人だけ棒立ちじゃん』

『踊ってないwww』

『踊れ踊れぇ!(←スタンプ)』

『社交ダンス(←スタンプ)』

『ブレイクダンス(←スタンプ)』

『阿波踊り(←スタンプ)』

『いや、何でみんなそんなスタンプ持ってんの』

『ウケる(←スタンプ)』

『てか既読スルーしてんの誰よ』


その一言に、背筋が凍り付いた。

私は慌ててスタンプを探すと、それを送信してから、画面に文字を並べる。

『今気付いた!(←スタンプ)』

時計をチラと見る。十八時半は、お風呂にはちょっと早いかな? まあ、お風呂の時間なんて人それぞれかな?

『ごめん。髪乾かしてて、開きっぱなしにしてた』

角が立たないように嘘をつくと、みんなはニコッと可愛いスタンプや、ドンマイと書かれたスタンプを送ってくる。

でも、本当に笑っているのかは、分からないなと思う。

私だって、実際とは全然違う事を書いてるんだから。


私は、少し悩んでから、続けてこう書いた。

『ちょっとおかーさんに呼ばれちゃったから、また後でねー』

『ごめん』と軽く謝るスタンプを選んでから、やめる。

悪いなと思ってしまうのは、私が嘘をついてるからだ。

『またねー』と明るく手を振るスタンプを、どこか悲しい気分で送信してから、みんなの返信スタンプを確認して、スマホを閉じた。


ああいう会話には、正直あんまり関わりたくない。

でもこのグループ会話は五人だけだから、黙って読んでるとすぐバレてしまう。

かと言って、私には退会ボタンを押すほどの勇気も無かった。


リビングでテレビを見て、お風呂を済ませて部屋に戻れば、また通知が溜まっている。

既読スルーも突つかれるけど、未読でも明日学校で何か言われそうだし……。

憂鬱な気持ちで開いたトーク画面は、クラスの方もズッ友の方も平和な雰囲気だった。

ホッとしながらログを辿ると、追いついた現在の会話では、このグループのリーダー的なアイカがみんなにいつもの『お願い』をしていた。


『ねーねー、私先週から、お兄ちゃんに誘われてこんなゲームしてるんだけどー』

画面には、URLが添えられている。

最近流行りの絵柄より、もうちょっとデフォルメされたような、可愛い雰囲気のキャラクターの後ろに、ファンタジーな世界が広がっているようなイラスト。

RPGっぽい感じなのかな……?

