祖父の日記

 組を辞するにあたって、そのきっかけとなった妙なことをここに書き記しておきたい。それによって自分の中で一つの区切りとしておきたい。

 昭和二十五年八月二十一日の夜のことだった。その日六時に開帳、この頃は客の入りもまずまずで、本家で臥せっておられる組長(注 当時大沢組の組長、大沢は病の床にあった。日記によれば十月二日に亡くなっている)にそのことを伝えると、安心したようであった。振興のやくざものにシマを奪われ、組長も自分も少しく疲弊していた記憶がある。若いものもそうであったろうと思う。

 賭場は、日比谷の端の、まだ手のついていない一角に残った、あばら家を補強してしつらえてある。集会所であったらしいそこに裸電球をぶら下げて、板を引いて、白い布を敷いて作った賭場である。急いで作ったにしては、よい賭場だったと思う。


 その客が来たのは夜遅く、十二時になろうかという時だった。自分はいつも通りの場所にいた。玄関から上がって、短い廊下を歩いて、襖を開けると、賭場だ。その襖の横に、立っていた。ここであると客の様子も、玄関からの新たな客の気配もわかる。

 玄関ががらがら開く音がした。客が来たなと思って、横を向いていると、襖が開いた。若い男が入ってきた。

 その時の男の顔は、今でもよくおぼえている。

 男は二十歳を過ぎたくらいの若者だった。しかしおそろしくやつれて、老けて見えた。顔が粘土のような色で、死人を思わせた。それになぜか顔の皮が湿っていて、いっそう死んだ人間のように感ぜられた。髪に白いものまであった。

 顔の中で目だけがぎらぎらしていて、それがまた気味悪かった。

 その男は、自分の顔を見た。

「こちら、よろしいですかあ」

 こう言った。細くて、気の入っていない、幽霊のような声で、自分は少しくおそろしくなった。ポン中(注 ヒロポン中毒。当時合法であった一種の覚醒剤の中毒者)かと思った。しかしそれともまた違うような気がした。

 

 自分が促すと、若い男はゆっくりと入ってきて、空いている場所はあるのに、広間の真ん中、ツボ降りのまんまえにのっそりと正座して、身を小さくした。

 どこで買ったのか、茶色いスーツを着ていたが、それが体よりふたまわりほども大きい。なおさらおかしな風体に見えた。

 男が座ってからもしばらく、その小さく座った姿を眺めていた。と、そこでようやっと気がついた。

 男には、左腕がないらしかった。

 金を賭けようと袖から伸ばすのは右手だけで、よく見れば左の肩の下あたりが平べったい。それでわかったのだ。


 うちでやっていたのは、丁半賭博である。



 男が勝負をはじめて、四回目だったろうか。周りの客が、そわそわしたようになってきた。

 若い男の前だけに、やけに札が多く集まっていた。来て一度も外していないらしかった。だが、そのくらいついている奴は、たまにいる。年に一人か二人か。そういう男は目に見えて喜ぶし、周りの客も囃し立てる。賭場を開いている我々としても、いかさまでもない限り、場に花があってよいと思っている。

 その男のおかしいのは、周りの客が落ち着かないのは、一度きに手持ちの金をみんな、次の勝負に張ってしまうことだった。ぼろのあの服にやつれた様子なので、金持ちが道楽で来ているとも見えない。するとあの目の前にあるのが虎の子、あいつの全財産だろうと思った。

 それを男は毎回、簡単に全部張ってしまう。喜ぶもなく騒ぐもなく、「丁」「半」と短く言うだけだった。


 男はずっと勝った。六回目で札がこんもり、山のようになってくると、中盆(注 博打の進行役)やツボ振りの男衆がちらちら、自分を見るようになった。そばにいる若い者もおかしくありませんか、賭けすぎてますし、つきすぎですよ、と言う。

