1-6.Annunciazione
その身を隠していたマントを脱ぎ捨てると、造形美に恵まれたプロポーションが露わとなる。
分けなければ顔が隠れるほど長く流麗な黄金色の髪。
ダークルビーのような暗く深い赫の瞳、だが優雅に下がった目尻が奏して眼差しは穏やかだ。
胸元には彼女のトレードマークでもある、稲妻をモチーフにしたゴールドのネックレス。
前を開けたパーカーに赤いチューブトップを着合わせ、スキニーデニムと膝下まで覆うロングブーツはこれでもかとばかりに脚線美を放つ。
ブーツのヒールも合わせれば180にも届きかねないスレンダーな身体と、癒しさえ感じられる柔らかく美しい顔立ちは、この会場内の誰もが知っている。
なぜなら彼女のフォロワー数は、レオどころかパーソナリティーのジジよりも多いからだ。
その稲妻のネックレスに会場が湧き上がり、ライブ配信はコメントで埋まる。
メディオ……いいや、イタリアで最も名の知れたインフルエンサー、彼女こそが。
《初めましてジジさん。ヒューガ・エストラーダです》
《そうだな、実際に会うのは初めまして。よく招待を受けてくれた》
《いえいえ。そんなことよりアフロが素敵ですね、アフロに負けないくらいお顔立ちも良い》
《そうか? ありがとよ》
ヒューガ・エストラーダ。
世界の死以降の世界で唯一の配信アプリ、“レア・ド・ライブ”にてヨーロッパ最多フォロワー数を誇るレアライバーだ。
ジジの言う《スペシャルゲスト》に相応しい女だが、この会場の誰もが彼女の登場を予想できていなかった。
なぜなら。
《だが、本当に大丈夫なのか? アンタはレースどころか、車に乗ってるところすら見たことがねえぜ》
《ええ、それはもちろん。カーライセンスを持ってることすら公言してませんでしたしね》
そう、ヒューガが人気を博したのはあくまでその美貌とキャラクター性によるものだ。
穏やかな見た目に柔らかな口調、時折見せる素っ頓狂なコメント返信。
彼女はストリートレースから最も遠い場所に居る。
場違いなのだ。
たかが客寄せパンダがこのストリートレースを沸かしていることが苛立つ。
レオは痺れを切らしてマイクのスイッチを入れた。
《おいテメェ、ピューマだかパーマだか》
《わあ、語彙力がありますね。語学の博士号をお持ちなんでしょうか》
《うるせえ。何をしに来たんだ? あぁ?》
《えっ? 何って、アレですよね。競走です》
《競……まあいい。俺はな、そんなヒールでクラッチ踏めんのかって聞いてんだよ》
ヒューガに顔を近付け凄むと、自らの鼻にベルガモットの香りが広がる。
柑橘系は嫌いだ、今嫌いになった。
《こだわりのヒールに気付いてくれて嬉しいです。大丈夫です、たくさん練習したので》
《練習ってお前……レースだぞ? しかも今日は車一台商品になるようなレースだ。テメェみてえな素人が後ろをうろちょろしてると気が散るんだよ》
《レース中でも私のことを気にかけてくれるんですね。キツい表情と優しさのギャップが魅力的です》
《……は?》
囃し立てるような野次を一身に受けるレオ。
レースどうこうの前に、この女は不快で厄介で邪魔だ。
思考よりも先に怒りがレオの脳を支配し、言葉が詰まる。
そうか、コイツは配信の経験だけはあって口が立つのか。
あからさまな舌打ちを挟み、レオはアイコンタクトでジジに進行を譲った。
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