第4話 旅の坩堝

 僕はリデル様からいただいた薬と細々とした道具を取りに戻り、いま来たところだ。

 結局、ロムさんとラケル氏とで所長室の脇の一室に集まっている。あと1人、シンディを待ちながら。


「おっ、これは良い地図だねぇ。ほら、『旅の坩堝』が小規模なものに至るまで詳しく載ってるでしょう。……このあたりの若い人は知らないかな、『旅の坩堝』」

 中年男性然とした小太りのロムさんの視線が、ラケル氏と僕の身長差のぶん上下して、下で止まった。つまり僕のほうで。


「転移装置のある場所どうしで行き来できる施設なんですよ。規模の大きいところは宿屋や道具屋もあって便利なものでした」

 僕は知らなかったので、ロムさんの説明がありがたい。ラケル氏がやや厳粛な面持ちで付け加えた。

「昔は北部地方にも幾つかあったそうだ。カサンドラあたりの魔鉱山が栄えていたころあちこちに作られたが、魔人狩りとの争いが激化すると、北部のはあらかた破壊された。我が一族の不徳の致すところだ」

 一族とはつまり御三家の一つジュゼット家である。ラケル氏の身元のことは穿月塔では公然の秘密となっているらしい。

 カサンドラは、記憶こそないが僕の故郷だという廃坑の町だ。

 

 シンディはまだ来ない。ラケル氏が一緒となるとお洒落したくなったのかな……と思っていると、さっきと変わらぬ服装で彼女が現れた。

「お待たせしましたぁ。西部地方へ急ぐなら『旅の坩堝』を駆使するに限ります! こういったものも必要かと」

 彼女が一同に見せたのは、1枚の水晶の板。

「この水晶板は師匠から借りてきました。転移装置にかざすとぉ、装置の状態や術式にも寄りますが、転移先の様子を見られます。

 罠としてのテレポーターも見破れちゃうんですよぉ♪」

「すごいなあ!」

 ごく最近、転移魔法に驚かされたばかりの僕は心から称賛した。さっきまでの誤解を彼女に少し申し訳なく思いながら。


「あと、これぇ」

 インクの壺が4つ。どれも殆ど空に見えるが、シンディが持ってきた理由とは。

「西部地方には比較的多くの『旅の坩堝』が現存しますがぁ、管理が行き届いているとは限りません。寂れて獣や怪物が入り込むこともあるんです! 

 危険が迫ったとき、咄嗟に別々の転移装置に飛び込むのもよくある話です。これで痕跡を残せば合流しやすくなります。

 もちろん、使わないほうが安全な場合は自己判断で」

 

「気が利いてるなあ」

ラケル氏がそう言うと、シンディは

「ぴゃぁ!」

と意味不明な声をあげて小動物みたいにくるくる回りながらテーブルから離れた。

 彼女がまた戻ってくると僕は尋ねてみた。

「『旅の坩堝』のことを知ってたんですか?」

「もちろん。それで西から来たんですものぉ」

 ロムさんとシンディは、西部地方に多少の地の利があるらしい。


「じゃあ、そのときと同じ装置を使えば話が早いですかね」

 僕の提案に、西部地方出身の小父さんとお嬢さんが顔を見合わせた。

「それがぁ、そうでもないんですよぉ」

「その話は追々……ひとまず、最寄りの転移装置の在処へ移動しましょう。ジェイク達は故郷の白竜山麓のタロン村から西都までの、どこかにいるはずです」

 僕たちは、ドナ室長たちに挨拶して相談所を出た。


 階段を下りながらロムさんの話す知識にシンディやラケル氏が補足した情報によると、転移装置には法規制があり、ある程度を越える長距離や、大規模な街どうしを直接繋ぐことは許可されないそうだ。昔、南部地方で伝染病が流行したときからの規則だとか。

 