 いかさまのことを考えた。しかし賽子を振っているのは組の古株の者だ。腕のいいツボ振りは出目をいじれるとも言う。だがあんな若造と組んで、やるだろうか? それに勝ちが続きすぎだった。これではあんまり目立ちすぎる。


 勝ちを七回重ねたくらいから、賭場の空気がにごってきた。あの若い奴を真ん中に、重いものが広まっているようだった。それに勘づいたか男は、他がびくつきながら張って、丁半が出揃ったあたりで張るようになった。全部賭けることもなくなった。しかし勝ちは勝ちで、札の山は増え続ける。



 その日は送電の調子が悪いのか、ぶら下げた電球が明るくなったり、暗くなったりするのがやけに多い夜だったことをおぼえている。

 ついたり消えたりする明かりの中で、片腕のない若い男は、丁半以外のことは何も口に出さず、当て続けている。


 若い衆のひとりが、あ、と言って、自分の耳にささやいた。

 あの若い奴は、最近東京をうろついているとかいう、賭場荒らしなのではないかと言うのだった。


 自分も、そのうわさは聞いていた。

 一年くらい前から、やくざのやっている賭場にふらりと来て、大勝ちに勝ってどこかへ消えていく。

 いかさまをやっているようではない。というのも、博打の種類は問わずに、簡単に勝ってしまうということなのだった。

 音で何かを知っているのでは、と耳をふさいだが、負かされたという話もあった。

 アメリカ軍相手にカード勝負で勝ったという話もあった。

 片腕というのはうわさにはなかったものの、あるいは、あの服装のせいか、気づかれなかったのかもしれない。

 そしてその男の入った賭場の金庫は、ほとんど空っぽになってしまうという風聞もあった。

 どこかの組では無理に叩き出して博徒の看板に泥を塗ったとか。拝み倒して帰ってもらったとか。尋常でなく勝っていたのに、いきなり負けが込んで、すかんぴんで帰ったとか。そんなこともかすかに、聞いていた。


 きれぎれの話を思い出していくうちに、このうわさの男はあそこにいる、あの若い男であるように感ぜられてきた。

 話の中身からしてもっと博徒然とした、中年の男と思っていたので、今まで頭に上ってこなかったのだ。

 もしあの野郎が例の博徒だったら、と若い衆が言った。うちの金庫なんて一晩でカラになっちまいますよ。

 自分はそいつの頭をこづいた。縁起でもねぇことを言うなと叱った。

 しかし考えれば考えるほどに、このいやなうわさの主は、あの片腕の男であるという気持ちは、強くなっていった。


 この場にある金では、支払いが足りなくなってくる。

 自分は金庫の鍵を持って、賭場と奥の間を何度か往復した。

 この調子で勝ち続けられたら、先の舎弟の言葉通り、今夜一晩では資金がもたない、と思われた。



 ここに至って、自分は、どうにかしようと思った。

 素人さんに博打で組を潰されたとあっては困る。

 かと言ってうわさのように、無理に叩き出したり拝み倒したりするのも、任侠道に反しているような気持ちがしたのだった。

 男を見せる時が来たのかもしれない、と思った。

 

 足りない頭をひねって、名案とは言えないが、ひとつ浮かんだものがあった。

 ただこれをどうにかするには、ふたつの博打に勝たなければならなかった。真っ向勝負だった。


 手提げ式の金庫にまた金を入れて、賭場に戻った。

 腹を決めてから見回してみると、舎弟たちも他の客たちもみんな、顔が青ざめているのがわかった。自分もきっとそうだったろうと思う。

 自分は金を入れた金庫を持ったまま、広間の真ん中にいる男のそばに寄った。

「お客さん、今日はバカについてますね」

 と、まずは言った。挨拶のつもりだったが、声が震えているのがわかった。

「えぇ、おかげさまで」

 と、男は言いながら、身をまっすぐ起こして自分の方を見た。

 息が止まった。

 男の顔は、来たときよりも十以上も老けていた。気のせいではなくて、本当に年をとっていた。

 目尻に皺がよって、土気色の肌にはもう張りがなくなっていた。最初もやつれていたがさらに痩せていて、結核かなにかの、死ぬ病の患者のようだった。この一時間で四十になっていたのだ。老け込んだのではなくて、実際に年をとったのだった。自分よりずっと年上に……

