2-7.Madonna of the Carnation
《恐れておらぬようであるな》
「そうか?」
《これから行くのはガイアの外であるぞ》
「……まあ、俺も色々あったしな」
《そうであるか、ならいい。今ゲートを開けるである》
「どこに行けばいい?」
《吾輩がナビゲーションするである。貴様は何も考えずにアクセルを踏み込むがいい》
「なるほど、理解したよ」
《一つだけ。ヘッドライトは指示があるまで付けるな》
「分かった」
ヘッドセットの奥が数秒沈黙した後、怒り狂った自動ドアのような勢いで、金属製の重厚な門が左右へと滑り退く。
万が一の外部からの侵入の際に一瞬で門を開閉できるようこの速度なのだ。
現物を初めて目にするレオは、その轟く動作音に動悸を覚える。
いいや、これは動作音にではない。
ワイルドウイング、メディオを救った、欧州最強のグループへ。
そのグループへ、ついに足を踏み入れたことにだ。
レオはクラッチを踏み込み、F40のギアをファーストへと入れた。
《カウントダウン、ファイブ》
強化スチロールの壁とガイア・ゲートの向こうは、安全地帯であるガイアを覆う緩衝地帯、ウラヌス。
もはや街灯も何も機能していない。
ヘッドライトを消している今は、完全なる闇だ。
《フォー》
これより先に足を踏み入れられるのは、現在メディオにおいてはワイルドウイングの一部のみ。
エリート揃いの構成員のうちの大半がメディオの自治、不動産の管理、そしてストリートレースの企画運営に割かれており、極々僅かな、さらなる少数の精鋭だけがウラヌスを行き来できると聞いている。
電話の主が言う通り、ウラヌスに対して恐れがないのは嘘ではない。
だがそれ以上に、その精鋭の一端を自分が担うという重役が、レオの動悸を作り出しているのだ。
《スリー》
ウラヌスに向かえと言うのだから、助手席に置いてある銃を使うのは目に見えている。
その精鋭が常日頃果たしているのは、ガイアにおける万能資源“モノリス”の確保。
奴らと戦う覚悟ならできている。
……だが、奴らが車に乗っているなどという噂は聞いたことがない。
そもそも車に乗れるほどの知能があるわけもない。
それなのに、なぜ。
《ツー》
違う。
自分が車に乗っているからではない。
たった今、違和感に気が付いた。
エンジンの音がする。
それもF40の車内にいても耳に入る、明らかに手の加えられたエンジンの。
俺が向かうのはウラヌスだ。
人間は足を踏み入れない。
なぜ、なぜウラヌスからエンジン音が聞こえるのだ。
エンジン音が、近付いてくる。
《ワン》
あの光は。
レオがヘッドライトを付けたわけではない。
ゲートより、およそ50メートル先の交差点で、横から光が差し込んだ。
間違いない。
エンジン音は、あの地点からだ。
あれは一体…、
《おっと、ヘッドライトを付けるである》
「は?」
《あと、ゴーである》
「おぉい!!??」
クラッチを繋ぎながらヘッドライトを灯火。
爆発的な加速と対照的に、F40のリトラクタブルライトが悠々と起き上がる。
フルブレーキングで先程光が見えた交差点を曲がると、ようやくF40のヘッドライトが前方を照らした。
居る、前方に。
低い車体に、横長なテールランプ。
そして聞き紛うことのない、VTECの咆哮するようなエンジン音。
メタリックゴールドのホンダ・NSX。
レオはあの車体を、どこかで見たような気がしていた。
《追うである》
「分かってるよ」
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