第1話 はじまりの予感
もう、神憑りって何?。クスッ。
「尚子!着替え、キヨ!馬を用意して」
上は白衣、下は黄丹袴の巫女衣装に変身。下は緋袴じゃ無くて、皇太子色の黄丹色だよ。腰には小太刀。
「準備は良い?行くわよ」
~・~
私がこの子に転生したのは、2歳の冬だった。病弱なこの子は、2歳の冬に早逝したらしい。そこに飛び込んだのが私の魂なのかな?たぶん、そんな感じなんだと思う。誰も説明してくれないし。
それからが大変だった。魂が入れ替わっても病弱な身体は変わらない。食事療法から始めなくては。尚子を呼んで、体質改善の相談をすると、『ここでは難しい。神社を隠れ蓑に身体を鍛えますか?』と提案された。どうやって了承を取ったのか分からないが、尚子は大和国に在る斑鳩神社への下向を勝ち取って来た。
下向の際には、ユキを筆頭に6名の女性の志能備が充てがわれ、私の体質改善と言う名の修行が始まる。日中は巫女仕事、食事はジビエや山芋などを主体に丈夫な身体を作った。運動は散歩から始めて、徐々にジョギング、ランニングに移り、馬術、弓道、小太刀、杖術を教わり、最後は調子に乗った志能備達に、暗器術まで教わった。元々◯体大出身の私である。大きな石を氷の上で滑らせてたマリリンと同期だ。身体を動かすのは大好きなので、私自身も上達するのが楽しくて夢中だった。体も大きくなり、武術等も身につけたある日、おたあ様が倒れた。割りとシリアスっぽい。急いで荷物を纏めて御所に戻った。私は8歳になっていた。
おたあ様は弟を産んだ後に調子を崩していたらしい。
私が奈良で修行している間に、弟妹が3人も増えていた。上の弟の方仁は頭が良くって可愛い。後の正親町天皇なのかな?妹の永寿はお人形さんみたいで可愛い。下の弟の慧仁は生まれたばかりで可愛くない。笑わないんだもん。何かジーっと見てるし、シカが授乳してる時の目もイヤらしい。覚恕は腹違いの筈だから、この子は別の子ね。
朝晩、弟達を連れておたあ様のお見舞い。後は方仁にアラビア数字を使った四則演算と九九を教えている。体育大出でも、それくらいは教える事は出来る。だって受験勉強は頑張ったから。読み書きは何処かの公家が教えに来てるらしい。
こうして夏が過ぎ、秋が深まり、冬の足音が聞こえ始めた頃、長い闘病の末におたあ様は薨去した。おたあ様には思い入れは無いけど、泣き縋る弟達を見てると、貰い泣きをしてしまう。部屋の縁側で月を見ながら黄昏れていると、尚子が静かに隣りに座り、私の頭を撫ぜてくれた。
「何で何も聞かないの?」
ずっと疑問だった。何も聞かずに体質改善プログラムを叶えてくれた。何でよ。
「真実を聞いても、聞かなくても、聖良様は聖良様です。……それまでの聖良様はずっと床に臥せっておいででした。私は何も出来ずに見守るだけで、そして本当は最後も私が……」
私の髪を撫でていた手が止まる。
「私の夢は……手毬の様に転げ回ってる聖良様を見る事でした」
「じゃあ、私は誰かの役には立てたのね」
再び私の髪を優しく撫でな始める。
「願わくば……ずっとこの先も夢の続きを見とう御座います」
「迷惑をかけるかも知れないわ。また、同じ様に無理難題を押し付けるかも」
「それもまた、私の夢です」
「フフフ、それじゃあまるで、おたあ様じゃない」
尚子に向き直り、ギュッと抱きつくと、尚子は髪を撫でてた手を下ろし、ギュッと抱きしめてくれた。
「そうですね、まだまだですが」
「そうね、まだまだね」
