第14話 月なき空と黒森城の子供たち
僕たちは、絡んできたゴロツキもとい冒険者一行を加えた大所帯で夜まで歩き、集落にたどり着いた。
目的地タロン村の隣村だ。
ダスクガウよりもっと小さな寒村で、かつて賑わった痕跡すらなさそうだ。
「まあ、その点はタロン村も同じようなものですがね」
とロムさんは語る。
一軒しかない宿屋兼酒場は馬小屋まで満室。きゅうに竜殺し目当ての旅人が集まり、タロン村に収まりきれなかった者が流れてきたのだから無理もない。
庭で野宿させてくれる家が見つかった。
はじめ、亭主の愛想のよい顔と裏腹に奥さんは迷惑そうだった。
シンディが某女子修道院で収穫されたあのオレンジを差し出しすと、奥さんは顰めた眉をもとにもどして受け取り、固いパンを少し分けてくれたのだった。
さっそくテントと荷物を置いた。
「年は取りたくないもんだなぁ。身体はヘトヘトなのに一杯引っかけなくちゃあ眠れない気分だ」
ロムさんはビール腹を揺らして酒場を目指す。
僕は、ついて行こうとするラケルの腕を掴んで耳打ちした。
「話したいことが」
シンディは、望遠鏡の三脚を立てて同業の少年魔術師と星の観察をしている。彼と同じパーティの他の面子も酒場にでも行ったらしい。
ラケルと二人だけで話すには今しかない。
* * *
「僕を利用してローラの居場所を探ることは、もう出来ませんよ。いや、とっくに出来なくなっていたんです」
テントの中ではなく外で、夜風に涼みながら話す。ひそかに壁に耳をあてて聞かれないように。
ラケルは何も言わない。緑の瞳が、剣を構えるときによく似た光を帯びた。
「僕は、彼女の魔力を感知することで居場所の方角が分かる……そんな能力があると思っていました」
これは亡奴というものが持つ能力として説明された通りの言葉だ。彼には今更の話だが、黙って聞いている。
「でも、違いました。僕が感知していたのはローラではなく、僕の一部だったのです」
僕の右眼は、僕を蘇らせるための禁忌の術に使われた。反魂術という言葉を避けたが、彼には伝わるはずだ。
「なので、僕を監視しても無駄です」
ラケルが平静を装っているのが分かる。
禁忌の術の実情を知らされた驚き。それは少し前の僕にも衝撃だった。彼と僕どちらにも嬉しくない意味で。
「それにしても、何故そんなにローラを憎むんです? 妹君に会えなくなるのは、予定通りお嫁に行かれた場合も同じでしょうに」
「同じなもんか。嫁いだなら親族としての付き合いは続いてた」
心底呆れた顔でそっぽを向かれた。何か言ってやろうかと思ううちに、やがて緑の瞳が遠くを見た。ここにないものに思いを馳せる目だ。
「でも……尼の暮らしが退屈で寂しいものと決めつけるのは間違いだって気づいたよ」
四阿で感慨深げにオレンジを眺めていた姿が思い出された。
「それは良い収穫ですね。しかし僕が訊きたいのは、ローラを排除して何になるのか、です」
ラケルはまた剣を持つときの目をして、声をひそめた。
「察しろよ………民衆は地獄耳だ」
* * *
念を押すように緑の瞳がまっすぐに向けられた。
万が一、誰か……たとえばシンディたち……の耳に入っても構わないように婉曲な表現をするということらしい。
「黒森城の妃の子らは、元老院のお情けで生かされている。だからある意味、あの女の飼い犬が、飼い主以上に厄介なんだ」
他人事のような言い方だが、妃の子らとはもちろんラケル達きょうだいで、ローラ以外のことだ。
僕はローラの「飼い犬」。そんな言葉を発するとき、ローラの面影をのこす唇がどこか淫靡にみえた。
黒森城はもう彼らの居城ではなく、新しい城主一族が生活のにおいを付けつつあるだろう。便宜上それを無視することに異論はない。
「隠し子は重罪人だが、妃の子が追放で済んだのは、罪に加担しなかったからだ。
死んだ犬に首輪をつけたのはあの女で、誰も手伝わなかった。それは本当のことだ」
それは僕も覚えている。甦らされたとき、ローラしか見えなかった。
すぐに僕たちを引き離した奴らもいたが、彼らはローラが反魂術を使ったことを咎めたのだから手伝ったはずがない。
「でも証明する方法はなかった。信じてもらえたのは元老院のお目こぼしだ。末の双子がそのときギリギリ未成年だったから……」
ということは、双子は僕が蘇って数日のうちに16歳の成人の誕生日を迎えたらしい。本来、結婚や飲酒が許される年だ。おめでとうの言葉が一瞬浮かんで消えた。
「だが、あの女の飼い犬がいまどうしているか知れたら……お情けも信用も吹き飛ぶ。そうなる前に犬が主人を道連れにあの世の果てへ逝っちまうまで、黒森城の子供たちは夜しか眠れないのさ」
僕は表向き、ジュゼット一族がまだ黒森城の主だった最後のころにラケルが拾った記憶喪失の男、という設定だ。
隠し子ローラの反魂術事件のせいで黒森城追放にともない雇えなくなったていで、紹介状を携え東都で働き口を見つけた……ということになっている。
その「元下男」こそローラが蘇らせた亡奴だと知れたら、事実がどうあれローラの半弟妹が反魂術に関わっていないと信じる者は世間にいなくなるだろう。
そうなればローラの半弟妹はただの処刑のされ方では済まないし、僕もどこかの賞金稼ぎにでも捕まってバラバラに封印されるだろう。
その前に、亡奴が本当に死ぬ唯一の方法として、自分を蘇らせた主人を殺せば別だ。
「飼い犬と手を組むのは、諸刃の剣だった。でも、姉を苦しませたくないと望む者がいるのも本当なんだ……」
緑の瞳が優しい哀愁を帯びた。彼に託された妹君の望みがどうあれ、僕はローラをその血縁者のためにどうこうする気は全くない。
「ということは、『飼い犬』の能力があなた方にとって無意味なものと分かった以上、あなたとは……」
「今回の旅の目的さえ果たせば……」
「「二度と会いたくない」」
皮肉な一致に僕たちは笑うしかなかった。
「明日が楽しみですね」
「ああ。お前らは東都に帰るまでが任務だな」
シンディたちはまだ星を見ていた。いつの間にかこの家の子が加わっている。
曲がりくねった地上の道に、星の光はまっすぐに降り注ぐ。
(続く)
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