第20話 竜をめぐる大人の事情

 ジェイクはロムさんのみならず僕たちも、冒険仲間と一緒に食堂に連れて行ってくれた。

 僕たちは、ロム氏のおかげでお目に掛かれて光栄ですとか一通りの挨拶を述べ、ラケルがジェイクに憧れていることもバレた。


 互いに酔っ払ってしまうまえにロムさんは本題に入った。

「ここまで来た理由が仕事なのは、お前も察している通りさ。東部や北部で『魔人狩り』とか、魔力をめぐる厄介事がしばしば起こることは知っているだろう。それに巻き込まれた人々を助ける仕事を、後輩の彼らとオレはしているんだ」


「同じ職場なんだね」


「いまは違うんだ。おれは魔人狩り更生施設にいる」


「僕はロムさんの前の職場、魔人相談所に」


「魔力を持つ者にも助けは要るが、魔人狩りをせざるを得なかった人々にもやり直す機会が必要だ。

 誓っていうが、おれは魔力を持つ者を憎んだことはない。しかし、奴らが危険な魔力から人々を守るなんて建前を振りかざしたのも昔のことで、いまは食いつめた強盗まがいなのがほとんどだ。

 崖から落ちても命拾いしたのを良いことに故郷を逃げ出して十余年、一歩間違えばおれも同じ過ちを犯したかもしれないと思えてならないんだ……。

 こんなおれに突然押しかけられて驚いただろう」


「何を言うんだ。おまえは私の誇るべき友だよ。

 私が本当に打ち破りたかったものは、竜ではない。貧しさと、人の愚かさだ。

 ロム、おまえは私が本当に立ち向かいたかったものと、いまも戦い続けているのだな」


 ロムさんはどんなに嬉しかっただろう。

 それに、この流れなら強化素材がガッポリ手に入ること間違いなしじゃないか?

 僕は口元が欲深そうにニヤつきそうになるのを堪えながら話を切り出した。


「竜の素材があれば強力な魔道具を作れます。魔眼を持て余す幼い女の子と、その家族を救いたいのです。もちろん魔力が暴発した場合の被害を防ぐことにもなります」


「それはどんな魔力だね」

「石化の魔眼です」

 当然の疑問に正直に答えたまでのことだ。エレンとメリッサ姉妹にも、助けを求めるために必要な場合は隠さないと告げてある。けれど汗が引っ込むような気分だ。


「魔人狩りを逃れ、東都をめざして二人きりで旅をしてきた姉妹で、妹はまだ子供です。命をかけて健気に支え合う彼女らの、優しい人柄を知れば……」


 言葉を費やすほど自信がなくなってゆく。僕なんかよりずっと、助けた人も果たせなかった約束も多いだろう英雄たち……とくに、ロムさんから聞いた山行きの苦難をもっと長く深く味わわされたジェイクを、同情で動かせるか?


 僕は姉妹の魔力のことをラケルやシンディにも秘密にしていたことを少し後悔した。とくにラケルは、常に目隠しをしていたメリッサのことだといま察したのではないか。


 とつぜん厨房の鍋から火柱が上がり、煤けた壁が照らし出された。

「うおっ、びっくりした!」

 驚く顔までも綺麗なラケル。認めるのは癪だが、さすがローラの弟だ。ジェイクが教えてくれた。

「陸貝の酒蒸しだ。ここの郷土料理だよ。ああやって毒を抜くんだ」


 あの炎を見て思いついた。


「ネリー女史のお母さまが人目を避けてたった一人で出産したときのように、魔力によって人を害することを怖れ、恐るべき魔力を知られることを怖れています。眼隠しを外すことも許されない有り様です」


「うむ……ロムの後輩の頼みだしなあ……。しかし、素材の分配は竜の討伐に参加した者と出資者が優先だ」


 うん……そうなるよな。


「とくに、ミミ族の弓使いのグルキューン。竜の眉間を射抜く一矢はそれはもう見事だったぞ。彼が好機を作ってくれたんだ。末頼もしい若者だ。手柄を示すのに相応しいものを持たせてやりたい」