 その中であの目だけが、ぎらぎらと自分の顔を眺めていた。

 兵隊ややくざ者、博打打ちには何人も出会っている。すごい面相には慣れているつもりだった。

 しかしこの、もう若者とも中年とも呼べない何者かの、こんな顔つきを見るのは、生まれてはじめてだったと思う。

 何かに挑みながらも、いつも何かに怯えているような、自分の知る言葉では言えない者が、目の前にいた。

 こいつは人ではないのかもしれない、と自分は思った。


 そうなると、細かい挨拶ややりとりは、無用だと感じた。

「お客さん、私と勝負をしませんか」と、自分は言った。

「この調子で勝たれちまうと、うちの組としても困るんです。しかし遊んでいるお客さんを放り出すわけにはいきません。それに、こちらも顔を売る商売です。もうよしてくれと頭を下げるのも難しいんです」

 そこまで言うと、男はへぇ、と感心したように言った。

「あんた、正直ですね」

 正直だけが取り柄ですから、と返した。

「私が勝ったら、その勝ち分を持って、今日はお帰りください」

「あんたが負けたら?」

「この勝負を仕掛けたお詫びに、あんたの前で指を詰めます。それからは好きなだけ、遊んでいってください」

 へぇ、と男はまた言った。目の色が変わってきているようにも思えた。

「それでぇ? どんな勝負をするんですかねぇ?」

 男は、ものすごい笑いを浮かべた。口の端がぐっと上がって、真っ暗な口の中が見えた。下弦の月の形だったけれども、色は真っ黒だった。

 人間に相対しているような気分ではなかった。おそろしくてためらったが、自分はこのように聞いた。

「回りくどいことは聞かない。あんた、いかさまなしに、賽子の目や花札が、わかるのかい」

 うわさの数々や、今夜ここで十数回も丁半を当てていることを考えると、そのように思われた。花札やカードでも勝っているというのだから、たぶん相手の手を変えることはできないのだろう。

 男の唇の端が、もっと高く上がった。

「えぇ。だいたいは、そういうところです」

「それじゃあ、私がツボを振っても、私に勝ち目はないってことになりますね」

 そう言うと、男は口をそのままに、横倒しになって、ゲラゲラ笑いはじめた。

 腹をかかえて身をよじって、けど目だけは、自分から離さないままで。

 しばらくしてからやっと、こう答えた。

「……えぇ……ふふ……そういうことになりますね……」

 そうか、よかった、と自分は思った。この男が嘘をついていない限りは、ひとつめの博打を切り抜けたことになる。

 自分は、盆御座の上に置かれたままになっていたツボと賽子を、ひったくるみたいに手にとった。

「じゃあ今からの勝負、あんたがツボを振ってください」

 そのふたつを、男の前に差し出した。

「あんたが振って、私が当てるんです。これが今回の勝負です」



 



 その勝負の流れは、ここには書かない。

 結果だけ書く。

 自分が勝ったのだった。

 自分が「丁」と言うと、男はツボを上げた。

 出目は三・五の丁だった。そこだけは覚えている。

 あとのことは夢のようで、あまり覚えていないのだ。

 組の将来、看板、指、矜持、そういうものを背負っての勝負だったから、ひどく緊張していたのだろう。出目を見て、勝ったとわかったとたん、ふっ、と気が遠くなって、そのまま少しばかり、気を失ったらしかった。

 目が覚めると、舎弟や客人にまで顔を覗かれていた。生きていてあんなに気恥ずかしったのは、あれが最初で最後だと思う。

 男は最初に座った場所から動くことなく、じっとしていた。

 自分が開いたツボの、自分が振って出した賽子の目を見つめていた。

 その目にはあのぎらついたものはなくて、見た目にそぐわない、やわらかい光が宿っていたように見受けられた。

 


