第17話 ロム先輩、帰る
「いい思い出ばかりではないが、やっぱり懐かしいものだなあ、地元というのは」
ロムさんは目を細めた。
この世界で陸上の人類は、大まかにいえば4種類に分けられる。
屈強なツノ族、俊敏なミミ族、魔力に優れた者が多いキバ族、そしてそれらの混血。
いまの時代は異なる種族と交わって世代を重ね、目立った牙も耳も角も持たない「第四の人種」と呼ばれる者が最も多い。
それはある程度大きな街の庶民に見られる傾向だという。
僕も第四の人種だ。
タロン村にはミミ族とツノ族、または両者の血を引く者が多いそうだ。
「私は純粋なツノ族ではありませんが、じつはツノが生えているんですよ」
とロムさんは語る。
かのネリーは父親がキバ族だったらしい。
山間の質素な村が、きゅうに冒険者や商人で賑わいだした……それがタロン村の印象だ。
通りをゆく村人が背負い袋を膨らませた旅人を見る目から、よそ者に慣れていない地域らしいことが伺える。
若者だけを比べるなら、もしかして村人より冒険者のほうが多いのではないだろうか。
店も少ないようだ。
宿屋や料理屋の仕入れは間に合うだろうか? そろそろ肉のある食事にありつけるかと期待していたのだが。
どこかの冒険者が、合流した仲間と嬉しそうに話しながら通り過ぎる。
「鹿の肉を買い取ってもらえたよ!」
「やった! 今夜は飲むぞ」
人が増えれば金が回るのだな、と思った。
僕たちは竜殺しジェイクの仲間と合流できたから、幸い、ジェイクにはきっと会える。問題は交渉の行方だ。
「みんな一休みしたいところすまないが、さっそく報告に行きたい。村長の依頼と言ったが、村長はジェイクと会談しているんだ。まず、村長代理のスヴェンという男に取り次いでもらおう」
グルキューンの口からどこかで聞いた名が出てきた。シンディが一瞬眉をひそめたように見えた。
「おい、どういうことだ!?」
テオの連れが激昂した。
「熊退治にジェイクも出ていれば、もっと早く倒せたんじゃないのか?」
彼には亡き仲間と違ってジェイク一行への憧れがないらしく、厳しく非難した。
グルキューンは悲しげに、しかし穏やかに答える。
「それは無理だ。ジェイクは負傷して村長の館で療養中だ。竜の素材も、それを凍らせてる魔術師も、護衛が一人は要る。4人のパーティーで離れていいのは俺だけだ。
ジェイクは傷の痛みをおして、時間を惜しんで大事な話をしているんだ」
納得したのかしないのか、男は静かになった。
村の集会所に向かって歩いてゆくと、戸口から出てくる男がいる。ロムさんくらいの年だが、額に縦皺が深く刻まれて気難しそうに見える。
「あ、スヴェンさん! 良い知らせです。巨大熊を倒せましたよ!」
さきほどとはうって変わって朗らかに、狩人は告げた。
「……おお……!」
その相手が村長代理のスヴェン氏だ。縦皺が一瞬だけ消えた。本当なら嬉しいことこの上ないが、にわかに信じられない……と顔に書いてある。
「熊は谷に落ちたから証拠の品はありません。でも、力を貸してくれたこの方々が証人です。こちらのお嬢さんは、未来の大魔術師シンディ! 彼は魔術師の卵テオ! 疾風の剣士ラケル!」
僕はどう称えられるのか……という淡い期待は、村長代理の視線が僕を素通りしてすぐ打ち破られた。
「お前……ロムじゃねえか! どのツラさげて帰って来た!」
村長代理の、別人のような怒声。
ロムさんは思わず後ずさった。
「今日二回目」テオが小さく呟く。
「砂金は納めてきたんだろうな? さもないと出て行ってもらうぜ。掟を忘れたわけじゃあるめえ?!」
「そんな……」
昔のことを! と危うく言いかけた。二十年前の口減らしの話だ。砂金を持たずに村に帰れないという。山での出来事は秘密厳守。
「どんな掟か知らないが、あまりに失礼だ!」
「余所者は黙っとれ!」
ラケルは面白くなさそうに口をつぐんだ。こんなふうに怒鳴られたことは無いのだろうな。いや、そうでもないか。兄さん怖そうだったもんな。
シンディはとんがり帽子のつばで耳を覆っている。熊のときに気を張っていたぶんいまは弱っているのだろう。
「何だ? 通行料か? オレたちは徴収されなかったぞ」
グルキューンは目を白黒させている。彼は僕たちが手柄を証明してくれるのを待っているのだ。僕たちにとっても、ジェイクの仲間に貸しをつくる、もとい恩を返す最良の機会なのに……。
「聞いてください」
皆の注目がロムさんに集まった。
「黙っていて申し訳ありませんでした。私はこの村から口減らしに出された人間です」
「ジェイクもそうだったじゃないか」
「ジェイク様は二十年前のあのとき砂金を持ち帰った。村を出たのはそれからだ。ロムは違う」
「聞いてください」
狩人と村長代理の会話が脱線しないよう、ロムさんはまた言った。
「掟を忘れてはいません。しかしあれから二十年、私は村の世話にならずに暮らしてきました。これから年老いても同様です。
いずれこの村は豊かになり、口減らしの風習など不要になります。
それでも、いま私がいてはいけませんか」
僕はだんぜんロムさんやラケルに同感だ。しかし相手はどうか?
