3-6 Ginevra de' Benci
パワーの数値だけで言うなら、おそらくカマロのほうが倍はある。
しかしコーナーセクションからの立ち上がりではエンジンではなく、足回りが物を言う。
リアタイヤ2本が重たいカマロの車体を押すのと、4本全てのタイヤが地面を鷲掴んで軽いインプレッサを引っ張り上げるのとでは、訳が違う。
後半のオーバルコーナーに突入する速度は、マキシマのほうが遥かに速かった。
ライブ配信画面がコメントで埋め尽くされる。
会場のライブビューイングは歓声に揺れる。
ヨーロッパに生き残る全ての人間の目線は、2台を後方から追いかけるドローンの中継映像を介していた。
やった、やってやった。
マキシマはこの光景のために、世界の死を目の当たりしたあの日から全てを捧げてきた。
見ているか、アリア。
俺はここにいる。
まだ見えていないのなら、更に上に登ってやる。
まだだ、まだ頂点は遠い。
マキシマが拭いきれないのは、自分の連戦連勝をいとも容易く阻んだ、頭にバンダナを巻いたあの大男に負けたあのレースだ。
あのトラウマを消し去るには、まずは彼の一つ下にいるこのカマロに、完膚なきまでに勝たねばならない。
世界の死とともに消えた恋人のために。
彼女に自らの存在を見つけてもらうために、絶対に勝たねばならない。
いいや、勝つことは手段に過ぎない。
勝って、目立って、さらにさらに上で煌々と輝いて、それでようやく彼女は自分を見つけてくれる。
そう信じないと。
そう信じないと、やってられない。
自らの生きる意味は、それだけなのだ。
目的と手段がぼやけ、思考は現実へと還る。
どうも胸がすかない。
サイドミラーにもルームミラーにも、まだカマロは居る。
あのヘッドライトが疎ましい。
二つ目、東側のオーバルコーナーは西側と同様Rが緩い。
コーナーセクションで差は広がったが、じわりじわりと距離が詰まってくる。
大丈夫、今日のインプレッサにはニトロが積んである。
マキシマの視線はセンターコンソール、耐熱性の結束バンドで無理やり固定したシルバーのタンクへ。
いくらあのカマロといえど、このニトロがエンジン内に噴射されれば追いつくこともままならないだろう。
大丈夫、大丈夫だ。
マキシマの目線は、前方へ。
しかし、気掛かりなのはカマロよりもそのコックピットにいるデレクという男だ。
常日頃、彼はカマロの改造風景を配信している。
その彼がこの一週間は一切の配信を絶っていた。
なにをしていたのだ、そのカマロに。
マキシマの目線は再度ルームミラーへ。
きっと奴もまたなんらかの奥の手を隠している。
その奥の手を見るのが先か、それともそれよりも先に僕がニトロを使うか。
あいにく出し惜しみをするつもりはない。
このコーナーが抜けた後、まずはパーチェ広場までの高速セクションで。
カマロはそこが抜き返しの狙い目なのだろうがそうはさせない。
このコーナーが終わる頃のそのヘッドライトとの距離を、死んでも保ちきる。
間もなくコーナーから抜ける頃だろう。
マキシマは前方は目を向…、
いる、前方に、何かが。
黒い影が、複数。
ヘッドライトに照らされる何かが、複数。
「うわぁッ!!??」
ブレーキを踏む2台。
リアタイヤを滑らせて蛇行し、それらを避ける。
マキシマはその避け際に、影を見た。
背筋が凍った。
あの日世界に死をもたらした、あの存在。
“ヴィリス”。
なぜ、ガイアの内部にいる。
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