『今招待キャンペーンやってるのっっ』

『えー、また登録してーって話?』

『・・・(←スタンプ)』

『やれやれだぜ(←スタンプ)』

『おねがーい! どーしても欲しいアイテムがあるのーっ』

『なにとぞなにとぞ……(←スタンプ)』


この辺りで『おかえり』のスタンプが並んでいる。

きっと既読の数が増えて、私がこの画面を開いたことに気付いたんだろう。

他の四人も全員揃っているらしかった。


私は『ただいま』とスタンプを返す。

みんな、ずっとスマホを眺めてたのかな……。

ログを見る限り、そんなに量はなかったけれど、私以外に離席を告げたような子はいなかった。


『三人招待したら、OKなのーっっ』

言われて、ぎくりとする。

三人ってことは、アイカを除いた四人のうち、一人以外は全員入れないとダメって事だよね……。

なんて断ろう……と思う間に、画面には新しい言葉が届く。

『私容量いっぱいだからパスー』

グループの中では一番クールでサバサバした性格の玲菜だ。

『えー』

『えーんえーん(←スタンプ)』

『入れて、招待のやつやったら、消してくれていいからーっっ』


玲菜にバッサリ断られたアイカに、アイカの一番の仲良しのひまりがスタンプを返す。

『もーしょーがないなー(←スタンプ)』

『大感謝!!(←スタンプ)』


そこへ、遥もふんわりとした彼女らしい絵柄のスタンプで返す。

『任せて〜(←スタンプ)』

彼女は元々ゲームも好きだし、きっと返事が遅れたのは送られたサイトを見てたんだろうなぁ。

『ありがとーっっ!(←スタンプ)』

私もそろそろ返事を返さないと……。

どちらにしろ、玲菜が断った以上、私に拒否権はなさそうだしね……。

『いいよ!』と元気に笑うスタンプに指を重ねた時、新しい言葉が届く。

『みさきも入れてくれるよね!?』

名前を出されて、苦笑を浮かべながら、私はその元気そうなスタンプを送信した。


インストールしてくるね。と伝えて、通話アプリを閉じる。

インストールしながら、送られたゲームの公式サイトを見る

あんまり、こういう本格的なRPGってやった事ないし、興味もないんだけどなぁ……。

まあ、友達の頼みなら、仕方ないよね。

後で消せばいいだけだし……。


スマホにはまだ通知で『チュートリアルまでで良いから!』とか

『紹介者のIDのとこにー……』と説明が入ってくる。


チラと部屋の壁にかかった時計を見る。

二十時かぁ。チュートリアルってどのくらい時間かかるのかなぁ。


インストールが終わったのを見て、それを報告してから、アプリを起動する。

夢のような世界と、可愛いキャラクター達。

音楽も綺麗だし、雰囲気は好きかも……。


キャラの性別、髪型、肌の色や目の色を選ぶ。

女の子で、髪は……こういう時、ついついロングを選んでしまう。

自分の髪はやっと肩に付くくらいの長さなので、ロングには憧れがあったりする。

……実際ここまで伸ばすと、毎日のお手入れが大変そうだけど。


髪色は、ピンク、黄緑、水色、紫……とカラフルな色をタップして、結局黒髪を選んでしまった。

あんまり派手なのは、自分には似合わない気がして。

けど、茶色だけは選びたくなかったので、黒にした。

実際の自分は、ちょっと色素が薄くて、髪も目も茶色っぽい。

中学に入ると、染めていないかと先生に問われた。

やってもいない事を疑われるのは、酷く嫌な気分だった。

このくらいはっきりした黒髪なら、きっと何も言われないんだろうな……。


そんなわけで、私の選んだキャラは、黒髪黒目で長い髪を後ろで緩く二つに結んだ大人しそうな子になった。

……ゲームの中でくらい、もっと派手な見た目でもいいんだろうけど……。

『戻る』のボタンに指を伸ばしてみたけれど、すぐ消しちゃうゲームなんだし、もうこのままでいいや。

次はキャラの名前かぁ。『みさみさ』でいいかな……。

私は自分の名前、実咲(みさき)の頭二文字を繰り返して入力する。

もうそろそろ、子供っぽいかなとは思うんだけど、小四の頃からゲームの時にはいいつもこれを使っている。

少し悩んだものの、結局私は、そのまま『完了』と『はい』のボタンを押した。


***


そうして、チュートリアルを済ませて、データのダウンロードが始まって、それを待つうちに私は寝てしまったんだろうか。

今、私はゲームの世界にそっくりな、夢の中にいた。


名前をつけたばかりのペット、きなこもちを抱いたまま、その場に座り込む。

「……目が覚めるまで、ここにいるしかないのかなぁ……?」

きなこもちが、返事でもするかのように「ぷいゆ」と鳴いた。


きなこもちは、撫でるとふにふにと柔らかくて、ひんやりしてる。

片手に乗るギリギリくらいのサイズで、私の両手の中指同士、親指同士をくっつけてできる輪くらいの大きさだろうか。

サイズの割にはずっしり重い。

うーん。五百ミリのペットボトルくらいの重さはありそう……。

私は両手で抱いたきなこもちを上げ下げしながら思う。

「ぷいゆっ♪」

きなこもちは遊んでもらっているつもりなのか、ご機嫌で小さな瞳をニコニコ細めて、私の手の上でぴょこぴょこ跳ねた。


「そのフニルー、君のペットか? 可愛いな」

不意に声をかけられて、私は慌てて振り返る。

「えっ……!?」

そこには、全身黒尽くめで口元まで黒い布で覆った男のキャラが、私の手の中を覗き込んでいる。

えっと……何だろう、この職業。雰囲気は忍者みたいな感じだけど、もっと現代的なデザインで、体のラインにピッタリフィットする服に、肩や手首に金属製の防具のようなものがついている。

