3-7 Ginevra de' Benci



───オーロラビジョンに写っているのは四分割の中継映像。


左上がドローンによるインプレッサの俯瞰。


右上が同じくカマロの俯瞰。


左下が、ドローンによるレースの遠景。


右下が、固定カメラによる遠景。


下段二つの映像に映し出されたのは、ヴィリス。


世界人口の99%を奪い、世界を死に追いやった、あの元凶。


会場は混沌を極めた。


悲鳴を上げる者、トラウマに襲われ嘔吐する者、愛車へ走る者。


陣営の待機所から出たヒューガが見たのはそんな地獄絵図だ。


地球上のガイアでも最高クラスに安全と言われるメディオにおいて、いまだかつてのストリートレースではこのような事態など一度も起こらなかった。


ヒューガはハイヒールを鳴らしながら、群衆をかき分けステージ前へと走る。


唖然としてスクリーンを眺め続ける者が数名。


その中には、レオの姿もある。



「レオさん」


「…………」


「レオさん?」



冷や汗のようなものが、彼の横顔を伝う。


彼の目はいまだスクリーンへと向いている。


スクリーン横のDJブースのジジは慌てふためいた様子でスマートフォン越しに何かを話している。


その通話の相手がデレクとマキシマであることは、上二つの映像で彼らがイエローフラッグを振られたかのように減速したことから読み取れる。


ヒューガが違和感を感じたのは、レオもまた何かに驚愕を覚えていることだ。


ガイア外、ウラヌス領域に出ても何一つの顔色も変えなかった彼にもまた、ヴィリスに対してだけはなんらかのトラウマを抱えているのだろうか。



「レオさん、あの」


「……ああ、クソ女か」


「大丈夫ですか?」



レオはヒューガに目を向けない。


ヒューガの存在に気付いて正気を取り戻したのか、返事のその声は先程の表情とは打って変わって落ち着いていた。



「俺の心配なんかしてる場合じゃねえだろ。テメエこそ叫び散らしてオウチに帰らねえのか?」


「わあ、大変ですね、早く帰らないと」


「読み上げソフトのほうがマシな言い方するぜ」


「レースは中止でしょうか?」


「だろうな。こんな前代未聞の事態じゃ、ワイルドウイングも火消しに手一杯…」












《アーアーアー、マイクテス。……これちゃんとスイッチ入ってるのであるか?》












爆音、そして耳障りな周波数。


その混沌を収めたのは、広場の全方位スピーカーで会場を包み込む不快な音域のアナウンスであった。


パーチェ広場に居る者は皆、耳元でクラッカーを鳴らされたかのように肩を跳ねさせた。


その声の主までも音量に驚いたらしく、静寂を迎えたのと同時に《おっと…》という漏れるような声が流れた。


聞き覚えがある。


この声の主は、あの小さな女だ。


元から高い声を変声期でさらに高くした高周波音は、先日ヘッドセットで聴いたものと同じ。


あの小さな女もまたこの会場のどこかで事態をモニタリングしていたのだろう。


前代未聞の事態に起きたのは、さらなる前代未聞の事態。


ワイルドウイングの元締めが、ストリートレースの会場でその口を開いた。



 

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