第13話 それは猫のヒゲほどの
日没が近い。
ダスクガウ村から転送装置で南部地方の「十日市」を経由したおかげで、いろいろあったが僕たちは初めの予定よりだいぶ早く進んでいる。
そうでなければ今頃、馬車か徒歩かでまだ迂回路の途中にいて、夜までにどこか町の宿に着こうと焦っていただろう。
しかし西都周辺の商人や冒険者の動きを思えば、いくら早くても早すぎることはない。
ジェイク一行が白竜山麓のタロン村に寄り西都へ向かうことは間違いない。ただし口減らしをするような寒村に長居するとは思えず、それからどの経路を進むか不明だ。
今から夜通し歩けば、無事なら明日にはタロン村に着きそうだ。歩くのが夜までなら手前の隣村の宿に泊まれるだろう。どちらでも行き違いになるおそれがある。
ちなみに、この別荘地の宿代は高い。
西都で落ち合うのは論外だ。都会の喧騒に阻まれるばかりか、竜は骨も残さず売約済みになってしまうだろう。ラケルはジェイクに会えるだけでも喜びそうだが。
それ以前に僕たちは、竜が倒されてから何日経ったのか知らない。すべて手遅れかもしれないし、思うより順調かもしれない。
さて、どうするか……。
僕たちが服を乾かしながら思案している四阿の柱の間から、武装した男たちが通り過ぎるのが見えた。
と思うと、二人が踏み入ってきた。
「おい、お前ら、ここは日没で閉園だ」
「寝泊まりは町の宿にしな」
もと別荘だったこの公園の警備員にしては柄のわるい二人組だが、僕は柄の悪いやつを見慣れているので気にせず答えた。
「見回りご苦労様です。日没までには出ます」
それより、さっきから蜂の羽音が耳障りだ。いましがた食べていた果物の香りに惹かれたのだろうか。
たぶん警備員の男が何か言っている。
「今すぐ片付けろ。さもないと……」
見つけた。
「すいません、ちょっと失礼」
僕は二人組の肩の間に空中静止しているそれを叩き落とそうとした。素手は危険なのでナイフで。
「何すんだ! この……」
「おい、下を見ろ!」
二人組の足元に蜂が落ちてゆく。
頭が先で、次に羽根のある胴体が床についた。
「なんて手練だ……!」
僕のことだろうか。少し嬉しいので、その男の肩の刺青を覚えておくことにした。
「失礼しやした。どうぞ、ごゆるりとお過ごしくだせえ」
閉園時間までいても良くなった。偉く見えると得だな。
「うちの若いのが驚かせてしまいましたね。ちなみにナイフはこちらの若旦那が持たせたもので」
ロムさんがラケルを指して言うと、案の定彼らはラケルにも平伏した。ハッタリにもせよ従者のような扱いは業腹だが、たしかに彼からもらった得物だった。
二人組はすっかり恐れをなし、外で待っていた仲間を急きたて離れていこうとする。
「あれは警備員ではありませんよ。しかし……」
ロムさんは外に聞こえないよう声を落とした。
ラケルが彼らを呼びとめる。
「なあ、蜂に刺されなくて済んだ礼だと思って、教えてくれないか?」
僕は追いついて付け加えた。
「若旦那はジェイク様に頼み事をされているんです。それで会いに行く途中、竜退治の件を知りました。驚くやら目出度いやら、でも連絡がつかないんです」
こんな作り話をするのは、竜の素材をめぐる競争相手には隠したい事もあるかもしれないからだ。
それからいくつか質問した。竜が倒されたのは何日前か、ジェイク一行は今どこにいそうか……。ダメで元々だが、彼らも詳しいことを知らなかった。
「じゃあ、何故ここに居たがるんです? 僕たちをどかそうとしてまで」
刺青の男は打ち明けた。
「もうお見通しでしょうが、ここで夜明かししてえのは俺たちのほうなんです。竜殺しとか竜の素材とか……冒険者になったからにはそういう凄えものを見てみたかったんです。西都の実家を継いだ兄と賭けをして……ジェイクたちがこのあたりを通るほうに賭けたんです」
「詳しく」
情報源として頼りないが、彼が「このあたり」に狙いをつけた理由が気になる。
話を引き継いだのは何故か、さっきの彼とはべつの線の細い若者だ。
「ジェイクの仲間に弓使いがいて、ミミ族の若者でグルキューンという名です。これは噂ですが……白竜山の竜を倒せたら恋人に結婚を申し込むと、酒場で話していたとか。この公園の隣に縁結びの神様の神殿があるでしょ。噂が本当なら、グルキューンはきっとお詣りします」
「ジェイク一行の動きは予想できないけど、あんな立派な人たちも神頼みしたい時があるってことは分かるさ」