 

 さっき倒したいのは竜ではないと言ったくせに、勝負好きの冒険者の顔でジェイク氏は語る。

 グルキューンは照れ臭そうに口を開く。


「オレは……東都で待っている恋人の家を訪ねて、結婚を申し込むんだ……。だから竜の素材を手土産にしたいんだ。

 彼女は東都で代々続く道具屋の娘なんだ。親御さんも贈り物の値打ちを必ず分かってくれる。けれど……冒険者には近くて遠いのが馴染みの道具屋さ」


 至極まっとうな望みだが、羨ましくて腹が立ってきた。世の中には恋人も親もいない奴が五万といるんだぞ! 何が手土産だ。反対されたら駆け落ちでも何でもしやがれ!

 ……というわけにもいかないか。


「きみたちはどの部位が望みなんだい? 先約に差し障らなければ良いんだけど……」


「僕たちが手に入れたいのは、眼球です。魔眼封じのために」


「そうきたか……オレが欲しいのは竜の頭なんだ! 証言してもらった恩はあるが……ほかの部位はもう……オレたちの取り分だけじゃない。竜を倒しに旅立つより前から、もし倒せたら皮を肉をと約束の上で出資してくれた人も何人もいるんだ。正直な話、いま聞いてハイどうぞと答えられるのは、脇腹の鱗と内臓くらいさ」


 嬉しくない返答だが、この程度のことは予想がついていた。もしかしたら、この狩人も竜の頭をもらう約束で竜殺しに同行したのかもしれない。

 

「もらえる物をもらって東都に帰るだけでもぉ、まあ上等ですよね……」

 シンディがつぶやく。メリッサのことがなければ僕も同感だが……。


「東都の道具屋さんねえ……名前を教えてくれませんか」

 ロムさんはまさか、道具屋から竜の素材を買取るつもりなのか。たとえ可能でも痛い出費になりそうだが、報酬額を上回ったらどうする気だ? クビを免れるには鱗と臓物では不足なのだろうか。


「きじとら堂のリーファちゃんだよ」


 グルキューンの答えは、僕たちの皆が知っている店じゃないか。


「きみたちには彼も世話になった。眼球は難しいかもしいが、なるべく良いものをあげたい。返事は明日でも良いかな?」 


 ジェイクの言葉は僕たちへの大きな配慮であり、彼らのもともとの予定を譲歩するものだ。これ以上の要求は誰にも出来なかった。


 上司に報告する都合、会談した証となるものが要るとジェイクに打ち明けると、彼は食べ終わった陸貝の殻を一つ手に取った。

「じゃあ、これにしよう。ちょっと離れてくれ」

 竜殺しを中心に空白ができると、貝殻を放り上げる。白刃一閃、巻き貝の殻は真っ二つ。

「すごい……! 見ろよ。殻の中までも崩さない、キレイな切り口!」

「更生施設と、相談所だったか。片方ずつ持ってゆくといい」

「ありがとうございます!」

 貝殻を拾ったラケルの手には、ロムさんと僕がそれぞれ受け取ると何も残らないのだった。

 

 店を出たときはすっかり日が傾いていた。

 ロムさんは少し渋ってから、宿泊先として生家に頼ろうと言ってくれた。いま住んでいる親戚とはほとんど面識がないという。

 ジェイクは共通の知り合いなので一緒に来てくれて、おかげで空いている離れに泊まれることになった。

 竜殺しは仲間と同じ宿泊先に帰ってゆく。

「ラケルさん……」

 シンディが小声で気遣わしげに呼びかけた。そういえば、このひとときは手合わせを申し込むチャンスだったのに!

「いや、いいんだ……」

 ラケルが竜殺しを見つめたまま答えた。

 本心だろうか?

 まあ僕にはどうでもいいことだ。


「本当に戦いたいもの……か」

 と、英雄の背につぶやいたように聞こえた。




(続く)








 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る