彼は、私のきなこもちをじっと見ていたが、私の視線に気付くと、ハッとした顔になって、それからじわりと目を伏せた。

「……急に声をかけてしまって、悪かった」

「あっ、気にしないでください!」

「可愛いなと思ったら、つい……。自分は、よく考える前に話し出してしまう悪い癖があるんだ。嫌な気分にさせてしまったなら、謝る。悪かった」

彼は、早口で一方的に謝ると、背を向けて去ろうとする。

私は思わず立ち上がり、慌ててその背に叫んだ。

「いっ、嫌じゃありません! ……ちょっと、びっくりしただけで……」

まるで、私が彼を傷付けてしまったようで、酷く焦ってしまう。

彼はピタ。と足を止めると、ちょっと驚いたような顔で振り返った。


「ぁ……」

えーと、何か喋らなきゃ……。

「よ、よかったら、撫でてみますか?」


彼は、スタンプ的なものなのか、ぱあっと周囲に花を散らして「いいのか?」と弾んだ声で言った。

表情はあまり変わらなかったけど、少し嬉しそうに見える。

よかった。

見知らぬ人だけど、悲しませずにすんで。

誤解されずにすんだ事が、純粋に嬉しかった。

きなこもちを彼に差し出す。

きなこもちは私の手から離れようとしなかった。

彼は気にする様子もなく、私の手に乗ったままのきなこもちを、もちもちと撫でて満足そうだ。

そっか。多分このゲームでは人のペットは取ったりできないんだろうな。


「すべすべしてるな。可愛いなぁ。名前はきなこもちって言うのか。よく似合ってるな」

彼は私の顔を見ないまま、きなこもちに向かって話す。

それでも、私は何となく、自分が褒められたような気持ちになってしまった。

「フニルーってペットにできたんだな。最近追加されたのか? 俺、初めて見たよ」

よく分からないけど、このモンスターはペットとしては珍しい……のかな?

「もちもちだなぁ。水饅頭みたいだ。一度撫でてみたかったんだ」

寡黙そうな落ち着いた表情はそのままに、彼はペラペラとよく話す。

その声はまだ若くて、私と同じくらいの歳に思えた。

声をかけてみようかな、と思ったら、彼の足元に名前が見えている事に気付いた。

「えっと、その、カタナさんの職業は、何て言うんですか?」

「俺? 俺はアサシンだよ」

何だか物騒な単語が出たけれど、本当に暗殺をするわけじゃなくて、ゲーム内の職業って事だよね?