そう言ったのは、僕を褒めてくれなかったが斬られた蜂に先に気づいた男だ。刺青じゃない方……いや、見えない所にあるのかもしれないが。
「ふむ……。西都への道すがらも良いけど、竜の素材が片付いてから恋人の家の近くで祈願することも考えられますよね。噂の恋人はどこにいるんです?」
縁結びの神殿はあちこちにあるので当然の疑問だが、意地悪な気分がなくもない。
穿月塔の中にも外にもそれはある。僕にとっては、通りかかるたびにローラの姿が脳裏に浮かぶも、女主人と亡奴が祝福を受けられるはずがないということを思い出させる場所だ。
刺青の男は苦笑い。
「さっきの蜂じゃねえが、痛えところを突きますねぇ。俺たちも知りません。ミミ族の道具屋の娘さんってだけ……」
「では、貴方のお兄さんは何処に賭けたんです?」
「へえ。兄は西都の孤児院を訪問するほうに賭けました。俺もジェイクはそうするだろうと思います。でも取巻きに囲まれてたら会えねえでしょう。ジェイクに会えたら勝ちなんです」
「次代を担う子供たちを想うお方なんだな」
ジェイクの話をする時のラケルには何か相手の心を和ませる可愛げがあり、刺青の男は相好を崩した。
「そうなんです。若旦那、分かってらっしゃる」
それにしても僕たちは、こいつらと関わるかぎり若旦那と使用人のふりを続けなくてはならないのか……。
「あ!」
とんがり帽子のシンディはポンと小さな手を打った。
「ネリーの自伝に、ジェイクの言葉を思い出す場面がありました。『俺は必ず戻ってくる。悪しき風習を終わらせるために』……これも、新しい時代の子供たちのためでしょうか」
「あいつがそんなことを……!」
ロムさんは意外というより「やはり」という顔で、どこか嬉しそうだ。
「回想の場面なのでぇ……経緯は分かりませんが、村を出るときではないでしょうか。ネリー女史は謎の多い人ですね。村の名前だって、ロムさんから聞くまで知らなかったんですからぁ」
ネリーは書けなかったのだろう。大きな理由が二つ考えられる。
一つは白竜山での事を伏せたまま文章を纏めるため。僕も秘密を抱える身だから察しがつく。
もう一つは、彼女の熱心な支持者が排他的な地元に敵意を向ける事態を避けるため。僕もローラが同じ目に遭っていたら村を焼きたくなるだろうから分かる。
そんな村でもたまには優しい人もいるし思い出もある大切な故郷だということも。
ロムさんは何かを閃いたようだ。
「だとしたら…… 竜殺しの名声を得た今こそ、ジェイクが志を果たすときだ。白竜山を降りたら用件が済むまで短からぬ時間を村で過ごすだろう……。
せめて竜を倒した時がわかればなぁ!」
「あの……」
いままで黙っていた、シンディよりは背の高いローブ姿の少年が、仲間と囁き合ったと思うとこちらを向いた。
「オレ、見たんです。わずかな時間ですが、ジェイクの仲間の魔術師を、遠魔鏡で。彼らが山を下りようとするとき、猫のヒゲみたいに細くて白い月が、空に低く浮かんでいました」
「遠魔鏡が映すのは現在のこととは限りませんが……今日は新月ですからぁ、昨日、一昨日、先一昨日……の明け方の様子でしょうね。まさか半月前ではないでしょう」
とシンディ。
ロムさんは決意を表した。
「あいつは……ジェイクたちはまだタロン村にいる! 行きましょう!」
「おー!」
シンディ、ラケル、そして僕……いや、声の人数が多い気がする。
ロムさんが付け加えた。
「今夜は手前の村に泊まりましょうね。焦っても意味はないし、
「タロン村には早ければ明日の昼前ってところか。恥ずかしいもんか。夜討ち朝駆けより心証が良さそうだ」
僕たちは手早く荷物をまとめて四阿を後にした。
……人数が増えている。
「貴方達と行けば、兄貴に勝てる……もとい、ジェイクに会えるんですよね?!」
刺青の男が彼の仲間たちを代表するように言った。
「というか、若旦那がリーダーじゃないのかよ」
これは刺青じゃないほう。
「ごめんなさい! 若旦那はハッタリです」
ロムさんの素早い謝罪。
「しかしジェイクに会うために尽力しているのは本当です。私はジェイクの幼馴染」
「俺たちはこのお方の護衛なんだ。兄さんに勝ちたい気持ちは分かるぜ」
僕たちには彼らを拒む理由はとくにないが守る責任もない。彼らもそれで構わないそうだ。
蜂一匹と咄嗟の話術で、僕たちは一目置かれたまま情報と道連れを得た。宿までもう少しだ。
(続く)
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