第3話 浅い関係、深い欲
僕が選ばれたのは、小柄ながら腕に覚えのある人物としてドナ室長に推されたからだ。室長はすでに持ち場に戻っている。
引き受けるかどうか、この場で決めなくてはならない。
他に喧嘩慣れした人がいないのだろう。相談室のおもな業務に武力行使は含まれていないのだから。
断る気はないが、不死者だと知られたくない。自分の命を異様に安く見積もる奴だと思わせないことだ。
「もう少し詳しいお話を……」
「もちろん」
「所長」は長い髪と衣を水槽の中で揺らめかせ、また静めると語り出した。
「西部地方の白竜山の竜が倒されました。竜を討ち滅ぼした英雄たちは、剣士ジェイクの一行です。これで、白竜山の麓で貧しい暮らしを強いられてきた人々は、以前よりもずっと豊かに暮らしてゆけます。
また、私たちに身近な事としては、竜の身体から採れるさまざな素材が取引される日も近いと言えます」
僕には身近に思えないが、ひとまず良い知らせみたいだ。シンディも真面目に聞いている。
水中の人の口調が熱を帯びてきた。
「しかし、いかんせん西部地方は遠い……この東都に物資が届くまでに何人もの商人の手に渡ります。それでなくとも希少な素材の、価格が跳ね上がること必至!
ですが私たちには、幸いここに『竜殺し』と故郷を同じくする竹馬の友がいます。早く、なるべく安く、有用な素材を手に入れるため、旧交をあたためる手助けをしようではありませんか。
さあ、友情の架け橋となりましょう!」
そして芝居がかったポーズを決めた。
引き受けるはずが、不安になってきた!
要は
それにロム氏はまだしも他はどうだ。まるで、急に金持ちになった人のもとに現れるという自称親戚のようなものではないか。
下手をすれば友情が壊れるが、竹馬の友その人はどう考えているのか。
ロム氏は一堂を見渡し、落ち着いた様子で口を開いた。
「ジェイク一行にとって、竜から採れる素材は命懸けで手に入れた戦利品です。まずは彼らの間で分配するのが先です。旧友だからといって、望んだものが手に入るとは限りません。それでも賭けてみる価値はあるでしょう」
本人からその言葉を聞けたなら、僕の心配は余計なお世話だろう。
「さて、お待ちかねの報酬の話です。
あなた方皆で入手した素材全ての価値を貨幣換算し、貢献度を評価して支給します。素材じたいはなるべく必要とする部署に配分します。
シンディとモローはロムを補佐する立場なので、一行、とくにロムが無事でなければ減額もありえます。
……分の悪い賭けだと思いますか、モロー?」
「いいえ、そのようなことは」
浮かれていられないと思っただけだ。願わくばメリッサに役立つ素材が欲しいが、何であれ責任を持たねばならないのだから。
「今回は成果にも報酬にも、最低限の線引きがあります。ジェイクと交渉のテーブルについた証を、あなた方の誰かが必ず持ち帰ること。それがあれば、道中で傷や病を得た場合、欠勤扱いにせず療養期間を設けます。治療費も申請すれば当施設が持ちます。
そして、成果によっては1人あたり最大7日間の有給休暇! もちろん療養期間とは別枠です」
7日間の休暇。俄然やる気が湧いた。
これでローラを探しに行ける!
「引き受けます! 必ずロムさんを行きも帰りもお守りします」
水中の乙女こと「所長」は満足そうに頷く。
「私もあなたの護衛の対象であることをお忘れなく! もちろん道中お役に立ちますが、素材を魔法で保護するのが主な役目ですから」
とシンディ。
所長の話にもう少し続きがある。
「ロムにはこちらが協力を要請したも同然ですから、基本的な謝礼と報酬の話はすでにしております。それ以上のことは他の二人と同様。ジェイクと交渉した証が条件となるのも同じです」
ロム氏は緊張の面持ちでそれを聞いているように見えたが、彼にとってはもう聞いた話だろう。いま話すのはたぶん他の皆に聞かせるためだ。
「じつを申しますとね、ロムが竜殺しの幼馴染だと知って色めき立ってしまったのは私なんです。交渉はおもにロムがすることになるでしょうが、もし決裂しても、皆さんはロムではなく私をお恨みなさい」
ロム氏は恐縮したように一層深く頭を垂れた。
「では、ほかに何か気になることは?」
「あの、ジェイクさんの居場所を誰かご存知でしょうか?」
思い切ってたずねた。念を押すなら今しかなさそうだから。
「それを探すのも依頼のうちです」
これが所長の答え。ロム氏も知っていると言ってくれなかった。
「ロム、シンディ、モロー。改めて尋ねます。引き受けてくれますね?」
「はい」と三人とも答えた。
「では……」
部屋の中心で何かが光った。光が収まると、そこには宝箱が現れていた。
「出発前にそれを開けていきなさい。健闘を祈ります。この部屋は無人になり次第施錠します」
そう言い残し、所長は水槽ごと姿を消した。部屋が広くなった……のではない。水槽に見えたのは壁一面の鏡。遠魔鏡だ。
これも驚いたのは僕だけだった。
「所長、変わってないなぁ」
ロム氏が懐かしそうに呟いた。
箱を開けると、路銀の入った袋3つと数枚の地図が出てきた。いよいよ出発の時だが……。
「僕は荷物を取りに戻りたいです……」
「私もぉ」
「同感です。えーと、すぐ支度してまた集まりましょう、と言いたいところですが……ここは空にしたら施錠されますし、どこで待ち合わせましょうか」
「ところで、そこにいるのは」
僕しか気づいていなかったが、戸口に誰かいる。
扉を開けると、そこにいたのは長身、金髪、緑の瞳の青年剣士ラケル。綺麗な顔にばつが悪そうな苦笑いを浮かべたが、それすらも爽やかな印象に見えた。
「先に言われちまったな。ロムさん、あんたの後任はなかなか耳聡いだろ。まあいいや、『話はだいたい聞かせてもらったぜ』」
「ラケル様!?」
シンディは黄色い声の手本のような声を上げた。
「ロムさん、シンディ、久しぶりだな。お前は……そうでもないか」
「ですね。ラケル様は、この部屋の番をしにわざわざ来てくださったんですか」
「馬鹿、それだけじゃねえよ」
緑の瞳が真剣そうな色彩を帯びた。
「……俺も一緒に行く」
きゃあああ、とシンディが小さく叫んだ。
ラケル氏にいちばん率直に話せるのは僕だろう。
「旅費は三人分しか支給されていませんが?」
「かまわない。用意してきたし、たぶん帰りは別だ。あと、ここで立ち聞きしてたんじゃないぜ。更生施設に寄って、今来たところだ」
「立ち聞きはそこで済ませてきたんですね」
「何とでも言ってろ。俺は……」
ラケル氏は照れ臭そうに、そばかすのある白い頬に紅を散らした。恋する乙女のように可愛らしく。
思えば、彼はローラやリデル様の兄弟で国一番の美男と言われる青年なのだから、可憐に見える瞬間があっても不思議ではないのだった。
不覚にも、睫毛の長い目元からローラを連想してしまった。
「俺は……
(続く)
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