「もしかして初心者?」

尋ねられて、コクコクと頷く。

初心者も初心者。私は、今チュートリアルが終わったばかりの、超初心者だ。

「フニルーは初心者キャンペーンの特別ペットか何かだったのか……?」

チラとこちらを見られても、私もそんなのはよく分からない。

私が困ったように首を傾げれば、彼は小さく笑った。

「初めたばっかりじゃよく分からないよな、ごめん。良ければ俺、レベル上げ手伝うよ。きなこもちを撫でさせてくれたお礼に」

そう言って、ぐっと親指を立てたマークをぽこんと出すカタナさん。

……う、うーん……。気持ちは有難いんだけど、私はチュートリアルだけやったら終わりにするつもりだったから、レベルを上げる必要は……。

どう返事しようか迷っていると、カタナさんがまたハッとなる。

「あ、友達と待ち合わせとかなら、遠慮なく断ってくれ」

頭上にあせあせと汗のマークを出すカタナさん。

余計な気を遣わせてしまったようで、何だか心苦しい。


そういうわけじゃないんだけど。

こんな風にこのゲームを楽しんでる人に、このゲームは遊ぶつもりがないからとも言いにくいし……。

いつの間にか、私はここが夢の中であることも忘れて、真剣に悩んでいた。

手の上で、きなこもちが「ぷいゆ」と鳴く。

そうだ。この子もせっかく捕まえたのに、ログインしないんじゃ可哀想だし……。

せっかくだから、もう少しだけ遊んでみようかなぁ。

「じゃあ、お言葉に甘えて……。よろしくお願いします」

私の言葉に、カタナさんが嬉しそうに小さく笑う。

アサシンの服に合う黒髪の向こうには、少し細められた赤い瞳があった。

そっか。黒髪だからって、黒眼じゃなくても良かったな。と私は思った。


***


「DtDは今日が初めて?」

カタナさんに尋ねられて、それがこのゲーム略称なんだと気付いて頷く。

ドラゴンテールドリーマー。で、略してDtDってことなんだね。

「公式サイトは見た?」

「あんまり……」

「今レベルはいくつ?」

「えーと……10、です」

何だか、あまりの初心者ぶりに、だんだん申し訳なくなってくる。

「チュートリアルが終わってすぐってとこか」

カタナさんは、すぐに私の状態を理解して、空を見上げた。

「どのワールドがいいかな……」

私もつられて見上げれば、広い広い不思議色の空に、たくさんの大きなシャボン玉が浮かんでいる。

ゲームの中だと分かっていても、やっぱり、どこか不思議な気持ちになってしまう。

色とりどりの様々な世界には、きっと私の見たこともない景色がたくさん詰まっていて、見たことのない生き物がいるんだろうなぁ。

一人きりで見上げた広すぎる空は、なんだか不安だったのに。こうやって、カタナさんときなこもちと一緒に眺めていると、ワクワクドキドキするような気持ちが胸に湧いてきた。

「ワールド……って、これですか?」

頭上のシャボン玉を指差せば、カタナさんが頷いた。

確かチュートリアルでもそんなことを言われた気がする。

「途中で接続が切れてはぐれるといけないから、セーブポイントをここにしておこう。ここはEサーバーのワールドセレクトルームという名で表示される」

カタナさんに説明されるままに、私はここの場所をセーブポイントにする。

「もしワールド内で俺か君が落ちたり死んだりしてしまった時は、ここに戻ってきて」

私は、さっきからカタナさんが多用していた感情表現のスタンプっぽい機能を使って『了解!』と書かれたマークを出した。

この時カタナさんが『本当はフレンド登録してパーティーに誘いたかったけど、初めての相手にどうかと思って遠慮した』というのは、後から知った話だ。


「この手前の3つのワールドが初心者用なんだが、手持ちの装備だと、ここがいいだろうな」

カタナさんがそう言って示したワールドは、ふわふわの雲の上の世界のような、いかにも平和そうな、小さめのシャボン玉だった。


そっか。ちょっと残念だなぁ。

私は、ダメ元で聞いてみる。

「あのお菓子の国みたいなワールドは、難しいんですか?」

「あそこは結構強い敵が出るから、レベル30越えるまでロックがかかってて入れない。あの人魚のいるワールドと、大瀑布のワールドも30までは入れないよ」

言われて、やっぱりそうなんだ……。と思う。

スマホゲームじゃ匂いも味もしなくても、夢の中なら美味しいお菓子を食べられそうな気がしたんだけどなぁ。

まあ、こればかりはしょうがないか。

「今すぐ入れるワールドは、これと、これと、これだ」

示された初心者用のワールドは、どれも平和そうだった。

確かに、怖い目に遭ったり痛い目に遭うのは、今は嫌かも……。

私は思い直すと「カタナさんのおすすめの所で」と笑って答えた。


言われるままにワールドを選んで『はい』のボタンを押せば、ギュンと視界が変わって、私はふわふわの雲の上にいた。

なんだか、甘いお砂糖みたいな匂いがする。これって綿飴だったりするのかな?

