第16話 運命の一矢

 僕たちが飛び退いた場所に現れたのはミミ族の若者だ。三角耳を頭にはりつかんばかりにピッタリ後ろに倒し、崖下に向けて弓を引き絞る。


 ビョゥ、と矢は風を切る。

 続いて、獣の恐ろしい悲鳴が響く。巨体が谷底へ落ちてゆくのに巻きこまれて崩れる土砂。

 僕はたしかに見た。

 片目に深く矢の刺さった熊の頭部を。


 轟音が止むと弓の名手はこちらを向いた。


「オレはグルキューン。ジェイクの仲間で狩人さ。タロン村で人食い熊退治の依頼を受けてね。きみたちのおかげで仕留められた」


「こちらこそ、ご恩は生涯忘れません!」

 僕たちは口々に礼を言ったが、ジェイクの仲間と聞いて感激したラケルの声がいちばん良く通る。

 

「ああ……ああ……!」

 少年魔術師は喜びとも嘆きともつかない声をあげた。

「ボクの仲間はあなたを探してたんだ!」


「ふぅん……ジェイクではなくオレを」

 狩人はまんざらでもなさそうだ。それはちょっとちがう、なんて言えない。


「魔術師見習いのテオです。熊にやられた仲間が待っているんです。どうか一緒に来てください!」

「まあ、乗りかかった船だ」


 弓の名手グルキューンを加えて僕たちは少年魔術師テオについてゆく。

 獣道だ。正確にもとの場所へ戻れるものだろうかと案じていたが、ちょうどよくテオの仲間のひとりが脚を引きずって現れた。

 あの四阿に入ってきた二人組の、刺青のないほう。僕を褒めなかった男だ。

 

「テオか! どのツラさげて戻ってきた!」

「ひでえ! あんたも手負いだろ」


 呆れた第一声だ。テオがなりふり構わず助けを求めなければ彼の命もなかったのに。だが相手に比べれば子供に見える体格差のテオも負けていなかった。


「オレもいるぞ! キミらの仇を獲った、グルキューンだ」


 名乗りを聞いて男は目を見開いた。しかしその顔に喜びも安堵も浮かばない。


「もう遅えよ……。なんで……なんで俺だけ生き残っちまったんだよ……」


「そんな……まだ命は……」


 テオは、助かるかもと言ったのだろう。あと二人の仲間のことを。その声は彼自身のガサガサと草を踏みゆく音にかき消された。


「行くな! もう人のかたちもしてねえ!」


 生存者の制止に、少年は逡巡するもこちらに向きを変え、戻ってきた。 


「付き合わせて悪かった。お前が魔法学校へ入る方法はきっと他にもある」


「……あんたはどうするんだ」


「二人の墓を立てる。リーダーの渡せなかった指輪が、あのデカブツの腹ン中にあるんだ。それが墓標だ」


「あいにくだが……あれは谷に落ちたよ」


 弓使いが静かに告げた。彼らと亡き仲間を慮ってか、もはや勝利を喜ぶ表情をしていない。

 虚無とは、この知らせを聞いた男の胸中のことだろう。まるで彼の魂まで崖から落ちてしまったようだ。

 

「なあ、タロン村までは一緒だろう。腹も減ったし、傷も治さなくちゃ」 

「それもそうだな……」

 テオの地に足のついた意見に、気の抜けたような返事があった。


 回復魔法を少しでも使える者で魔力が残っているのは、キバ族の元王子ラケルしかいない。かろうじてテオとその連れの出血をとめると、彼の魔力も尽きた。

「応急処置だ。何ごともタロン村に着かないことには始まらねえ」


 道すがら、僕たちはグルキューンとごく簡単に紹介しあった。


 細道をさらに歩くと、両脇を崖に挟まれた道が続いている。ずっと先に、人家の屋根の鮮やかな色が見えてきた。

 村だ!


「皆さん……もう少しですよ! あれがタロン村。私の故郷です」


 ロムさんが疲れた皆を鼓舞するが、本人も息を切らしていた。少し嬉しそうに見えた。


「ジェイクと同郷なんだね!」

とグルキューン。

「しかもジェイク様の幼馴染なんですよぉ、この人」

 屈託なく言うのはシンディ。

「……いまは東都に住んでおります」

 ロムさんはまだ過去の話題に抵抗があるらしい。

「へえ、東都か」

 意外にも、ミミ族のグルキューンはさらに興味深げに目を丸くした。


「オレ……もうすぐ引っ越すんだ。東都に。……そうなるといいな。なるはずだ」


 なんだかハッキリしないが、冒険者も引っ越しなんて言うんだな。まあ、活動の拠点を移すのはよくあることだろう。


「そうそう、きみたちに頼みがあるんだ。オレは村長に、熊退治の報告をする。そのとき、見ていた人だけでいいから、オレが巨大熊を射たことを証言してくれないか。ああ、この村出身の人もいるなんて心強いなあ!」

 

「お安い御用ですとも! ……私の生まれがどうとは言えませんが」

 ロムさんが地元に複雑な思いを秘めつつ請け合った。

 弓の名手は、催眠魔法や幻影魔法で足止めした魔術師二人をはじめ僕たちの助力あっての成果だから、と報酬を配分する話までしてくれた。


 やがて崖に囲まれた、タロン村の入口に着いた。


 仲間を喪った人たちの手前、はしゃいでいられないが、やっぱり嬉しい。

 目的地に着くことが。

 ジェイクの仲間と僕たちが互いに恩人となれたことが。これは交渉をすすめるのにきっと有利だ。


 もうすぐ……竜の素材獲得まちがいなし!

 東都に帰れば有給休暇だ!

 

 待っていてくれ、ローラ。

 出会った思い出の、あの森で……!



 (続く)



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