第21話 朗報(ただし僕にではない)
「おかえりなさい、□□□」
「久しぶり」
「おめでとう」
「おめでとう」
「ありがとう、みんな。ただいま」
生まれた街の風景が、こんなにも穏やかな光に包まれたことがあっただろうか。
再び笑い合うことなどないと思っていた、懐かしい人たち。
ついてくるローラも皆に歓迎されている。
母さんもきっと喜ぶ。どこかの煙突の煙にかすむ、あの路地に入ってしばらく行けば……
「ローラ、もうすぐ僕の……」
すべてがぼやけて目が覚めてしまった。
あれは夢でしかありえない光景だ。
涙にぼやけた現実の視界にあるものは、ロムさんの薄くなりかけた後頭部だった。
* * *
昼には昨日と同じ食堂で、竜の素材の件で返事を聞くためにジェイク一行と落ちあう約束だ。
その時まで、泊めてもらった礼に今朝から庭仕事などを手伝って過ごす。
トマトが瑞々しく実っている。
「おーい!」
道を駆けてきたのは弓使いのグルキューンだ。
「どうしました!? 竜のことで何か?」
来訪者はしばらく息を切らしていて、やっと落ち着くと話しだした。
「出かける前で良かった。竜とは別のことだ。詳しい話はジェイクが追いついてから聞いてほしい」
ジェイクの怪我が治りきらないとはいえ、使いを先に寄越すほど急ぐ用とは?
ラケル、シンディは呼ぶまでもなくこちらに向かってきた。僕は屋内へロムさんを呼びにゆく。
親戚のおばさんと何か話している。
「もしかして、竜殺しの一行はどこかに財宝でも隠してるんじゃないかしら。あんた、それとなく聞いてみてくれない?」
冗談か本気か、そう言われるのを聞いてしまった。無沙汰にしていた理由を垣間見た気がする。
ロムさんと、好奇心に駆られてついてきた親戚一家を連れて庭に戻ると、ジェイクたちも来ていた。
神官長も一緒だ。なるほど、後続はこの人の歩調に合わせたか。
「今朝摘みたてです。どうぞ」
おばさんがすすめると、皆で摘んだトマトの籠に客人たちが手を伸ばし、喉を潤した。
竜殺しジェイクが、片膝をさすりながら話しを始めた。
「この村にはもう一つ古式ゆかしい仕来りがあってね。
戦利品を持ち帰らなかった戦士の手柄を証言によって認めるとき、神の御前で試合をするんだ。
証言者の代表はラケルくん、証言を聞いた者を代表するのは私、武器は木剣で、一対一の勝負はどうかね?」
降って湧いたようにラケルの願いは叶った。本人はまるで自分の心を読む天使でも目撃したみたいに呆気にとられている。
「覚えてないのかい? 昨日、ジェイクの熱い一撃を受けてみたいって言ってたぞ」
初耳だ。もしかして昨日僕が魔晶石の交換のために会食の席を外したとき、ラケルはそこそこ酔いが回っていたが、そのときだろうか。
「ありがたき幸せ……! では……勝負に何を賭ければ宜しいのでしょうか? グルキューン様のお手柄を証明したいのはお互いに同じでしょう」
答えたのは神官長だ。
「良い質問じゃの。
この際はグルキューンの熊撃ちにちなんで、害獣避けと豊猟を祈願する。
賭けではなく、神様を楽しませ、加護を願うと同時に未来を占うのじゃ。
ジェイクが勝てばこの村で腕の良い狩人が育つ。お前さんが勝てば遠方から訪れる……ということでどうか。どちらも本気でやらねば意味はないぞ」
「全力を尽くします!」
ラケルはすっかり乗り気だ。一見良いことのようだが、熊撃ちの手柄だの証言だのは決着した話ではなかったのか?
「まさか、負けたら敗訴のやつ……?」
「神明裁判ですか。昔はそれもあったようですが、今は大丈夫でしょう」
ロムさんに耳打ちしておいて何だが、最後の口減らし世代に今は大丈夫と言われても。
「そうさせないために、豊猟祈願という名目があるのさ」
グルキューンには聞こえていた。さすがミミ族の狩の名手だ。
「キミは兎のように用心深いね。いいことだ。でもこれは粋な計らいってやつさ。ジェイクは人気者だから、こうしたことには理由が要るんだ。安心しろ。どちらが勝とうと今さら報酬にアヤをつけないって、村長から言質も取ってある」
神官長の説明によるとルールが3つある。
・試合は祠の前の広場で行う。
・木剣を両手から離すか折られた者は負け。
・時間切れとなったら、その瞬間に相手よりも頭が上にある者が勝ち。
3つめのルールが背の低い男としてはほんの少し引っかかるが、もちろん身長差ではなく相手を組伏せたり転ばせたりした方が有利という意味だ。
「試合の時間は、巫女が祈りの歌を歌い始めてから、歌い終えて鈴を鳴らすまでじゃ」
拙いな。祈りの歌なんてものを僕が聞いたらどうなるんだ?
以前リデル様の詠唱を側で聞いても平気だったが、そのときはラケル一人に向けた神聖魔法で僕は対象外だった。
今度は状況がちがう。
「武者震いですか。何なら出場しては如何ですか。拙僧がお相手しましょう」
「いえ、彼は……宗教上の理由で……」
亡者の弱点である聖なる力の波状攻撃をラケルが阻止してくれた。もっともらしい補足説明は僕がしなくてはならない。
「僕は、故郷の森の女神から絶大なるご加護を受ける代わりに、他の神の加護を祈らないと誓ったのです」
ずいぶん面倒な誓いを立てたな、と呆れられたが気にしない。
試合を見たいのは山々だが諦めて、広場から少し離れた所で歌が止むのを待つしかなさそうだ。
こうしてラケル対ジェイクにおちついた。
広場への道すがら、ジェイクは祈りの歌の不思議な響きの話をしてくれた。
僕が生きている人間なら、どれだけ風変わりなのか聞いてみたいところだ。
「歌詞も調べもたいへん古風で、この村で育ったおれにも聞き慣れないものだ。練習を重ねた巫女や神官ならべつだろうがね。
だからリズムに乗るとか、まして歌い終わりを見計らうことはおれにも出来ない。
ラケルくん、きみはなおさら調子が狂うかもしれないが、我慢してくれ。要は怪我人扱いするな、ってことだ」
「これこれ、調子が狂うとは何じゃ。由緒正しき歌を若い衆にも知ってもらわねばならんのに……」
(続く)
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