 自分が起きあがると、男は「参りました」と言って、頭を下げてきた。

 たくらみの匂いのしない、自然な動きで、自分は先程の男の邪な様子をおぼえていたから、少なからずとまどった。



 それから男は、ビールを一杯だけ注文した。

 これで座はすっかりお開きといった風になり、丁半賭博は止しになった。客はみんな日本酒やビールを注文して、ちびちび呑みはじめたのだった。


 男は背中を丸めながらビールを舐めていたが、ふと、こんな話をしはじめた。

「ある知り合いの話」と男は最初に言い添えたが、誰の話であるのかは明らかだった。



 

 その男は先の戦争で、フィリピンに行ったという。

 武器も食い物も足りない。仲間はどんどん死んでいく。とにかく草むらから叫びながら飛び出して、弾のひゅんひゅん飛び交う中を駆けていく。進軍ラッパに、砲撃に、銃弾のかすめる音の中を、上官の言う通りに、東に西に、右に左に走り回った。


 ある日の突撃中だったという。

 その男のいる隊が、敵陣の中にまで突っ込んでいった。

 体が弱くて足の遅い男は、最後尾になってしまった。

 さらに、蹴つまずいて転んでしまったんです。

 ばったり倒れた目の前に、敵兵の死体があった。

 そのくらいはここでは日常茶飯事である。死体や肉片なんてそらへんにゴロゴロ転がっている。

 しかし、男は驚いた。

 その敵兵の倒れた脇に、異様な男が立っていたのだそうだ。

 恰幅のいい爺さんだった。兵隊の服ではなく、ヨーロッパのどこかのような、満州の位の高い人間が着るような、見たこともない服を身に付けていた。

 髪は灰色でボサボサで、髭を長く伸ばして、顎の下でよりあわせている。

 奇妙なことに、頭をあげたら銃弾がかすめるような場所に無造作に立っているのに、その爺さんには弾が当たらない。弾が体をすり抜けていく。

 あぁこれは死神だな、と男は思ったという。

 そうしたら頭の中に、声が響いてきた。

 最初は外国語で、徐々に日本語に変わっていったそうだ。

「ちょうどよかった。一緒にいたこの男が死んでしまったから、次の相手を探してたところだ。

 あんた、これからの人生でその都度、『正しい道』『正しい行動』を知りたくはないかい」


 その爺さんは、自分には未来が見通せる、と語るのだった。

 ただし全部が見えるわけではない。その人がなにか選ばくてはいけない時に、正解と不正解、よりよい選択肢がわかる。

 たとえば……好きな女がふたりいる。どちらかと結婚したい。さてどちらと結婚したら、より幸せになれるか? というような……

 あんたがわしに、「どっちがいい?」と心の中で聞きさえすれば、「こっちだ」と示した方は必ず正解だ。絶対に間違いはない。


「ただし」と、爺さんは銃弾の雨の中で立ったまま言ったという。

「聞いたからにはタダで教えてやるわけにはいかんのだよ」と。


 爺さんに尋ねて、教えられた「正解」の方を選ぶと、寿命が少し縮む。

 平時の際ならどんどん年をとっていく。こういう戦場なら砲撃や弾に当たる確率がどんどん高くなっていく。

 その代わりではないが、あえて「不正解」の方を選ぶと、寿命が少しばかり伸びるようになる。

 もちろん「不正解」だから、何らかの形で不幸は降りかかる。それがかすり傷程度のものなのか、一生残るようなものなのかは、自分にもわからない。


「現在の寿命の残りも教えてやれん。ちなみにこの若造だが、まだ四十年ばかり余っていた寿命をこの戦場で使い果たしてしまった。

 勇んでここに来たのはいいが、ひどく怯えてね。どっちに行けば砲撃が来ない? どっちの方角がより安全だ? 進むべきか? 戻るべきか? 留まるべきか?

