1-5.Annunciazione
最近マキシマに抜かれたが、それでもランキングトップスリーに居座り続ける男、デレク・ナトリ。
黒い肌という見た目だけでなく、上がり症に喧嘩嫌い、女下手と、変わり種揃いのレーサーの中でもさらなる変わり種が彼だ。
サングラスが様になっているが、それは彼の親が目線を隠すためにわざと掛けているものだ。
そのビジュアルと内面がギャップを生むのか、逆に女性フォロワーの比率が最も高いのが彼でもある。
歓声は黄色く、さらに控えめに手を振るデレクをマキシマは妬み、レオは肩をすくめる。
《デレク、久しぶりだな。カマロの調子はどうだ?》
《あっあっあっ、あっ、まっ、まあ……良くなくも、なくも、ないかも……》
《分かってるぜ、お前は誰よりも車に詳しく誰よりも手間を費やす。ついでに新しいサングラスもキマってる》
《あっ、ああ……ありがとうジジ》
レオ並みの恵まれた体躯に、セットアップの白い作業着とエンジニアブーツ。
トレッドヘアー、ブランド物のパイロットサングラス。
侮れない。
ステージ上ではこのように話すこともままならないが、そんな彼でもレオにとってはマキシマに並ぶ厄介な敵だ。
レース以外の時間は常にガレージに篭り、昼夜を愛車の黄色いカマロと共に過ごす彼は、メディオストリートの中でも最も人馬一体に近い。
そして何より、その作業着の胸には既に刻まれているのだ。
ワイルドウイングのエンブレムが。
《デレク、気が変わってくれて嬉しいよ。アンタのハナタレ弟が丹精込めて仕上げたスーパーカーだ、我が物にして大事に扱ってやれ》
《……ああ》
彼はワイルドウイングの現メンバーを弟に持ち、彼自身も元メンバーだ。
何を理由にワイルドウイングを抜けたのか、何を理由にワイルドウイングの主催するストリートレースに舞い戻ったのか、それはレオには分からない。
ただ愛車のブースに飾られる彼のカマロの仕上がり具合を見るに、勝ちに来ていることだけは間違いない。
カマロの奥にあるデレクの何かに慄くままに、レオとマキシマの口は閉じられている。
さらに言えばデレクの愛車と、ベールを纏うもう一台の車に、慄く。
《……以上がツイートで発表した3枚の対戦カードだ。ランキング上位のこの3人のうちの誰かが今日の主役になるだろう。だが今夜はもう一人、スペシャルゲストを招いてるぜ!》
ジジの言葉に応えるようにして上がる歓声。
そのスペシャルゲストとやらを、レオを含めレーサーは知らない。
知るまでもないと思っていた。
会場を盛り上げてさえくれればいいし、ライブ配信で人を呼び込めればそれでいい。
レオは自分の腕時計のほうが気になった。
《スペシャルゲストはコイツだ!!!! さあ、ステージに上がって来いよ!》
《もうここにいますよ、ジジさん》
聞き覚えのある台詞。
レオは腕時計を下ろした。
仮面を外す、先程まで演奏していたバンドメンバー。
機材を片付けていたはずの、ギタリスト。
仮面を捨ててフードを脱いだ瞬間、純金色の長い髪が露わになり、聞いたこともないような爆発的な歓声が上がった。
レオの登場時とは比にならない。
なんなのだアイツは、既に憎たらしい。
不快だ、非常に不快。
とても、不快だ。
歓声を浴びても澄ました表情を浮かべるその金髪の、美しい女のことが、とてもとても不快だ。
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