第31話

 

 風がざわめき、葉が揺れる。

 

《かなり久方ぶりであるな。此度は汝の一部をもらいに来た》

 

 アメジストの炎を纏った蓮が目の前に聳え立つ巨木を見据える。

 しばらくの間蓮は何も喋らず沈黙が場を支配する。


《やはり言葉は発さぬか》

 

 蓮は少し残念そうな表情を浮かべ、手のひらを巨木に向ける。

 ここは鹿児島県屋久島町。


 そして蓮の目の前に聳え立つ巨木は樹齢7200〜2600年と呼ばれる縄文杉だ。

 縄文杉に宿る神は蓮を遥かに超えるほどの年月を生きし正真正銘の神である。

 しかし、長い生を生きし目の前の神からはなんの意思も感じ取れなかった。

 無論なんの力も。


《では頂いていくぞ》

 

 蓮の神力が縄文杉の神力を削りとっていく。

 蓮の手にはいつの間にか一枚の木の板が握られていた。


 ゾクリ

 

 その場の空気が一変し、これ以上ないまでに風が、木がざわめき立つ。

 尋常ならざる神力がその場に吹き荒れる。


《汝に……祝福あれ》

 

 ざわめく風に流され弱々しい声が蓮の耳に入る。


《なんだ。喋れるではないか。汝の祝福しかと受け取ったぞ》

 

 初めて聞く縄文杉の声に蓮は驚愕の表情を浮かべ、意外そうな声を上げる。

「我が王」

 蓮の影が伸び、影から一人の女性が姿を現す。

「そして、縄文のもお久しぶりでございます」

 女性、ベルゼブブは縄文杉にも恭しく頭を下げる。

「私の方の準備も完了いたしました」


《うむ。縄文杉からも必要なものを回収した》

 

「では」

 

《あぁ、次は神馬だな。あやつは嫌になるほどのじゃじゃ馬であるからな。あまり気が進まないな》


 蓮は嫌そうに顔をしかめる。

「仕方ありませぬ。筆を作るのに必要なものにございます。あの神馬を抑えるのを私一人でやるのは少し骨が折れます故に」


《わかっておる。ではゆくぞ》


 蓮の一言で目の前の景色が一変する。

 場所が森の中であることには変わりないが、目の前に聳え立っていた縄文杉が巨大な馬へと変わる。

 その馬は青みがかった黒毛で髪と尾の毛だけが白かった。


《クゥイーン!》

 

 神馬は蓮を威嚇する。

 

《はぁー。お前は人語を話せるだろ。何だったら今のゲームアプリのおかげで人化できるようにもなっているだろうに》

 

 馬のように振る舞う神馬に蓮はため息を一つ漏らす。


《お前との話し合いは無駄だろう。悪いが強引に行かせてもらう》


 蓮はなにもないところから一振りの刀を抜く。

 刀をアメジストの炎が覆い、蓮の神力が空間を震わせる。

 

《ヒヒーン!》

 

 神力を纏った神馬が蓮に突進してくる。


《ふん》

 

 蓮はそれを一刀両断。

 あっさりと神馬を切り裂いた。

「お見事」


《うむ。早う毛をとってしまうぞ。復活されても困るのでな》

 

「はい」

 バッサリと切られてしまった馬から筆を作るのに必要な分だけの毛を抜き取る。


《じゃあ戻るぞ》


「はい。……いえ。少しお待ち下さい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る