1-10. Annunciazione



「ジジ! ジジ!!」



左耳につけたヘッドセッドの通話ボタンを押すと、一度のコール音が鳴り終わる前にジジが応じた。


《ハロー》と口に出すジジの後ろから、ジジの声を掻き消すほどの大歓声が漏れている。



「パブビュしてんだろ!? さっきの赤い光はなんだ!?」





《……ムルシが、やりやがった》





「ああ? じゃあありゃあ……!?」



レオもロータリーを抜ける。


差は、広がっていた。


前を走る赤い光と自分との差は6秒から10秒へ。



「あのクソ女だってのか!!??」



前を走るのはムルシエラゴ。


あのクソ女が駆るムルシエラゴ。


先ほど猛スピードで700メートルロータリーを駆け抜けたのは、あのクソ女。


そしてジジが放った、「ムルシがやった」という言葉。


信じがたい。


信じたくない。


あの赤い光を、信じたくない。




ムルシエラゴに間違いない。


ただの飾りだと思っていた、ボディーのエッジに張り巡らされていた赤いモール。


それらが今はまばゆいほど赤く煌めいている。


あたかもそれは脈打つ血管。


封印していた大いなる力を解き放ったかのようにして。


レオが見ている赤い閃光はカマロなどではなくムルシエラゴだ。


クソ女が乗る、あのムルシエラゴだ。



「ムルシが何をした!?」


《ロータリーをドリフトで駆け抜けやがった。最初っから最後までものすげぇスピードのまま流しっぱなしだった!》


「嘘つけバカ!! あのクソ女がんなことできるわけがねぇ!!」


《俺にもなにが起きたか分かんねぇんだ! ……レオ、追ってくれ。ドライバーがすり替わってるかもしれない》


「ああ。ありえねぇがそれが一番ありえそうだ。任せとけ!」



  ピッ…



「チッ、クソ女が……ん? ありゃあ……」



通信を切った瞬間に気付く。


前を走るあの車は引き離すどころか近付いてきている。


直線では詰められないと思っていた差が徐々に縮まっている。


たが、これはレオがペースを上げたわけではない。


かといってムルシエラゴのエンジン音を聞くにアクセルを緩めている様子もない。


だとすれば。



「エンジンブレーキか……ナメた真似しやがって……!!」




ブレーキの必要など一片もない直線で、ギアを一つ落としている。


それは挑発以外に意味などあるのだろうか。


嗚呼……ムカつく。


その挑発に乗じてしか差を詰められない自分に。


前を走る、あの金髪のクソ女に。



 

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