第11話 戻れない二人組

 僕たちの寄りかかっていた壁の影はずいぶん長くなり、来たときの「時の泉」にかかっている。

「ロムさん、そろそろ戻りましょう」

「『十日市』に……あなたには申し訳ないことをしたが、私には自業自得だな」

 

 僕たちは竜殺しに会って素材を分けてもらう任務を負っている。竜殺しと話し合うのはロムさんの役目だが、道中の戦力として僕だけでなくラケルやシンディも欠かせない。

 合流するには、あの罠のあった「旅の坩堝」に戻るしかない。


「もしあの変な像がまだ動いていても僕が守りますから。しっかり西都についてきてくださいね」

「勿論です」


 南国の風景のなか男二人で駄弁るのはここまでだ。

 僕たちはここに来た時と同じ「時の泉」に魔晶石を投げ入れ、魔力の光が満ちるのを確かめた。そして、そこへ飛びこみ「十日市」に戻る。


  *  *  *


 着くや否や壊れかけの石ゴーレムが襲い掛かってきた。

 左肩から上が首ごとごっそり欠けたやつで、左胸の内部から動力源らしきものが露出していた。こんな状態でも動くのか!

 足を狙って転ばせた。

「おお、やった!」

 ロムさんははしゃぐのが早い。

 しかし、それで構わなかった。

 敵は転んだ衝撃で胴体もひび割れ、大きな魔晶石がゴロリと出てくると完全に静止した。石は拾って使おう。


 これを最後に、まともに動ける石像はこの「十日市」の部屋もはや存在しなくなった。破壊された残骸が散らばるのみだ。

 今更ロムさんを責める気はないが、黙っていられなかった。

「……ほかは全部……ラケル様とシンディで片付けたんですよ……!」


 あの二人が、僕たちを探しにここへ戻って来たときにした事としか考えられない。

 ラケルの奮戦が目に浮かぶようだ。金髪を振り乱し、獅子奮迅とはまさにこのことだ。

 シンディのことはまだ良く知らないが、彼女のサポートもあっただろう。

 さっきの敵をあっさり倒せたのも二人のおかげだ。

  

 二人はもうここにいない。

 倒しきれなかったゴーレムを僕に任せて、すぐにまた「時の泉」で西都に戻ったらしい。彼らも無傷ではないだろうから。


 ……などと考えながら、魔晶石を取り出せそうなのは他にあるかどうか、ゴーレムの残骸を漁る。動力となる魔晶石は胴体に埋め込まれているので、胴体とつながっている部位があればそこは動くのだった。

 戦士像を幾体も塑像に変えたラケルの剣捌きに、改めて感嘆した。


 おそらく申し訳なさからだろう、ロムさんは小太りの体を丸め、床に膝をついて茫然としている。

「ロムさん、一緒に詫び石でも探したら行きましょう」

 魔晶石は謝意を伝える贈り物としても、よくやり取りされるのだ。

 といっても、像の胴体はほかの部位より頑丈に造られているのか、魔晶石を取り出せるものはもう見つからなかった。

 

「モローくん、あの扉を見てくれないか」

 さっき偵察したときは開きそうにないと考えたあの扉に、手の跡が二人分ついている。「シンディが出発前に配ったインクの跡です」

「やっぱり。二人はあの扉の奥へ入ったのかもしれない」

 この期に及んでロムさんが先へ進みたくなさにデタラメをいうとは思えなかった。


 扉は取手や隙間に罠も仕掛けられておらず、押すとたやすく向こう側へ開いた。

 そこにも二人はいない。

 代わりに「時の泉」が煌めいている。

 壁にインクを指でなすりつけて「息を止めて入れ」と書いてある。さらにその下に、インクが足りなくなったのか小さく掠れた字。


「あの二人はここから行ってしまったのか……」

「ですね。シンディはその判断を助けるアイテムを使えるし、後を追って間違いないでしょう。でもその前に」

 僕は小さな字を読もうとして近づいた。

 ロムさんは、何かあったのですか、と不思議そうだ。

 目が良いのは僕だがロムさんのほうが物知りだ。外国語や、昔風の言葉や、魔術にまつわる言葉だったら僕には分からない。確認してもらうように読み上げた。

「……カ、タ……ミ……チ?!」


 どちらも扉を開けたまま押さえたりしていない。

 僕が読み終わるのとほぼ同時に扉が閉まった。こちら側には取手も何もない。

 片道だけの扉だ。


 僕たちは一つめの警告どおりに息を止め、目の前の「時の泉」に飛びこむしかなかった。

 


(続く)

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