「許可されなくても作るやつはいますが、なにしろ魔力管理が大変でね。誤作動に巻き込まれて石の中では誰だってイヤですから、『旅の坩堝』は後ろ盾がなければ廃れます」

 ロムさんは「魔力管理」というところで、右手で金を数えるみたいに指先を擦り合わせる仕草をして見せた。安定した魔力の供給には金がかかるのだ。

「けどまあ、後ろ盾ってのは何も、国や自治体ばかりじゃあありません」

 麦酒腹のわりに軽やかな、いや転がるような足取りだ。


 1階の道具屋「きじとら堂」で足りないものを買い足す。魔晶石も補充する。


「ロムさぁん、商人ギルド事務所はあっちですよ!?」

 店を出て、シンディの声をよそにロムさんは下り階段を降りてゆく。

「そこは申請が面倒だ。もっと便利な所があるんです」

 シンディの知っている『旅の坩堝』は1階の商人ギルドの事務所にあるのだろうか。ロムさんが案内しようとしているのは別の所らしい。

 

 地下3階に来た。そういえば、ロムさんの勤め先である『魔人狩り更生施設』もこの階にあるのだった。

「ちょっと臭いますが、しばらく我慢してください」

 狭くてドブくさい裏路地に入る。道を知っているロムさんを先頭に、ラケル氏、シンディ、僕が続く。薄汚れた暗い道に、ラケル氏の金髪とシンディの亜麻色の髪がぼんやり浮かぶ。


 シンディは帽子を外していた。僕の視界のためには有難いことだが、つばの広いとんがり帽子を埃まみれの壁に擦るのは嫌なのに違いない。

 いま気づいたが、シンディは魔法を使っているのか、少し地面から浮いている。それでもなお僕より頭の位置が低いのだった。彼女ほど小柄な人は足もさぞ小さくて、合う靴を手に入れるのも一苦労ではないだろうか。

 そんな貴重な靴を、魔法を使ってでも汚したくない気持ちはわかる。


 正体不明の水溜まりをできれば踏みたくないのは皆同じだが、全員に魔法をかけるほどの労力と魔力を費やしたくない気持ちも、分からなくはない。


 やがて臭いが消え、けばけばしいほどの灯りが見えてきた。看板が照らし出されている。

「裏!魔術工房 東西南北、転移装置完備」

 

 扉を開けると、魔道具職人の男が工具から火花を散らして作業中だ。細かい物が溢れんばかりにあるが、よく見るとしっかり整理整頓されているようだ。

「西行き4人、ツケで頼む」

 勝手知ったる様子でロムさんが声をかけた。

「はいよー」 

 男はこちらも見ずに答えた。

「あの……」

「いいから、いいから」

 財布を手に何か言いかけたラケル氏を、ロムさんが押し留めた。

 僕たちは矢印に従って転移装置室に向かって進む。シンディも浮くのをやめてふつうに歩いている。

 通り過ぎたころになって男が顔を上げた。


 ラケル氏より少し年上の若者……僕と同い年くらいに見える。ロムさんと同世代だろうと勝手に思っていたので意外だった。

「どうしましたロムさん、まさか左遷っすか?」

「ふざけろ。帰りは倍にして払ってやるよ」


 そういえば、ロムもジェイクも、さっき読んだ本の登場人物にいた名前だった。西部地方にはよくある名前なのだろうか。


 さっきまでの部屋と違って、4つの転移装置を有する部屋は物がすくない。装置は四方の壁に面して置かれ、転移する方向にそれぞれ対応している。

「西行きはこれです」

 ロムさんは小部屋型の装置の扉を開け、同行者たちを促した。

「ちょっと待ってくださぁい。行き先の座標を確認します。着いてからより、装置に入る前のほうが簡単なんです」

 シンディがさっきの水晶板をかざして見ている。

「おおっ! 西部地方入口に直通ですね! 商人ギルドへ行かなくて正解でした!」

 彼女のはしゃいだ声に、ロムさんは少し誇らしげな顔をした。

 

 4人全員が入ると、ロムさんは扉を閉めた。

 すると転送装置が起動される。

 何度味わっても慣れない浮遊感。

 装置の性能を信用しないわけではないが、万が一失敗したら僕たちの存在自体が消滅するのだ。

 不安になる理由はそれだけではない。

 僕は転移装置に入る直前、一瞬だが見てしまった。ロムさんのひどく思い詰めたような暗い顔を。

 




(続く)












  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る