第18話 神事

 険しい崖に囲まれたタロン村の道はあまり見通しがよくない。


 しかし僕たちが村に着いたときとべつの、白竜山側の出入口に近いという祠に向かって歩くうちにいくぶん開けたところに出た。


 夏らしく緑深い山々の連なるなか、ひときわ高く姿のよい峰が見える。その巨大さに距離感を見失いそうだ。

 どこかの羊飼いが角笛を吹くのが風に乗って聞こえたような気がする。


「みなさん、あれが白竜山です! 冬には真っ白になるんですよ」

 ロムさんはまるで旅行者を案内するみたいに明るく話す。ジェイクから聞いたかもしれませんが、とグルキューンに付け加えた。

「山頂から少し下ったところに抉れたような形のところがありますね。あの場所に、春には雪が残って、白い竜の飛んでゆくような形になるんです」


 その雪が春分を過ぎても残るとき、口減らしが行われてきたという。因縁の場所だが、景色は爽やかだ。ロムさんの一見陽気なふるまいに、少しは心からの喜びが含まれていればいいのだが……。


「祠はこちらです」

 遠景から近くに視点を移せば、そこに小さな祠がある。

 ちょうど先客の旅人が出てきて、白い服の村娘が見送っていた。


 彼女が挨拶すると、スヴェン氏は二言三言話してロムさんを引き合わせた。

 亡者の僕が中に入るのはさすがにまずいだろうが、狭いのでそうしなくて済みそうだ。

村娘とロムさんに、シンディがついてゆく。

 残りは外で待つことにした。


「ジェイクは口減らしをやめる約束を求めている。神事のやり方も変えることになるから、村の神官長も同席しているんだ」

 グルキューンはラケルと僕に説明した。


 やがて村娘だけ小走りに祠から出てきた。そして祠の隣の建物に入ると、同様に白い服の、祖母くらいな年の女性を連れてきて祠に戻った。 

 儀式のやり方の不明なところを聞きに行ったのだろうか。


「もともと何十年に一度のことだ。……そうでしょう、スヴェンさん。

 だからこそ遠い将来まで、村がある限り残るような約束の証が必要なんだ」

 弓使いの話は、ジェイクが村長や神官長に主張していることと多分同じだ。

 

「……口減らしなんてものを喜んでやる者はおらん。やめろと今いうのは簡単だ。しかし、いずれ竜殺しは村を発つし、金鉱は掘り尽くされる」


 結局、村長代理はジェイクたちの主張に賛成なのか反対なのか? 首を斜めにふるような話は苦手だ。とはいえ理想と現実に壁があるのは、話し合うのが誰でも変わらない。

 

 僕はじつのところ村の未来にさほど関心がない。住民を露骨に見捨てるような村なんて。けれど、あわよくばロムさんの加勢でジェイクの主張が通った形になれば、竜の素材の調達に好都合だ。


「お前さんも元鉱夫なら分かるだろう」

 いきなりスヴェン氏に話を振られた。

「えっ、僕ですか」

「違ったか」

「記憶がないので何とも」

 僕は小柄で肌が白いわりに筋肉質なので、狭く日の当たらない所で力仕事をしていたように見える自覚はある。鉱山街カサンドラの出身らしいことにも符合する。

 もしかすると本当に鉱夫だった時期があるのかもしれない。


「無くせるといいですね、口減らし」

「ああ。賑わっているうちに、村を豊かにする仕組みを作らねば、その約束も守れねえ」

 スヴェン氏にはその気持ちはあるようだ。村長もそうだと良いな。

 ロムさんがジェイクに再会してから村の偉い人たちが説得されてくれたらもっと良い。


 ロムさんとシンディが祠から出てくる。いよいよこれからジェイクに会うのだ。


「うわ。どうしよう。何て挨拶すればいいんだろう?!」

 ラケルはそばかすが見えないくらい頬を染めてはしゃいでいる。

「リデル姫のことばかり思っていたくせに」

「本当にね」

 シンディの密かな呟きに頷きはしたが、僕はあることを思い出していた。


 ゆうべ僕が眠ったふりをしていたとき、ラケルがかすかな声で何か言っていたが、あれはもしかしてジェイクと話す練習だったのか……!


 ジェイクへの憧れも、リデル様との絆と同じようにラケルにとって真実なのではないか。竜殺しともなれば、それ以前から冒険譚の噂が伝わっていても不思議ではない。

 

 村長の館に着くと、熊撃ちの狩人グルキューンが意気揚々と応接室の扉を開けた。

 ジェイクたちと村長が会談している部屋だ。


「良い知らせだ!

 巨大熊を倒したし、証人もいる。

 しかも、その旅の仲間はなんとジェイクの幼馴染だ! 生きていたんだよ!」

 

「なんだって! もしかして……」

 部屋の中からシブい声がした。この人がジェイクか。

「もしかして、エイラなのか?!」

 

「誰だよ」

 ラケルがつぶやく。僕は覚えがあるような気がしているが、そんなことよりロムさんの精神状態は?!

 いっそ忘れられていれば……なんて会えるかどうか分からないときの考えだろう。対面してガッカリされたら立場がない。向こうが立派なぶん心理的にきついぞ。

 

「いや、べつの人だ。ジェイクと同い年くらいの男性だよ」

 グルキューンがきまりわるそうに現実を教えた。

 

 ロムさんの背中に僕は願う。

 心折れずに竜殺しと顔を合わせてくれ!

 なだめすかしてここまで案内してもらうのは楽じゃなかった! おじさんたちよ、どうか僕たちの労力を骨折り損にしないでくれ!


「残念ながら、おれだよ。ジェイク、久しぶり!」

「ロム!」


 ああ良かった! 

 ジェイクはロムさんを覚えていた。

「ジェイク……山ではなんの役にも立てなくて、申し訳ない」

「残念なものかよ。ロム、探せなくてすまなかった! 元気そうで何よりだよ!」

 

 天災と因習に引き離され、英雄と凡人の立場に隔てられたかに見えた幼馴染の二人はいま、晴れやかに再会を喜んでいる。



(続く)

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