第25話 目を逸らしてきた事

「娘をよろしく頼みます!」

 金髪と銀髪の男女が揃って、顔も見えないほど深々と頭を下げている。

 僕の隣ではローラが微笑みながら嬉し涙を拭う。その肩を抱こうとしたとき……。

 義父母となる夫婦が顔を上げた。

 それを見た僕は思わず叫ぶ。


「ふざけろよ! また夢オチかよ!!」


 かたや尼僧院に送られた銀髪の乙女。

 かたやその兄で金髪の美青年。

 成人年齢に達したばかりの双子。

 ローラばかりかどこの花嫁の親夫婦でもあり得ない二人は、これが現実ではないことを絶望的なまでにハッキリ示している。


「まあまあ、私の家族には変わりないじゃないの。仲良くしてよ」

 

 ローラはおおらかというより、僕の苛立ちに共感する気がまったくない様子。

 たしかにラケルが彼女に敵対心を持たない世界というのも好都合だ……間もなくさめる夢に過ぎないという一点を除けば。

 

 気づけば、もう朝になっていた。


  *  *  *


 出勤時に見たところ、きじとら堂は休業している。僕にはどうにもできないことだが、上手くいっていたらいいな。


 所長に報告するため、シンディと僕は相談所の所長室に集まった。ロムさんも来ている。

 旅立つ前と同じように、巨大水槽のようにみえる壁一面の遠魔鏡を通して、水の精の姿をした所長は水中から会話をしている……という設定だ。


「ほう、巻き貝の殻ねえ……」

「私どもの地元では陸貝を食用にするんです。酒蒸しにして食べ終わったのを、ジェイクがこう、スパッ……と真っ二つに。どうです。きれいな断面でしょう」


 そこにノックの音が響いた。

 ドアを開くと、待ち人来たる。

 ミミ族の弓使いグルキューンだ。

 

「みんな! 喜んでくれるかい。竜の頭は婿殿の財産にしていいと、義父さんが言ってくれたよ!」


「やったー!」

「おめでとうございます」 

「お幸せにね」

 皆が口々に祝うなか、彼は辺りを見回しながら部屋に入ってくる。


「あの……所長さんは……」 

「私ですよ。この部屋でいちばん目立つのは私ですから、見ればわかるでしょう」

 目立ちますが、分からないと思います。所長……。

 熊撃ちのグルキューンは簡単な自己紹介をし、竜殺しジェイクの仲間あることを告げた。


「約束のこれを持って来たよ。まだ清めの魔法が効いているけど、夏だし早めに氷魔法をかけたほうが良いね」


 グルキューンが自在箱を開くと、竜の素材が次々に出てくる。

 皮、鱗、牙……そして両の眼球!

 激しく戦って倒した獲物なのに目立った傷みがない。手際良く解体したのが伺える。


「すごいねえ! でも竜の首を見てみたかったなあ」

「それは残念でしたね」

 子供のようにはしゃぐ所長に、狩人は苦笑い。


「竜の頭骨を、この塔の脇の神殿に奉納してあるよ。どこかに飾ってもらえれば、狩人としても道具屋としても宣伝になるし……プロポーズに成功したお礼参りなんだ」


「やっぱり縁結びのお祈りを……ええと、じゃあ、狩人も続けるんですね」

 シンディは、結婚すると生活がどう変わるか……といったことが気になるらしい。


「戦えるうちはね。冒険に出るときのほかは店を手伝うし、ゆくゆくはリーファと一緒に店を継いでいこうと思ってるんだ」


「では、きじとら堂も安泰ですね」

 とロムさん。


 道具屋の姐さんは一緒に暮らす人を見つけた。あの晩は何を憂いていたのだろう。


  *  *  *


 所長はグルキューンに謝礼を、僕たちに報酬をくれた。

 シンディは素材に氷魔法をかける作業のために部屋に残り、クビにならずに済んだロムさんは魔人狩り更生施設に戻ってゆく。


 僕はやっと、相談室のみんなに魔眼封じの眼鏡を必要とする人のことを打ち明けることができた。

 メリッサたちのことを是非とも助けてたいと言ってくれた。


「腕に捻をかけなくちゃね。で、工賃は誰が払ってくれるの?」

 と、魔法道具職人のサリアさん。


「だってそうでしょ。相談所は分割払いに対応しているといっても。

 魔眼をもつ本人はまだ幼い子供。姉妹で一文無し同然で逃げてきて、姉は宿屋に住み込みで働きながら、目の見えない妹を養っている……そんな人たちから月々いくら貰えると思う?」


 サリアさんは金色に脱色した髪をかきあげながら何やらメモしている。


「素材の質にもよるけど、魔眼封じの眼鏡の相場はこれね。しばらく貴方が建て替えてくれるっていうなら、安心して製作に集中できるんだけど…… はいこれ。月払いで一年かける場合で計算したよ」


 メモの内容は、恐ろしくて直視できない数字の金額だった。


「いっそ貴方と姉妹のお姉さんのほうも、結婚でもすれば話は早いですが」

 セロさんは眼鏡の中心を中指で押し上げた。


「何言ってるの! この人は記憶を失っているんだよ。恋人でもいたらどうなるのよ」


「ええ……そのためにも、手掛かりのありそうな場所を訪ねてみたいのです」


 僕はドナ室長に、有給休暇の話をした。

 所長からの報酬で、最も僕が必要とするものだ。

 室長は穏やかに答えた。


「貴方を紹介された時から、いつかそういう時が来ると思っていました。遠慮なく行ってらっしゃい。

 ただし、有給休暇を終えても帰ってこない場合は日数に応じて減給します」


 ローラ、君さえいればほかに何も要らないのに、どうしてこの世はこんなに厳しいのかな。

 望みを叶えるにはここで頑張るだけでは足りないのだと、改めて思う。


 僕の目指す場所に君がいればいいのだが!



(了)


(「君が僕と果てるまで」第2部へ続く)


 




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