後日談 道具屋の若夫婦

 夕方には「きじとら堂」は開いていた。旅に必要なものを買い揃えたかったのでホッとした。


 カウンターにいるのは、姐さんの母親にあたる大女将さんだ。品物を選んでいると、店の奥から楽しそうな声が聞こえてくる。


「リーファちゃんの好きなところ……存在?」

「ヒューヒュー♪」

「ふわっとし過ぎ!」 

 グルキューンと、祝いというか冷やかしに来た友達らしき女の子たちだ。


「じゃあ、強いていうなら……匂い、かな」

「ちょっ……!」

 リーファ姐さんの真っ赤になって照れる顔が目に浮かぶ。

「ほらね、この人にかかれば私の魔力なんてあっても無くても同じってわけ。……だからこの人がいいの」


 聞くともなしに聞いている。

 魔力があったんだ、あの人。


「シンディはまだ聞いたことなかったっけ。商人としては超お得な能力だよ」

 サリアさんの声だ。

 当のリーファさんが補足する。

「そうでもないのよ。意識して嘘をつかれた場合は嘘だとわかるけど……」


 何だって。姐さんにそんなことが可能だということは……!!

 一緒に暮らしたがる男は滅多にいないってそういうことか。嘘を見抜くのが異様に上手い奥さんというのも嫌な人は嫌だろうな。


「たとえば根も葉もない噂話が回ってきても、話した人が頭から信じているなら魔力だけでは見分けられないの。真偽の怪しい話ってほとんどはそういうのよ」

 

 意図的に発せられた場合のみ、嘘を嘘と見抜く能力。その限界が示されたところで、僕の安心材料には全くならない。


「もちろんお客様に詮索なんてしようとも思わないわ。冒険者なら脛に傷持つ身なんて珍しくないし」


 傷どころか肉片になっても再生する客なら僕しかいないだろう。

 婿さんの嗅覚も要注意だ。タロン村で怪しまれなかったのは運が良かっただけだろう。


 嘘をつく必要が生じる前に店を出るに限る。しかし頭のなかの買い物リストが驚きで吹き飛んでしまった。

 何も買わないでいきなり出ていくのは変に思われそうなので、魔晶石をしこたま買った。亡者には何はなくとも魔力供給だ。


「あら、こんなに沢山。ありがとうございます」

 女将さんのウキウキとした声は、売上のためだけではない。


「お二人の門出を祝って、ですね」

 この道具屋は僕にとって安心できる場所ではなくなった。しかしこの言葉は嘘ではない。


 ローラと僕にも、祝うべき門出の時がいつか来るはずなんだ。

 

 


(了)

 


 

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