第8話 華やかなりし廃墟

 「時の泉」に魔晶石を投げ込む。支給された路銀で皆で買ったものだ。光の渦が輝きを増す。

「このくらいならぁ、モローさん一人なら往復できますよぉ」

 転送装置の行き先を予測するアイテムはシンディだけが使える。だから彼女と行くことも考えたが、人数を増やせば魔力の消費も増える。


 僕は光の渦に飛び込んだ。


  *  *  *


 ここがトーカイチこと「十日市」か。

 

 転送装置の集まった施設「旅の坩堝」となっている広間にいる。

 かつての賑やかな市場の面影はない。あるとすれば、この静寂の広間の壮麗さだ。床も壁も大理石。屈強な男の姿の彫刻が並び、天井画もある。

 ダスクガウの廃屋よりよほどキレイで、崩れたところは見当たらない。 

 しかし、今は西都への移動に通過するだけの場所だ。


 旧式の転送装置「時の泉」が、僕を運んだのを含め3つある。今しがた使ったのを除く2つは、どちらも目映く輝きながら渦巻いている。魔力が充分に残った状態で封鎖されたのだろう。

 どちらかが西都に通じているはずだ。


 僕は自分が足音を潜めていることに気づいた。記憶はなくても、こうしたことは身体が覚えている。


 いつぞや僕の足音を聞き分けたメリッサは本当に耳が良いな。目の見えない、そして目を開くことも殆ど許されなかった、魔眼の少女。

 彼女のために魔眼封じの素材を持ち帰る。

 それが、僕を「人間」と信じてくれる彼女ら姉妹への餞別になるだろう……。


 その歩き方のまま辺りを見渡す。

 扉も一箇所あるが、閉鎖されたのだから開かないだろうし、さしあたり開ける必要もない。

 聞こえるのは僕の呼吸のかすかな音だけ。

 来たのと同じ「時の泉」に飛び込む。


 皆のところに戻って報告した。

「よぉし……」

 ラケルが言いかけて口をつぐみ、ロムさんをじっと見た。

「行きましょう」

 宣言したロムさんを皮切りに、一人ずつ光の渦に飛び込む。


  *  *  * 


 僕たちは大理石の部屋に着いた。


「いたた……着地するとき変なふうに力を入れちまった」

 ロムさんが腰を押さえている。

「あら大変。ではぁ、地図は私が持っていきますからそこで待っていてくださいねぇ」

 シンディは2つの「時の泉」に順番に、水晶板をかざし地図と照らし合わせて戻った。

 扉に近いほうを指し、早口に言う。

「あれが西都行きです。ロムさん、歩けますか?」

「ええ、もう大丈夫」

 それから僕たち皆に告げた。

「早く出ましょう! 魔法の罠があります」

 とんがり帽子越しに、戦士像の両目が朧げに光り始めた。


「危ない!」

 シンディを引き寄せた瞬間、彼女の立っていた所に戦士像の剣が振り下ろされて火花を散らした。


「僕一人のときは平気だったのに! なんで今?!」

「罠の作動が遅れたんだろ。小綺麗でも廃墟だ」

 ラケルは剣を鞘に収めたまま戦士像を横殴りに殴りつけた。吹っ飛ばされた像が同じ型のやつをもう一体巻き込んで倒れる。

「みんな、こっちだ!」

 ラケルの先導にシンディがついてゆく。二人は「時の泉」に飛び込んだ。

 ロムさんと僕もあとに続く……はずが、信じられないことが起きた。


 ロムさんは驚きの素早さで、二人とは別の「時の泉」に飛び込んだ!

 どうして!? 


 それを考えている場合ではない。ロムさんを一人にしてはいけない。

 ……ああ、シンディはこんな時に備えてこれを配ったんだな。もし仲間とはぐれても探すための手掛かりに。

 僕は腹を括った。

 上着のポケットから取り出したインク壺の中身を指で地面に擦り付ける……などと悠長なことをする暇はなく、インク壺そのものを床に転がした。


 ロムさんを追って飛び込む。

 浮遊感。

 振り回される感覚。


 それは転送魔法を受けるたびに襲ってくる感覚だ。しかし今は、思いがけず本来の意図とは違う装置に入ってしまった困惑からか、よけいに不安定に感じる。


 ……何故だ!? ロムさん!

 久々に会う幼馴染に大きな要求をするのは気が引けるだろうが、覚悟の上ではなかったのか!


 海の渦に巻き込まれたらこんな風かというような、振り回される感覚。

 どちらが上か下かも分からない浮遊感。

 いや、何処かに出るまでは上も下もないか。


 ……いつまで続くんだ?

 ……もしや誤作動?

 ……悲観しすぎだろう。こんな事を考えさせるから転送装置ってやつは苦手だ。


 渦に巻かれるような感覚がまだ続く。


 それにしてもロムさんは何を考えていたのだろう?

 もしかしたら僕のような身軽な若者には察しきれないような、身体の痛いところを庇う癖でもあって、咄嗟にラケルたちと同じほうには動けなかったとでも言うのだろうか?

 それとも、もっと想像のつかない理由が何かあるのだろうか?


 ……まだ着かないのか。いくら何でもおかしい。やっぱり誤作動じゃないか? 

 

 もし石の中にでも閉じこめられたら?

 もう二度とローラに会えないのか?

 こんな事ならクビになってもローラを追いかけて行けばよかった!


 僕は不死者だから……身体がどうにかなっても死ぬことが出来ず、意識はこの世に残るのではないか? 


 ローラ! ローラ! 

 僕は魂しか持たない亡霊になっても声無き声で君を呼ぶよ! 

 ローラ!




(続く)




 

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