こちらの主張はありていにいえば、掟を覚えているが古すぎるので無視するということだ。気に入らない話だろう。
とはいえ心が動かなかったこともなさそうだ。ますます縦皺を深くして考えあぐねている。
「村長代理。そしてグルキューン様」
僕は畳み掛けた。
「ここにいるラケルと僕は、ロムさんと魔術師シンディの護衛です。村を出るなら僕たち4人はみな一緒です」
掟をまげることを求めるのだ。掟を守れなかったロム側の者より、村を救った英雄の仲間の口から言わせるほうが通りやすいだろう。
しかも、弓使いに「口を聞いてやった」ではなく「ロム一行がいないと困るから望んでそうした」と思わせねばならない。
でないと竜の素材を分けてもらう交渉に不利だ。
狙いは眼玉だ!
待っいてくれ、メリッサ、エレン。
そしてもちろん、ローラ!
「グルキューン様の活躍を真近に見たのがラケルと僕です。
シンディは、ロムさんとテオを早く逃がそうと必死でした。なのでこの三人はあいにく、熊に背を向けており、決定的な瞬間を見ておりません」
この説明は「テオさえ証言してくれれば良し」と弓使いに思わせないためだ。
ロム一行を追い出すのをやめろ、と熊殺しのグルキューンから要求してもらうために!
「僕たちの証言を聞いていただければ、村長の不安は去り、グルキューン様の名声も高まり、熊のことは一件落着……そうでしょう?」
何とか言ってくれ、グルキューン!
「あの、彼らに証言してもらうのが先ではいけませんか? 報酬を受け取りましたら必ずオレが砂金を用立てます。どうか村に滞在させてあげてください!」
やった! それが聞きたかった!
スヴェン氏は迷いのない顔つきで口を開いた。
「あれは単なる口減らしでも金のやり取りでもない。村の守り神でもある白竜山の神に、砂金を奉納するという神事でもある」
色良い返事ではなさそうだが、僕はすんなりと理解できなかった。
「ええと、つまり……?」
「掟は掟だ。許可するわけにいかん!」
そして狩人には静かに告げた。
「グルキューン様、熊の件については改めて検討させていただきます」
うなだれるロムさんに背を向けるとき、スヴェン氏は吐き捨てるように言った。
「ご加護を得たジェイクやネリーは偉くなった」
屋内に戻ろうとする村長代理に、僕はいそいで回り込んだ。
「テオが助けを求めたとき、助けようと決めたのはロムさんです。だからグルキューン様とも出会うことができました。これは村の神様のお導きとは思えませんか?」
亡者の僕が神の導きなどというのも変だが、それを気にするどころではない。
「なのに、ロムさんをはじめ僕たちが村にいられないなんて……とても……とても……」
とても残念です……と言い終えたら本当に話す機会も終わってしまう。
「砂金ならここにある」
テオの連れが声を上げた。
「あんたらには世話になった。テオもおれも……あいつらも。だから、このおっさんに贈ろう」
一堂が、とくにロムさんが驚く間に彼は小さな袋を開けてみせた。その奥に、たしかに黄金色に煌めくものがある。
「あんたがこれを神様に捧げれば、連れのやつらも皆、村にいられるんだろ。お偉いさん、それでいいんだろ?」
誰からも異論は出なかった。
それを受け取ったロムさんをはじめ僕たちは深く感謝した。
テオたちは早く宿を見つけて休みたいというので、別の道を歩き出す。
話し声が漏れ聞こえた。テオ少年の声だ。
「もしかしてアレ、先にやられた他所の……」
何の話かは分からない。
僕たちはスヴェン氏とロムさんに続いて村の祠に向かう。
これから山の砂金が、人里の祠をとおして山の神様へと返るのだ。
(続く)
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