足の裏が、一歩毎に少し沈んで歩きにくい。


「このナイフなら装備できるはずだから、これを使ってくれ」

カタナさんが自分の所持アイテムの中から私に何か送ってくれる。

『受け取りますか?』の下の『はい』を押したら、私のアイテム欄に何やら長い名前のナイフが届いた。

「お借りしていいんですか?」

「それなら、ここの敵にダメージがよく通るから。命中も上がるし」

私の弓より効率がいいって事かな。じゃあ、断るのも悪いし……。

「ありがとうございます」

えーと、装備はこうだったよね。

チュートリアルを思い出しながら装備すると、カタナさんが小さく頷いた。


「お。ちょうど湧いたな。叩くぞ」

カタナさんの指す先に、雲の下からもこもこと姿を現したのは、雲と同じ白くてふかふかの、雪兎のようなものだった。

「かっ、可愛い……っ」

思わず声に出してしまった私に、カタナさんが大きく頷く。

「ああ、可愛いなぁ」

この人、可愛いもの好きだよね。

「た、倒すんですか? あれを?」

「倒してくれ、あれを」

私があまりの可愛らしさに迷っていると、敵の方からこちらに向かってくる。

「え、き、来ましたよ!?」

「アクティブだからな」

なんだっけ、確かチュートリアルでは向こうから襲ってくる敵と、そうじゃないのがいるって言われたっけ。

ぽふん。っとふかふかの体で体当たりをされて、小さくよろける。

「うっ。ふかふかですぅっ」

こんなふかふかな攻撃なら、むしろ歓迎したい気もする。

「でもダメージ喰らってるぞ」

「ええっ」

見れば確かに、私の体から、赤い血のような色をした数字が出ている。

それは1とか2とかだけれど。

私のHPはまだ全部で50くらいしかないので、のんびりはしていられない。

心の中でごめんねと唱えつつ、ふわふわの兎を斬りつけると、それは2回で「きゅう」と鳴いて倒れた。

ふわふわのおかげか、肉を割くような感触がなくて助かったけど……。

「うう、なんだか罪悪感が……」

私の呟きに、カタナさんが苦笑した。

「それは、悪かった」


この調子で、次々に現れる雲兎(とカタナさんが略していた)をせっせと倒す。

HPが減ってきたなと思うと、丁度良いタイミングでカタナさんが回復ドリンクを投げてくれる。

きなこもちも途中から、ペット用のスキルというのを習得して、私と一緒に敵を倒してくれるようになった。

「お、また上がったな」

「レベル18になりました」

「最初のうちはサクサク上がるからな」

操作にも慣れてきて、私はちょっと楽しくなってきたけど、カタナさんはどうなのかなぁ。

私のこと見守ってるだけって、つまんなくないのかな。

テレビでも見ながらやってる?

いやいや、これは夢なんだっけ。


きなこもちの動きをじっと見ていたカタナさんは、私の視線に気付いたのか顔をあげた。

あんまり表情が変わらない人だけど、多分きなこもちに見惚れてたんだろうなぁ。

そのギャップに、私は内心こっそり苦笑する。

「みさみささん、上手くなってきたな。あと3匹倒せば初心者ミッションの雲兎倒すのが達成になるから、そしたら、この奥に移動しようか」

「え? 数えてたんですか?」

「うん。初心者ミッションが変わってなければ、50匹で達成だと思う」

言われて、ミッションの一覧を確認する。カタナさんの言う通りだ。

倒した数のところには、47/50と書かれていた。

「すごい……。その通りです」

「よかった」

カタナさんが、黒髪の奥でちょっとだけ赤い瞳を細める。

深く澄んだ赤色が、なんだか宝石みたいで綺麗だなぁ。

「この奥の敵は、マップのボスになるからちょっと強いけど、見た目は怖くないから。タゲは俺が取るので、後ろから弓で射ってくれ」

タゲってなんだろう。ターゲットの略かな?

