第6話 無常の市へ
軽食屋で向かいの席で、シンディは前払いで注文した北部産の桜桃のケーキを食べている。魔力の回復には甘いものが効くという。
「桜桃おいしい。運び屋さん、良い仕事してますねぇ」
「帰りは僕たちが運び屋ですね」
他3人は最も安い焼き菓子。冷たいお茶は全員分ある。肉の入ったメニューは売り切れだった。
僕は注文したものが届くまえにお手洗いに行くついでに、奥歯の脇に忍ばせた魔力供給用の魔晶石を取り替えた。
持ち帰りが主なのか座席の数は少なく、僕たち以外の客は隅で居眠りする老人しかいない。
この店はたぶんあまり繁盛していない。
というのも、さっきの小屋はやはり「旅の坩堝」で、そこから出てきた人々のほとんどは道の復旧作業を担う職人だ。仕事前の腹拵えに、彼らはあっというまに辺りの飲食店を満席にしてしまった。
そうなっていない店を探して、僕たちは通り一本入ったこの店に来たのだ。
ロムさんが開いた地図を皆で見ている。西都までなるべく「旅の坩堝」を利用して急ぎ、西都から白竜山の麓にかけてジェイク一行を探す予定だ。
「ここが今いるダスクガウの村で、さっきの小屋から出発してそこ、次にそこ、そっちへ転移して、徒歩でそこへ向かう行き方……もう一つは、こう、こう、こう来て馬車で……というのが今のところ候補ですね」
「いずれにしても、この辺りを迂回して……旅の坩堝の空白地帯みたいな場所があるんだな」
ロムさんの案に、ラケル氏が指摘した。
どちらのルートもさきほどの小屋の、職人たちが利用してきたのと同じ「旅の坩堝」を起点にしている。
悪くなさそうな案だが、いかんせん、有名な地図に載っている経路をそのまま行くのでは、もともと西部地方にいる冒険者や商人よりも不利ではないだろうか。
「そういえばぁ、さっきのお婆さんの言ってたトーカイチって……どんな所でしょうね?」
言われてみれば気になる。
「きっと十日ごとに市が立つ賑やかな所だったんでしょうね。今は地図にも載っていないようですが」
ロムさんの考えに、なるほどと思いながら尋ねてみた。
「そこに西都に近づく転送装置でもあるといいですね。お二人とも、知っているわけではないんです?」
ロムさんは苦笑いした。
「じつは、さほど詳しくないんですよ。成人してすぐ村を出てしまいまして」
「私もぉ……師匠のおかげで東都に来ましたがぁ、その前も後も、広く世間を知れる環境ではありませんでした」
「そうか……」
ラケル氏は当てが外れたらしい。僕もだ。顔に出さないつもりだが、バレているだろう。
僕たち4人は北部出身者と西部出身者が2人ずついるが、北の2人が期待したほどの土地勘が西の2人にはないのだ。
「申し訳ありません……!」
ロム氏は何もそこまでと思うほど深く頭を下げた。
「すみません、地元に縁が薄くて」
一方シンディは、この話は終わりでいいでしょう? といった顔。
「いや、そう縮こまることないさ。それを言うなら俺は地元を追われた身、こいつは記憶喪失だ。逆の立場だったらと思えば、文句は言えない」
それは二人に失礼なんじゃないか? むしろ僕たちのほうが後ろ暗いのだから。
しかしラケル氏に指摘すれば「お前が言うな」と返されるだろう。僕を蘇らせたローラの罪。
「探してみたいですよねぇ。さっきのお婆さんはこの村の出ですからぁ、トーカイチ行きの『旅の坩堝』も近くにあったはずですぅ」
「いいですね! 婆さんもトーカイチから西都に行けるとは言ってないけど、それはさっきの道具で調べられるんでしょう」
ロムさんを見ると困り顔。
「ラケル様はどう思われます?」
問われたほうは整った眉根をしばらく寄せると、慎重に話しだした。
「俺は同行させてもらってるだけで、口出しする立場じゃない。気にはなるが……仮定の話に走りすぎじゃないか。使えるか分からないものを探すより、予定通りに行くほうが結局安全で早いかもしれない。
けど、決めるのはロムさん、あなただ。
……あと、様付けはやめてくれ」
「わかった。ラケル」
僕が言うとラケルは一瞬あからさまに嫌な顔をした。
「お前じゃねえよ。けど、まあいいぜ。勿論シンディも」
ラケルに嗜められたような気分でしょんぼりとしていたシンディは顔を上げた。
ますます渋面をつくって迷っているロムさんに僕は畳みかけた。
「僕たちは東部から出発した時点で出遅れているんです。これは西部の商人たちを追い越す好機ですよ! 無駄足になるおそれもあるし、ラケルの言うことも一理ありますが、予定通りの道だって調子良く進むとは限りませんから、誤差のようなものです」
「お前、強気なのか弱気なのか分からねえな」
ラケルは苦笑し、ロムさんは沈黙している。
そこに、店員の女の子が器を下げにきた。
「皆さま、トーカイチのことを知りたいでしょうか? 良かったら祖父の話し相手になってくださいます?
ただ、トーカイチに行くのは決してお勧めできませんけれど」
渡りに船とはこの事だ。
「ありがたい! で、お祖父さんとは……?」
お姉さんが隅の席にいる老人に近寄ると、それだけで彼は跳ね起きた。
「お前さん方、トーカイチに行きたいか?! 何をかくそう、トーカイチ行きの『旅の坩堝』を建てたのは儂じゃ!」
店では何だから、と老人は僕たちを連れ出した。この店は娘夫婦の家を兼ねていて、これから向かう老人の生家にはトーカイチの全盛期の資料もあるそうだ。ありがたい情報だ!
ふと店のほうを振り向くと、昼食を求める職人たちの列が出来ていた。肉屋が肉を運んでくるのも見えた。
……もしかして、僕たちは厄介払いされただけなのか?
トーカイチのことを調べてから考えよう。
(続く)
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