~・~
「慧仁はどこ?」
騒々しさに、奥から出て来た作兵衛は、キヨと目が合い、キヨが頷くと、
「殿下は離れに御座います。ご案内させて頂きます」
「頼むわ」
渡り廊下の先に、離れが見えて来る。
「お客様をお連れしました」
返事も聞かずに襖を開けて入って行く。先ずは2人で話し合いね。慧仁の侍従を見下ろしながら、
「2人だけにして、話しが聞こえない所まで下がって控えてなさい」
そそくさと言われた通りに出て行く3人。さて、かましましょうか。
「慧仁、あんた転生者でしょ」
「え?」
「え?違うの?私と一緒かと思ったよ。って、転生者って言葉を理解してるじゃん」
「いや、違うとは言ってないけど」
「何だそれ」クスッ
素直になりなよ、少年。いや、幼児。
「ところで、どちら様で?」
「何言ってるの、お姉ちゃんだよ、お姉ちゃん」
あ、名乗って無かったね。ゴメンよ。そりゃ認め辛いよね。
「私に姉は1人だけだけど……ああ、1番上に早逝した皇女がいたなぁ」
「それそれ、2歳で亡くなったんだけど、その体に入ったのが私よ、やっぱり詳しいな。歴オタかい?」
「歴史好きなだけです」
「ああ、やっぱり転生者だ」
ほら、歴オタが通じるって転生者じゃんね。
「一つ言っときますが、不用意に自分が転生者って言わない方が良いですよ」
「弟だから言ったんだよ」
「なるほど、お名前は?何て呼べば良いですか?」
「聞いて驚くな、セイラだよ、セイラ・マスの聖良女王だ、お姉様で良いよ」
慧仁は、お茶を飲んで一息ついて、人を呼んだ。
「誰か居る?!お姉様にもお茶を」
「畏まりました」
「良いね、気が利くね」
着いたばかりで、喉が渇いてたよ。ちょうど一息つきたかったしね。それにしても、見た目と会話がマッチしない。違和感バリバリだ。
「やっぱり可愛くないな。そんなハキハキ喋られても、ハハハハハ」
「ですよね、俺でもそう思います。今日はどうしたんですか?」
「君を観察しててね、何か手伝えないかと。2歳児じゃあ、動ける範囲も決まっちゃうでしょ」
「お姉さ、ま……目下の悩みでした。手詰まりになってしまって」クスン
「うんうん、今まで良くやったよ。皇室内の金回りが良くなったもん。頑張ったよ」
褒めるの大事ね。伊達に女を長くやってない。それにしても、余程1人で大変だったんだろうね、その涙声。
「私も手伝うよ。私は馬鹿だけど、指示通りに動く事は出来るよ。取り敢えず、経過と今後に想定してる事をフェーズ毎に教えて」
「フェフェフェーズ?凄く助かるよ。じゃあ、今までの経過から話すね」
涙声で話し始めた。ちょうど尚子がお茶を持って入って来たので、今までの経過を聞きながら、そのお茶を啜った。
「室町幕府を潰したタイミングは凄く良かったね。素晴らしい判断だった。高国引き込めたのは大きいよね」
「1人なんだから、北条に接触したのは、ちょっと早かったね。動けないでしょう」
「和泉、それも堺取れたのは大きいね。良く出来ました」
「土佐一条と今川を引っ張るのね、ちょっと遠いね」
その時々で感想を挟むんだけど、お腹空いて話しに集中出来なくなってきた。
「取り敢えず、経過は分かった。次は何か食べよう。脳味噌使いすぎた。誰か!」
キヨのお兄さん?が顔を見せる。
「何か食べる物と蜂蜜欲しい。慧仁にお金貰って買って来て」
脳味噌使ったら、やっぱり甘いものよね。TVの見過ぎとか、出来る女気取りたい訳じゃなくて、身体が欲するのよ!
