第32話
「はい。……いえ。少しお待ち下さい」
《なんだ?》
蓮が二人のもとに戻ろうと術を発動させる前にベルゼブブが蓮を止める。
「私は。……私は私の王に力を失ってほしいはありません。私は一生私の王に付き従いたく思います。死なないでほしいのです」
ベルゼブブはためらいがちに、しかしはっきりと自分の願いを思いを蓮に伝える。
《……案ずるな。まだ決まったわけじゃない。余の特異性がなくなるかどうかはまだわからない》
「今更誤魔化さないでください。私が、私がわからないとでもお思いですか!確実になくなってしまいます!私の王は!王は!人となるのです!私を一人残し!旅立たれるのです!これは!これは最初で最後のわがままなのでございます!どうか……!どうか……!」
ベルゼブブの必死の懇願を前に、蓮は一瞬顔を歪ませ、すぐに表情から感情をなくす。その表情にはなんの感情も見えない。
《そうか。……そうか。汝が気持ち。しかとわかった。しかし、断る》
「……っ!……なぜでしょうか」
ベルゼブブは悲痛げに顔を歪ませ、その理由を問う。
《余は強くない。この身に宿る神力がたとえ世界最強だったとしても、イエス・キリストの子孫だったとしても、余は弱い。余の心は、決して強くないのだ。今はまだ良い。部長がいて、弘樹先輩がいて、ひな先輩がいて、そしてなにより玲香がいる。今ならばまだ耐えられる。しかし、彼らもいずれ死ぬ。100年も経たずに死んでしまうだろう。その後、余は、余は生きていける自信がないのだ。心が耐えられると思えないのだ。根本的に汝ら人ならざるものと心の作りがの違うのだ。余は……弱い。弱いのだよ。どうしようもなく。これが最後なのだ》
蓮は儚げな笑みを浮かべる。
《すまぬな。ベル。弱き主人で》
「いえ、私の王は、私の王は、暁くんは強い人にございます。……私からは何も申し上げません。出過ぎたマネをしました。申し訳ありません」
私の王は強い。
とても強い。
よく耐えたほうだろう。
すでに幾度となく戦った。
家族がくまに殺された。
大切な人が飢えに苦しみ朽ち果ててさまを見届けた。
いくつもの戦争で死線をくぐった。
己の友を戦友を全て失った。
特攻し、海に死んだ。
海で何年も何十年も一人死に続けた。
敗戦を、知った。
戦友の死が無駄にされていたことを知った。
一人ぼっちになった。
それでも私の王は戦った。生きた。
ベルゼブブはそれを誰よりもそばで見ていた。
私の王が力の使い方を知らぬときから、私の王が体に神を、ルシファーを宿してからずっとベルゼブブは蓮とともにいた。
故に断言する。
私の王は強かったと。
もう十分だろう。
私は知っている。
私の王の涙を。
死にたくなどないことを。
ただ自己嫌悪しているのだ。
救えなかった自分を。
助けられなかった自分を。
突然現れた力を恐れ、逃げた。
だから守れなかった。
守る力を手に入れるのが少し遅かった。
もう私の王は神のままでいることなど許されない。
私の王の祟がまだ残っているのだ。
祟をそのままにしておくことはできない。
私の王は玲香という女を一人にはしないだろう。
いや、私の王が再度一人になることを容認しないだろう。
今しか、今しかないのだろう。
人は人ならざるものを知っている。
人は人ならざるものを拘束する。
人は人ならざるものを撃退する。
私の王は、もう二度と。
人を殺すことを良しとしないだろう。
あぁ。
あぁ。
私の王よ。
すでに名前すら忘れた悲しき少年よ。
死にゆくものよ。
敬礼を。
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