第23話 好きに理由は

 食堂に着くのは僕たちのほうが先だった。ジェイク一行を待つ間に、何故かグルキューンに気に入られたことを皆に知らせた。

 これで彼と道具屋の姐さんとの結婚が成立すれば、分け前もぐっと良くなる。

 具体的には、竜の眼玉に手が届く。

 

「結局ぅ、まわりまわって穿月塔に戻っちゃいましたねぇ。でも何もしなかったらぜぇんぶ売約済みになって、何も得られなかったところですよねぇ」

 とシンディ。


「気に入られたのは結構ですが、まだ安心できませんよ。リーファさんは一人娘だし、道具屋の一家に必要なのは、華々しい武勇伝より働き手なんですからね」


「そうかな? グルキューン様とご縁ができれば、きじとら堂の人気が上がって繁盛するぞ。お前、よくやったじゃないか」


 ロムさんの意見のほうが、贔屓目に見ているラケルよりも現実味がある。

 誰も口に出さないが、冒険者とは世の親たちにとって娘の結婚相手に勧めたい生業とは言い難い。冒険者界隈では同じパーティーのカップルは珍しくないらしいが。


 当然ながら、グルキューンの求婚の成否で竜の眼玉の行方は大きく変わる。

 馴染みの店の幸せお裾分け価格か、他のどこかで売主の傷心を癒す対価を要求されるか。

 職場からの報酬もこの成果にかかっている。最大7日間の休暇を一日たりとも減らしたくない。


「本人同士の恋でしかあり得ない組み合わせですよねぇ。もし道具屋夫妻に反対されたらぁ……駆け落ちの手助けをする代わりに竜の頭を頂いちゃいましょう♪」


 シンディは楽しそうだ。しかし僕は丸く収まらなくては気まずい。きじとら堂の隣に住んでいるのだ。

「あの野郎をけしかけたも同然のお前に売る魔晶石はねえ!」

となんて、まさか言わないだろうけど。


 東都の自宅で壁越しに漏れ聞こえた、娘の言葉を思い出したが、言わないことにした。


  *  *  *

 

 やがて約束どおりにジェイクたちが合流した。

 酒が進んで用件にとどまらない雑談に興じるうちに、グルキューンの不思議な思いつきの理由も分かった。


「オレの地元に、結婚の神がそばにいると浮気者にバチが当たる……っていう言い伝えがあるんだ。そこから、独り身の男友達なんかがわざと転んだりして、バチが当たったフリをして、結婚する二人を神が見守っていることにする。そうやって幸せを祈るおまじないなんだ」


「へぇ。モローさんがそんなことをぉ? どうやって知ったんです?」


「さあ……それは覚えてないんだ。思えば、グルキューンさんの故郷のことだったとは凄い偶然ですね!」


「あら、独身男だけなの? 私たちもずいぶんダンジョンの中ではこけつまろびつしたわよね」


 ジェイクの仲間の女魔術師は、結果として話題を僕から逸らした。よし、誤魔化せたぞ。


「ラケル君とおれもさっきの試合では、なあ」


「それはどう考えてもフリでもバチでもないでしょ。オレも何度か足を滑らせそうになったし」


「世知辛いことを言えば、フリと分かっていても浮気者と言われて比較的困らないのは独身の男、ということでしょうな」


 仲間の僧侶の言葉に、まあそうかもね、とグルキューンは答え、それから一同に語りかけた。


「……でも、皆のおかげで……ジェイクの竜退治に同行させてもらって、熊撃ちの称号まで……。幸せになる力を皆からもらってるよ」


 どうか末長く幸せになってほしい。

 僕の報酬のためにも。


 話題はジェイクの今後のことへと移った。


「おれは西都へ行くんだ。白岩城主に竜の子を献上し、ゆくゆくは竜騎士や剣の指南役を目指す」


「竜の子はいずれジェイク様か、そのお弟子さんを乗せることになるのですね」


 ラケルはキラキラした目で言うが、竜の子にとってジェイクは親の仇だ。


「それって……そんなことは……。子供が親のことを覚えていたら……逆らったりして危険ではありませんか」


 僕は狩られる動物や家畜を可哀想がるような優しい心を持っていない。いまも右手に骨付き肉を握っている。

 しかしその竜の子供のことは妙に憐れに感じた。思わず声に出てしまったが、咄嗟にジェイクを案じるふうに直した。

 ジェイクは真摯な眼差しで答えてくれた。


「ああ、そうだな……。竜は高度な知性をもつ生物だ。人間とはどんな存在か、彼らなりに見ている。接し方を誤れば……やがて成熟するころ、人類を憎むべき敵、または捕食対象と結論づける恐れも当然ある。

 それに備えて手をうつのも竜殺しの役目だ。しかし、竜が大人になるころ俺は老いている。

 俺自身の剣の腕を磨き続けるだけでなく、次世代の竜殺しを育てなくてはならない。

 ……殺すためではなく竜を従えるために、しかし必要とあらば竜を倒せる戦士を」


「ラケル君はどうだい。なかなか見所があるんじゃないか」


 本気かロムさん。いや、本気でもおかしくないのだ。ラケルなら強いうえに伸び代も大いにある。


「いいねえ。おれの弟子にならないか?」


 話がとんとん拍子に進みすぎる! もしかすると、さっきの「粋な計らい」自体が弟子探しの一環だったのかもしれない。


「そのお言葉ほど嬉しいものはありません」


 ラケルの横顔は言葉と裏腹に憂いに満ちている。


「しかし……私にとって本当に立ち向かうべきものとは何か、考えておりました……。

 その答えは出ております。


 貴方さまと竜の子とともに暮らしながら、剣の教えを受けられたらどんなに良いでしょう……それでも……」


 ラケルは一瞬上を向いた。目元に光るものがあった。


「私は北都へ戻らねばなりません」


 ええぇ?!

 僕の休暇……ローラ……!

 この仕事を終えたら二度と会わない、と意見が合ったばかりなのに……!

 もちろん僕も北部行きをやめる気はない。

 面倒でもこの男を避けるだけだ。


「そうか。君の戦いの健闘を祈るよ。決着がついたときに気持ちが変わっていなければ、いつでも来てくれ。ライバルも増えているだろうけどね」


 ジェイクは少しだけ寂しげに、しかし爽やかに微笑んだ。


 戸口に現れた男がいる。

「スヴェン……!」

 ロムさんの声に緊張感がある。


「邪魔したな、皆。ジェイク……ネリーに会うならこれを渡してほしい。出世祝いと……謝罪のしるしに」

 ジェイクが受け取ったのは酒瓶だ。


「スヴェンさん」

 声を上げたのはシンディだ。

「エイラさんのことも……どうか忘れないでください」

 

 ジェイクは魔術師の少女を物問いたげに見ている。


「貴方がたのお友達と同じ方かどうかわかりませんが……。捨て子同然の私を、拾ってくださった女性の名前もエイラと申します」

 

「忘れはしないさ……会えたら今の村の話をするよ」


 ジェイクの言葉にスヴェンも頷く。会えるかどうかがいちばん不確かなのだろうが、これはたぶん、竜殺しの願いだ。



(続く)


  

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る