3-8 Ginevra de' Benci



《アー、我輩は、ワイルドウイング代表である。本物であるよ、なりすましとかではないである》



突如として喋り始めるアナウンスの主に、観衆の足は止まった。


喧騒が死ぬ。


レオとヒューガはその声の主を知っているが、メディオの人々は彼女の姿など知る由もない。


確かに彼女自身もクラウドストレージのアカウントこそあるが、ストリートレースの告知は全てジジが行なっている故に、ヒューガ、ジジ、レオに比べると決してフォロワーは多くない。


足を止めた理由は場の収束ではなく、単なる疑念によるものだ。


あの声の主が本物のワイルドウイング元締めなのかと。


あの女、人前に慣れていないのか、あからさまに言葉選びが辿々しい。


さらにボイスチェンジャーを通しているのも相まって余計に胡散臭さを感じる。


唯一の救いは、DJブースにいるジジがその声から何かを察して「黙って聞け」のジェスチャーを見せているところだろうか。



《アー、えっと、とりあえず、この広場は安全である。ワイルドウイングの戦闘部隊が広場を護衛しているし、現地に向かっている者もいるである。ここにヴィリスが踏み入ることは、たぶん、ないである。あっ、絶対に、ないであるよ》



どよめき。


なおも会場が元のボルテージを取り戻したとは、到底言えない。



「相変わらず可愛らしい声ですね、JVさん」


「どこを聞いたらそう思えるんだよ。……それより、良くねえな。この雰囲気」


「そうでしょうか、メディオの皆さんは危険察知能力が高くて優秀です」


「それが良くねえって言ってんだよ」



会場の異様な空気は、アナウンスマイクの向こうにも伝わったらしい。


小さな溜息が漏れて聞こえる。


そして、咳払い。


スピーカーからの次の言葉を待つように、会場は静寂に包まれた。



《……うむ、分かっているである。貴様らに必要なのは、火であるな。それも人類存続の希望を、熱を伴った火。少しばかり小難しい話をしてやるである》



口を開く者はいない。


オーロラビジョンの向こうでコース南側のストレートを歩くように流す2台の車のエンジン音だけがJVの言葉の繋ぎを果たしている。



《ヴィリスは行動不能になると板状の物質、モノリスに変化することは周知であるな。そしてそのモノリスには、意図的に人間が読めるようメッセージが彫られていることも、吾輩がクラウドストレージで共有済みである》



JVがクラウドストレージ上で流しているのはヒューガの自撮りのようなものでもなく、デレクの車の写真のようなものでもなく、マキシマの美容グッズのアソシエイトリンクのようなものでもない。


化学進歩。


ヴィリスや世界の死に関する謎の解明が進んだ際、あたかも政治家がマニフェストを掲げるようにメディオの行く末を絡めて共有している。


確かにヒューガ達ほどのフォロワーはいないとは言ったが、それはあくまでエンターテイナー達と比べた時の話だ。


もしも彼女が政治家などだとしたら、生存者に対するフォロワー数の割合で言えば、過去のどの大統領よりも多い。



《世界の死は神の仕業などではなく、人災であると我輩は考えている。そしてこのストリートレースは、その真犯人へのレジスタンスなのである》



 

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