「御意」
「弥七ごめん、ツケで、後でまとめて払うからね。ちゃんと払うから。堺で稼いで来たから大丈夫だよ」
「ハハハハハ」
弥七が下がるのを見届ける。
「でもさ、ホント、動くなら今だよ。天下布武とか日本統一とか言う奴は、産まれてないかチビッコだからね」
「うんうん、そうなんだよ。で、今まで色々やって来て、1番驚いたのが天皇家の血ってやつ。誰も逆らわないんだよね。この時代は朝廷の影が薄いって思ってたんだけどね。違った。御料地横領されてるけど」
そこそこ、天皇家のだって横領されてるんだもん、公家なんて言わずもがなだよね。
「ところで姉様、鯵の干物食べました?絶品ですよ」
「え~、京都じゃ食べて無いわね。奈良でも川魚ばっかりだったしね。食料調達も修行のうちだから」
「誰か!お姉様の食事に鯵の干物を付ける様に言って来て」
やった。鯵の干物大好き。ローマンスカーに乗って、伊豆に海鮮食べに行きたい。はぁ。
「美味しい!何あんた、毎日こんなに美味しい物を食べてるの?」
「いや、御所ではたぶん姉様と同じ物だと思いますよ」
「御所は酷いもんね。奈良に居た時は、身体を育てる為に1日3食にしてたわ。あんたも大きく成らなきゃだから、1日3食にしなさいね。で、御所の食事だと、肉、魚、卵、蛋白質が圧倒的に少ないから、ちゃんと摂りなさいよ」
「獣肉食は陛下に伝えて有るんだけどね、台所番が作ってくれないんだよね」
「鯵の干物でこれだけ美味しいんだから、伊勢海老の干物とかいきたいね」
「……うんう……」
「ちょ、聞いてるの?」
ハハハハハ、ホント、幼児は急に電池が切れるよね。
「尚子、今日は泊まってく。手配してちょうだい。慧仁、そんなに頑張らなくて良いよ。昼寝の時間でしょ」
「済まない、身体が言う事を聞いてくれなくて。1刻くらい昼寝をさせて貰う」
「その間、領内を見させて……って、もう寝てるか、ふふ」
〜・〜
「キヨ、出かけるから何人か伴を頼みます」
「御意に」
衣装を整えて厩に向かうと、そりゃ気になるのよね、白いの。
「あれは?」
「殿下がお乗りになる白鹿に御座います」
「へぇ~、白鹿に乗っているんだ」
ススっと白鹿に歩み寄ると、白鹿も歩み寄りお辞儀をして、背中に乗って欲しそうな仕草をする。
「乗せてくれるの?よしよし、弥七、私の鞍を付けてみてちょうだい」
何て事でしょう。まるで私の為に用意された白鹿の様じゃありませんか。乗せてくれるって言ってる様だし。
鐙を調整して跨り、若狭街道をいざ三千院方面へ。
「ヤックル行くよ!」
ご機嫌に『京都~大原三千院』なんて口ずさみながら、
「三千院までどれくらいあるの?初めてなのよね。楽しみ~」
「三千院?」
「三千院ですか?」
皆が顔を見合わせて、目で『知ってる?』って語り合う。まさか、あんなに有名なのに、この時代には無いの?
「う~ん~、あ、雉!キヨ!」
ザッ!おお~、さすがキヨ、飛クナイで一発だよ。
「夕餉に食べよう、あ、うずら!キヨ!」
ザッ!いつ狙い定めてるの、ふふふ。
「さすが師匠だね」
親指を立ててグッジョブし合う。あ、グッジョブは奈良で教えた。慧仁と半身ずつだな。さりげなくUターンして、街道を京都方面に戻る様に進む。田んぼを整地してる人がいたので、ヤックルから降りて近づいて話しかけようとすると、私に気づいた人達が一斉に平伏し、拝み出す人まで居る。何だ、慧仁効果か?