「は、はいっ、頑張りますっ」

言われて、ちょっと焦る。

弓なんて、私にちゃんと撃てるんだろうか。

「ぷいゆっ」

足元のきなこもちが、えへんと胸を張る。

「お。またレベルが上がったのか? きなこもちは偉いなぁ」

カタナさんがきなこもちの隣にしゃがみ込んで、もちもちとその頭を撫でる。

なんだかちょっと、きなこもちが羨ましい気がする。


奥のエリアは、空中庭園とでも言えばいいのか、雲の上なのに、緑に溢れていた。

色とりどりの可愛い花が咲く庭園の中心に、もこもこのそれはいた。


ええと、これは……。というか、大きいなぁ……。

さっきの兎はきなこもちと同じくらいのサイズだったけど、これはもう、家一つ分くらいあるのでは……?

「通称、雲羊と呼ばれてる。みさみささん、弓の準備はいい?」

カタナさんが初めて武器を構える。

両腕に装着したそれは、篭手の拳先から剣身が生えるような形をしていた。

短剣の仲間……なのかなぁ?

カタナさんがどんな風に戦うのか、見てみたい。

そう思った私だったけど、弓を構えて「はい」と私が答えたら、カタナさんはひょいと石を投げた。


投げた石は、空中庭園ですやすやと眠っていた羊にゴチン……ではなく、ふわっと吸収されて、それでもダメージの数字が出る。

途端、羊は目覚めると、カタナさんにまっすぐ向かってきた。


それを見て、カタナさんはクルリと羊に背を向ける。

「ええっ!?」

驚く私に、カタナさんは言った。

「ああ、大丈夫だ、このくらいの敵なら当たらないから」

彼の言う通り、羊はカタナさんの背に攻撃を繰り返しているけど、その度ミスの文字と0という数字が出ているだけだった。

「射って」

言われて、ハッとなる。

「あ、ごめんなさいっ」

慌てて番えた矢。標的をハッキリさせれば、体は自然に矢を射った。

矢は、もこもこの大羊の背に吸い込まれると32という数字が出る。

ダメージ少ないなぁ。

「その調子。どんどん射て」

私は『了解!』のマークを出しつつ、弓を射る。

「ぷいゆ、ぷいゆっ」と、きなこもちも、足元でぴょこぴょこ跳ねて応援してくれている。

きなこもちが敵を叩いてターゲットが移らないように、一緒に叩くモードは今解除されていた。

でもまだ敵のHPは、十分の一も減ったようには見えない。

これ……すごく時間かかりそうだよね……。

カタナさんはこちらを向いているけれど、視線は相変わらず、きなこもちに注がれていた。

「あの、カタナさん……すみません、付き合ってもらっちゃって……」

3分もすれば、弓の操作にも慣れて、喋る余裕ができてきた。

私が謝ると、カタナさんは不思議そうに私を見た。

「いや、俺が誘ったんだし、気にしなくていい」

それから少し考えるように、先に刃のついた手で器用に顎を撫でて尋ねる。

「……もしかして、そろそろ終わりにしようという話か?」

「え、いや、そういうわけじゃないんですけど……」

「じゃあ、単調な作業で飽きたか? 俺が叩いて倒した方が良ければ、言ってくれ」

「あ、いえ、そんな事ないです。弓射るのも、楽しいです」

「そうか、よかった……」

カタナさんが、またホッと小さく息を吐く。

「恥ずかしい話なんだが、俺は空気を読んだりというのが全くできないんだ。だから、何か思うことがあれば、なんでもはっきり言ってほしい」

「は、はい」

『空気が読めない』という言葉に、私はなんとなく通話アプリでの会話を思い出してしまう。

空気が読めないと、本人は大変なのかも知れないけど……。

私は、空気なんて読めなくてもいいような気がしてしまう。

だって、カタナさんも、冬馬くんも、自分以外の人を、大切にできる素敵な人なのに。

