3-16 Ginevra de' Benci
《『今日も顔がいい』? そうですかね、ありがとうございます》
本物だ、この女は。
間違いなく。
インカメラに映るステアリングを左右へ振るその手捌きは、間違いなくレーサーの中でも上玉にあたるどころか、あのレオにも引けをとっていないペースだ。
そして何よりその手捌きに加えて、配信のコメント返信。
この金髪の女は現欧州の生存者のほぼ全てをフォロワーとして従えているが、この配信を目の当たりにすればそれも疑いようがない。
アレクはサングラス越しに見えるその怪奇現象に肝を冷やした。
ストリートレースに現れたのは、間違いなく、巨人なのだ。
《でも『今日も』と付けてくれるところに人柄の良さが現れてますよね。コメント欄にいるあなたもまた、今日も素敵です》
シフトチェンジ、サイドブレーキ、そして鋭いアクセルオンと同時にカウンターステア。
アクセルを開け、シフトを戻し、タイヤに路面を食わせ、柔らかなアクセルオンで再び加速へ。
ヒューガは普段の配信と顔色の一つも変えぬまま、その全てをやりのけた。
ジジの配信画面には、鳥肌が立つほどの速度とガードレーススレスレの走行ラインでドリフトするムルシエラゴが写っていた、これも間違いなく。
彼女が配信を続けながら走っている理由の一つに影武者の否定が含まれているのなら、それは一周目のわずか4分の1で達されている。
言葉を発することすら忘れたアレクの様子を耳で感じながら、マキシマは咥えていたガーゼを吐き出し、血を含んだそれをソファー横のゴミ箱に捨てた。
「アレク、新しいガーゼを取ってくれないか?」
「甘えるなよ、それくらいで」
「冗談さ。……ヒューガのやつ、本当に勝つ気なんだろうか」
「そうは見えなかった。だけど、この走りを見る限りでは」
「走り“だけ”を見る限りでは、だね」
「ああ。こいつはレースに集中する気なんてないんじゃ…」
《『レースに集中しろ』?》
アレクがそう口から放つのとほぼ同時に、ヒューガはそんなコメントを拾う。
先ほどから度々似たようなコメントは流れていたが、あえてスルーしているふりをしているのかと思っていた。
誰もが思っていたそのコメントへついに反応を示したヒューガに、アレクは刮目した。
《ご心配ありがとうございます。集中ならしてるつもりですよ。逆に、私が集中してないと思う理由はなんでしょう?》
「あ? 配信してるからに決まってるじゃないか」
《『配信をしているから』? なるほど、こう考えることはできないでしょうか。人の脳内を決めつける場合、必ずそれは“自分の場合”というフィルターを通しているんですよね》
この女はあろうことか、語りを始めた。
コーナーセクションはまだ抜けていない。
左右のコーナーをドリフトでクリアしながら、ヒューガはドミノを並べるように精密な言葉を紡ぎ、それをインターネットの海へと放流している。
MILANO MAZE 〜670馬力の女〜 ぬまざわ @numaza0
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