第22話 番狂わせ(ただし場外で)

 豊猟祈願の神前試合に竜殺しジェイクが出場する。この情報は僕たちが広場に着くころには知れ渡っていたらしく、人だかりがもう出来ていた。

 しかし、ジェイクを先頭に歩くそばから人混みが左右に分かれて通してくれる。


 広場に着くと、この中で戦ってくださいというように魔力による結界が張られ、その外側に目隠しをした巫女がいる。

「祈りの歌を歌う巫女は試合を見ることが出来ぬのじゃ」

 と神官長。

 勝負の行方を見て歌の終わりをずらすことがないように、とのこと。

 

 夏の朝とはいえ東都より涼しいが、眩しいほどの晴天だ。

 その場を離れる前にロムさんに告げる。


「高山の気候にはどうも不慣れで、頭が痛くなって来たので日陰で休んでおります」

 それをジェイクの連れの僧侶に聞かれた。

「回復魔法で治して差し上げようか」

「お構いなく。試合後にとっておいたほうが良いでしょう。では……ラケル、派手にやってこいよ」

 

 しばらく歩いて振り返っても人々の背中しか見えない。

 べつにあいつを応援したくはないが、憧れの人に翻弄されるところは見たかった。

 

 アーーーアアアーエーーー

 

 発声練習みたいな声が聞こえたと思うと、急に全身が重たくなった。

 聖なる祈りの歌はもう始まっているのだ。

 つまり試合も。


 カッ!

 

 広場では木剣がぶつかり合う最初の音。

 できれば歌を聞かなくて済み、でも試合の音が少しは聞こえる場所を探したかった。

 そんな都合良い場所は見つからない。

 せめて調伏される亡者さながらに苦しむ姿を見られなくて済むように……。


 茂みに隠れ、いつも奥歯の脇に入れている魔晶石を取り替えたらだいぶ楽になった。

 でもこのペースで石を消費するのは先々を考えると心細い。

(見られない試合なんか早く終われ)


 ガッ、ガッ、ガッ、ガッ、ガッ


「どうした! 余所者は見た目ばっかりか!」

 誰かが野次を飛ばす。

「うるさい!」

「黙って見てな!」

 言い返す何割かは女の子だ。シンディだけではない。

 

 冷静に考えれば、竜殺しに負けても恥にはならないし報酬が減らされる訳でもない。

 でもやっぱり少しは対戦相手や観衆の目にものを見せてほしい。

 これは応援ではない。仲間が舐められるのは嫌なだけだ。いや仲間じゃないし……。


「あれ、こんなところにいたんだ」

 びっくりした。慌てて立ち上がると、声をかけてきたのはグルキューンだ。

「そちらこそ……」

 試合を見なくていいのかと聞こうとしたが上手く口が回らない。彼の近づいてきた時も気づかなかったし、僕は祈りの歌のせいかどうも調子が出ない。


「オレは神職の人に預けていた物を引き取りに行ってたんだ。試合は見たいけど、時間も押しているしね」


 彼は聞かれもしないのに大事な荷物の包みを解いた。


「ほら、これだよ。清めてもらった竜の頭」


 竜と目が合った。

 首だけになった死骸の一部とは思えないほどの迫力に、僕は……。

 よろけて、転んだ。

 

「えっ……キミ……おいおい、本当かよ」

 

 弓の名手に不審がられてしまった!

 じつのところ僕が転んだ原因は竜ではなく、清めの力にある。亡者であることがバレたかもしれない。

 

 狩られる。

 と思いきや……。


「気に入ったよ。結婚を認められたら、竜の眼玉を格安で譲るようにリーファ達に頼んでおこう」


 何故!?

 脈絡がなさすぎて喜べない。次の瞬間にはまた理由も分からず撤回されるかもしれないのだ。


「東都に住んでいながら故郷の神にしか祈らないなんて、キミのことをとんだ頑固者だと思っていたのに、まさか、なあ」


 全くもって意味が分からない。おかしいのは僕か? 頭の中身まで弱体化してしまったのか?


「よく知っていたね、オレの地元のおまじないを。放浪のすえに故郷を遠く離れた家に婿入りするから、オレのためにしてくれる人はいないと思っていたよ」


 どうやら、彼は僕が転んだのを幸運を呼ぶおまじないの類だと思っているのか。そういうことにしておこう。

 けど、真相を確かめるわけにいかないのは歯痒いな。

 

 道具屋の婿になる予定の若者は白い歯の見えるほどの笑顔で言った。


「日陰でも試合がよく見える場所があるんだ。キミも良かったら一緒に観よう。まだ続いていれば、だけど」


 祈りの歌も強い日差しもイヤだが、断れば偶然に整った巡り合わせが壊れそうな気がする。がんばれ僕の魔晶石。

 重い荷物で足取り軽く歩くミミ族の男のあとを、どうにかついてゆく。

 

 祈りの歌声はより大きく聞こえ、広場の中心を向いて群れなす背中が見えてきた。

 試合はまだ続いている。

 「ここだよ」と言われたところで背伸びして人の輪の中に目を向けると、


 カン!

 

 ちょうど木剣の打ち合う小気味良い音が響いた。

 百戦錬磨の竜殺しジェイクの得物が持ち主の意に沿わず小さく弧を描く。その衝撃で倒れたが、うまく受け身をとったように見えた。

 この一撃に全力を注いだ若き剣士ラケルもよろけて膝を地につくが、得物を支えに上体を起こした。


(これでラケルの勝ちだ! 勝利を決める一撃を目撃したんだ!)


 ジェイクはラケルの肩に手をついて、よろりと立ち上がる。金髪よりも白髪混じりの焦茶の髪が少し上になった。


 その瞬間、鈴が鳴った。


「勝者、タロン村の竜殺しジェイク!」


 審判が厳かに告げる。

 耳を疑ったが、理由はすぐに明らかになった。

 僕たちのいる位置から見えづらい角度だったが、ジェイクの片手は木剣から離れなかったのだ!


 敗者がようやく立ち上がると、二人の戦士は抱きしめ合って健闘を讃えた。


「さすがジェイクだ!」

「金髪の兄ちゃんも、よくやった!」

 良い勝負だったらしく、観衆の雰囲気も明るい。途中をまともに見ていなかったのが少しだけ寂しくなる。


 神官たちが広場を去ると、入れ替わるように観衆がなだれ込む。

 試合の勝者の竜殺しジェイクも、熊撃ちグルキューンもファンに取り巻かれ、揉みくちゃにされて思うように動けなくなった。


 人波に押されて広場の隅へ追いやられる僕たちに、

「また昼飯時に!」

とジェイクが手を振る。

 敗者のラケルも女の子たちに囲まれていたが、うまくかわして僕らに追いついた。


「あと一歩……でしたね」

 シンディがラケルに声をかけると、彼は晴れやかな顔をして答えた。


「いや……竜一頭ぶんの差だよ」




(続く)



 

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