 そんなことをさんざん自分に聞き続けた挙げ句に、貯金がゼロになってしまった。こめかみに入っているこれはな、味方の放った銃弾なんだよ……


 ……さて、うまくやればほどほどの人生を送りながら、信じられないくらいに長生きもできる。この年寄りを、あんたがうまいこと使えればの話だがな。こんな場所で出会ったのも何かの縁というやつだ。さぁお兄さん、どうするね? この年寄りと、仲良くするかね?」



 ーー男は時間の感覚のわからなくなる戦場の地べたに伏せて、長く考えた。

 それで、その老人と組むことにした。

 正しい方を選ぶ代わりに寿命が縮むか、間違った方を選ぶ代わりに不幸になるか。そういう人生を歩むことに決めた……と、男はビールを呑みながら語るのだった。

 誰も口を挟めなかった。



「そいつはね、結構長生きするつもりでいるらしいんですよ。理由は特にないんです。たぶんーー死ぬのが、怖いんじゃないかな。

 しかし時々、訳もなく自暴自棄になることがある……らしいんです。そういうときはわざとね、寿命を縮めるような真似をしたくなる。

 昼飯はそばとうどんどっちがいいとか、この道は左か右かとか、あるいはふらりと、賭け事に熱中してみるとか……そんな益体もない選択をして、人生を無駄遣いしたくなる。

 でもしばらくしたら、やっぱり死ぬのが怖くなるんだ。それで今度は、間違った道の方を選んで寿命を伸ばす。時々とんでもない方の道を選んで、大変な目にあったこともあるらしいですがね」



「戦争を生き延びてね、そいつはぼんやりと考えたそうですよ。

 戦場で出会ったあの爺さん、あれは悪魔には違いない。

 けれど、あれは普通の悪魔じゃないんです。

 人の魂を食らうのはそうでしょう。でもあの悪魔はね、願いを叶えて最後にがぶり、と喰うんじゃない。

 選択肢を出すたびに、人間は思い悩むでしょ。先の寿命か。今の幸福か。どっちを取るかを。

 その魂の苦しみを少しずつ少しずつ、果物の薄皮を剥ぐみたいに、食べてるんじゃあなかろうかってね」



 そこまで長々と話していた男は、不意に自分の方を見た。

「あんた、お名前は?」

 自分は、黒川長吉だと名乗った。

「黒川さん」と、男は静かに言った。

「自分はなんだか、今夜のあなたとの勝負で、憑き物が落ちたような心持ちなんです。

 言葉にはしがたいんですが、今まで苦しんでいた様々なことと、やっと向き合えるような気がしまして」

 男は、自身の前にある札の山を、こっちに押し出してよこした。これはお返しします、と言うのだった。

「御礼のようなものだと思ってください。ありがとうございました」

 自分が止めるのも聞かず、男はさっと立ち上がって、来た時とは比べ物にならないような軽い足取りで、大きなスーツの左袖をひらつかせながら、このあばら屋を出ていってしまった。

 

 あとにはぼうぜんとする自分たちと、客人たちと、元はうちの金庫の中にあった札の束が、残っていた。

 開け放された玄関の外はまだ暗かったけれど、朝日の気配が空にぼんやりあるような、いつの間にか、そんな時間になっていた。


 これが、八月二十一日の夜の出来事だ。

 秋になると大沢のおやじさんが亡くなり、やくざの世界もなにやらきな臭い方に行きそうだった。

 それらのことも、組を辞した理由ではある。だがその最初のところには、この片腕の男との出会いがあったように思える。

 勝負が終わったときの彼の顔は、目は、まじりっけがなく、まったく澄んでいた。

 あの顔を思い出すたびに、このやくざという、世間から離れた職業に、嫌気がさすようになったのだ。



 これからはカタギになり、世間を生きていかねばならない。

 だが自分は、できるだけああいうさっぱりした顔で、生きていこうと思うのだ。


 

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