「く、空気なんて、読めなくてもいいと思います。空気は、吸って吐ければ、それで十分なんですよ!」

思わず語尾に力が入ってしまって、自分でもちょっと驚く。

私、もしかして、モヤモヤしてたのって、これ……。

私は怒ってたのかな……。


カタナさんは赤い瞳をキョトンと見開いて、それから嬉しそうに笑った。

「……そうかも知れないな」

笑うカタナさんの顔は急に幼く見えて、私と同じくらいの歳に見えた。

なぜか、カアっと顔が熱くなる。

私はそれを誤魔化すように話し出した。

「私はただ、私に付き合ってくれてるカタナさんが、暇だろうなと思って。つまらない時間を過ごさせちゃってるんじゃないかなって、心配になっ……て……」

うう……、なんか言えば言うだけ余計恥ずかしくなってきた……。


「ああ、そういう事だったのか。教えてくれてありがとう」

カタナさんが小さく笑う。

『ありがとう』なんて……。私の方が、ずっとずっと、ありがとうなのに。


「俺は、DtDが好きだから。新しいプレイヤーが来てくれるのは嬉しいし、初心者の手伝いをするのは、俺には十分楽しい事だよ」

カタナさんの声からは、本当にこのゲームが好きなんだなって事が伝わってくる。

「そうなんだ……」

なんだか、私まで嬉しい気持ちになってしまう。

私まで、このゲームが好きになってしまいそうな、そんな言葉だった。


「みさみささんは、ちゃんと想像力が使える人だな。もっと皆が、そうだったらいいのに……」

最後の言葉は独り言のようだったけれど、向き合っていた私の耳には届いてしまった。

「……想像力?」

そんな風に言われたのは初めてで、私は思わず聞き返す。

「人の気持ちを考える力だよ」

言われて『確かに』と思う。

人の気持ちなんて、見えるものでもないし、想像するしかないもんね。

そっか、これも『想像力』なんだ。


「これは想像だけど。みさみささんが、今日ログアウトする時に、初めてのDtDを『楽しかった』と感じてくれるなら、俺はきっと最高に『よかった』と思えるよ」


カタナさんが私に向かって笑った。

やっと落ち着いてきた頬の熱が、またぶり返す。

この人って、ちゃんと笑える人だったんだ。

あんまり表情が動かない人なのかと思ってた。


私の放ち続けていた矢が、動揺からか三本ほどふかふかの地面に落ちる。

私は慌ててターゲットを狙い直す。

いつの間にか、敵のHPは残り少なくなっていた。


「もう少しだな。これを倒せば一気にレベルが上がるはずだ」

カタナさんの言葉に、私が気合を入れ直した時、突然大羊が最初に寝ていたあたりの地面がもこもこと盛り上がり始める。

「ぇ、何……?」

「何だ!?」

慌てて振り返るカタナさんの様子に、それが異常な事だと分かる。


ボコっと何かが飛び出してきて、雲の地面に大穴が開く。

その下はどこまでも続く空だった。

「下がれ!」

カタナさんが私の肩を抱えるようにして跳ぶ。

逃げ遅れた大羊だけが、そこへと転がり落ちていった。


雲の下から現れたのは、ロボットみたいな無機質な感じのモンスターで、手足の先だけが太くなっていたけれど、全体的に細いフォルムをしている。

ちょっと蟻に似てるかも。顔には鋭い目が、明るい水色に輝いていた。


「何だ……? こんなやつ、見た事ない……」

言いながら、カタナさんは私を背に庇うようにしつつ、そのモンスターからジリジリと距離を取る。

けれど、モンスターは私たちをターゲットにしてしまったらしく、こちらへ凄い速度で飛んで来た。


「ひゃ……」

身を竦める私の前へ、カタナさんが飛び出す。

ギィンッと、硬い物同士がぶつかる音が耳に刺さる。


「……っ!」

カタナさんから出てきた赤い数字は4桁だった。