「いつもご苦労様。面を上げて下さい。慧仁の姉です。慧仁がお世話になっています。お願いが有るんだけど良いかしら」
「勿体ねえ、勿体ねえ。お願いなんて、何でもお申し付けください」
「そお?先ほど雉とうずらを獲ったんだけど、雉とうずらが居ると言う事は卵も落ちてると思うのね。見つけて作兵衛の所まで持って来て貰えないかしら。お代をお支払いする様に手配しておきます。」
「え?巫女様が召し上がるんですか?……畏まりました。儂等、頑張って探します」
「ありがとう、では、頭を下げなさい」
ひふみ祝詞を唱え、『皆に神のご加護があります様に』と、軽く手で頭を祓う。
「はい、宜しいですよ、では、お願いね」
「ありがとう御座います」
こう言う事は、効果が有る無いじゃ無いんだよね。皆が笑顔になる。幸せな気分を味わえる。それが大事だと思うから、やってあげる様にしてる。
「では、行きましょうか」
「三千い」
うっ、ぶはっ。
空気が読めない弥生が皆に取り押さえられるのを、空気を読んで見えてない振りをする私なのです。
〜・〜
1刻ほど村内を散歩して戻って見ると、慧仁はまだ寝ていた。羽織を脱いで畳んでいると、部屋の隅に立てかけられたボウガンが目に入る。ん、ボウガンか?と手に取ろうと立ち上がったら、気配を察したのか、慧仁が起きだした。
「ん?起きた?ねぇ、それってボウガン?借りて良い?」
「良いよ、撃ってみる?」
「うんうん、撃ってみたい」
「弥七!ちょっと姉様を手伝ってあげて」
「え〜、自分で出来るよ」
「いやいやいや、弦引くのヤバいよ」
まあ、言い合ってても仕方ないので、庭に出て試す事になった。姉様は何度か弦を引いてみたが、諦めた様だ。
「ホントだ、弦が硬いね。1回なら引けるだろうけど、連射は出来ないね。火縄銃的な三段撃ちとかなら行けるかな」
「三段撃ちか〜、良いね。」
「狩りにも使えそうだね。私もワンピースボウを作って貰おうかしら」
「ワンピースボウ?」
「アーチェリーの弓よ。こう見えてもアーチェリー部だったのよ」
ズコッ*
「ほらね」
鎧の真ん中に当たってドヤ顔しながら振り向いても、ぜんぜん反応が薄い。四半刻くらい試し撃ちをしたんだけど、1回1回が面倒臭くて、飽きて来たからボウガンを返した。
と、それを見計らったかの様に作兵衛から声がかかる。
「ご指示のものが出来ました。どうぞ母屋の方にでも」
作兵衛の案内で母屋に向かい、通された部屋でお茶を飲んでいると、
「こちらになります」
フフフフフ、これでどうだ!感動に咽び泣くぞ。
「親子丼!!」
「うんうん、親子丼だよ。しかも、雉の親子丼。ふふふ」
美味しい、美味しいよ姉様!夢中で親子丼頬張る慧仁は、可愛く見えて来た。ハハ。
「美味しいでしょ……でもね、作兵衛に聞いたんだけど、椎茸栽培はしてないんだって?テンプレなのに」
「あっ!」
「えっ?」
「えっ!出来るんですか?」
やっぱりか、椎茸栽培はテンプレじゃないか!
「私は、たぶん慧仁もあやふやな知識しか無いと思うの。だから成功まで時間がか有ると思うわ」
「そうだね、やってみないと出来るかも分からない」
「戦乱の世が続く副因として、小氷河期による慢性的な作物の不作が言われてたわよね」
「うんうん、そんな話を聞いた事がある」
「ひ、姫巫女様……」
「ああ、言継、私も神懸りなのよ、内緒よ」
人差し指を口に持って来て、シーのジェスチャーをする。可愛いだろ。我ながらあざとい。
「な、な、内緒って」
「そんな事はどうでも良いのよ。問題は20年もしない内に起こる大飢饉よ。それまでに食べられる物は何でも作って欲しいの。田んぼの整地に、多分正条植えもするんでしょ、良くやってるわ。だからね、慧仁、もう一踏ん張り頑張って、ガンバ」
「姉様、いくらなんでも丸投げって……頑張るけど」
「まあ、後で知識のすり合わせをしよう、分かった?」
「はい」
「まあ、その前に食べ終えちゃおう、ね」
何か、味しない……。
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