即、ポーションを飲んだらしい回復エフェクトが出る。


よ、良かった……。

というかカタナさんってHP4桁以上あるんだ……。


黒い敵の足元の名前を読もうとして、それが読めないことに気付く。

カタナさんが動揺する声のまま叫ぶ。

「これは、文字化けか!? っ、当たらない……っ!」

敵はものすごく素早くて、カタナさんはその攻撃を時々避けるものの、こちらの攻撃は一度も当たらない。

カタナさんは、敵から一撃を受けるたびに連打に近い勢いでポーションを飲んでいる。

「みさみささんは、一回ログアウトして!」

言われて、そうしようと思うものの、まだ私はログアウトしたことがなかったので、どこからログアウトすればいいのかわからない。

焦る私の耳に「くっ、ポーションがもう……」という小さな声が聞こえた。

「カ、カタナさんだけでも逃げてくださいっ!!」

叫んだ途端、私の頭上にレベルアップの表示が出た。

あ、さっき落ちていった大羊が死んだって事なのかな。


天使のような姿の、レベルアップエフェクト。

それを見た敵が、一瞬怯んだ。


その隙に、カタナさんが叫ぶ「アプリごと落とせ!」

あ、そっか!

……って、夢の中でどうやって!?


黒い不気味な敵は、私の天使のエフェクトを見上げていたが、それが消えた途端、私へまっすぐ向かってきた。

「っなんで、タゲが外れ――っ!?」

カタナさんの焦る声。


真っ黒な敵は、ほんの一瞬で私のすぐ前にいた。

大きな黒い腕が振り上げられ、私へと下ろされる。


やられるっっ!!


思わずぎゅっと目を瞑ってしまった私の前を、熱い炎の気配が舞った。


ゴオッと風を切るような音と熱気に、私がおそるおそる目を開くと、そこには見知らぬ少年が立っていた。


「間に合ってよかった。もう大丈夫だよっ」

明るく元気な、弾むような声。

炎のような真っ赤な髪を揺らして、少年は炎に包まれる黒い敵を見つめている。

炎の中で暴れもがく黒い敵に、少年はさらに三回炎を注いだ。


きなこもちは、黒いのが怖かったのか、私の後ろにすっかり隠れてしまっていた。


この炎は、魔法ってやつなのかな?

こちらに背を向けている少年の背中には大きな赤い尻尾が、まるで生きているようにゆらゆらと揺れている。

こういう装備があるんだろうか。

公式サイトには、動く猫しっぽとか、ウサミミも紹介されていたようだったから、多分そうなんだろう。


「みさみささん、大丈夫か!?」

カタナさんに駆け寄りながら言われて、ようやく私はハッとした。

「あ、はい……」

答えて、自分の声が震えていることに気付いた。

……こ……怖かった……。

……本当に、死ぬかと、思った……。

思わず、じわりと涙が滲んでしまう。

カタナさんは、私の涙にあわあわと慌てた様子で、早口の説明を始める。

あんな敵は見た事も聞いた事もない事、名前も文字化けしていたし、何かのバグかも知れない。と。

そんなカタナさんの声が、何故か少し遠く聞こえる。

カタナさんの姿も、涙のせいか、滲んで見えなくなる。

滲んだ視界の中で、赤い髪の少年が振り返る。

頭の上に、大きなゴーグルを乗せたその少年は、私達に近付いて言った。

「君達に、ちょっと話が聞きたいんだけど……」


途端、彼らの姿はぐんぐん遠ざかってゆく。

私の視界は真っ暗になって、どこからか、聴き慣れたメロディーが聞こえてきた。


あ。これはスマホの起床アラームだ……。


そっか……やっぱり……夢だったんだ……。


私はゆっくり目を開く。

見慣れた室内の風景は、寝起きだからか、夢のせいか、涙に滲んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る