第8話

 

 もう外は真っ暗で、辺りは静まり返っている。

 そんな中、私達ふたりはまだ学校に残っていた。

「そろそろいいかな」

 蓮が本を閉じ、立ち上がる。

「……ん?探しに行くの?」

「うん。花子さんは夜遅くでないと活動していないからね」

「へぇー」

 まぁ、おばけらしいといえばおばけらしいけど、夜の学校に残ったり、来たりするのって結構リスキーだから気軽にできないわね。花子さんに話しかけるとか。

「よいしょ」

 蓮は部室のドアを開き、持っていたライトをつける。

「探すか」

 私は気負いなく進んでいく蓮の後をついていく。

 ……トイレの花子さんなんだから、トイレにいるのではないのだろうか?

 私は無意識のうちに胸に潜ませているナイフをいつでも取り出さるように手をやる。

 少し、怖い。

「近いな」

「え?」

「あっぶな」

「キャ!」

 いきなり私は蓮に突き飛ばされる。

「ちょ、何をするの!……え?」

 私がすぐさま立ち上がり、蓮の方を見る。

 だが。

 私は呆然と蓮を見つめた。

 私のことを突き飛ばした蓮の右腕がなかった。

 真っ赤な液体が私を濡らし、そして、私を昂ぶらせる。

 ……こんなときに何を……。

「アハ……おい、しい」

「よっと」

 右腕がないにも関わらず平然としている蓮がなくなった右手の代わりに左手で持ったライトで蓮の右腕を奪った化け物を照らす。

 その姿は私の知るトイレの花子さんとよく似ていた。

 おかっぱの女の子で、服装もまんま花子さん。

 だがしかし、似ていたのはここまでだった。

 花子さんのその顔面には目も鼻もなく、ただただ大きく歪な口があるだけだった。

 そして、その大きな口からは蓮の右腕がはみ出ていた。

「うーん。若いな」

「ぐぎゃ……ひきちぎって……あげる」

 花子さんは蓮に飛びかかり、転ばせる。

 そしてそのまま両足をつかみ、引きちぎろうとする。

「ぐっ」

 ミシミシと蓮の足が音を立て、蓮はの口から苦悶の声が漏れる。

 蓮は瞳から涙も流れ、口からよだれもたれてくる。

 そして。

 

 ぶちっ!

 

 すごい音ともに蓮の両足が引きちぎられ、辺りに血潮をぶちまける。

「はぁ。はぁ」

 私の体が、本能が、意思に反して昂ぶる。

「ケラケラ」

 花子さんはその大きな口を歪ませて禍々しく笑う。

「か……く……」

 蓮は崩れ落ち、ピクピクと震えている。

「アハ……つぎ……おまえ」

 花子さんが蓮から視線を外し、私の方を見る。

「あはは、あっははははは」

 私は胸からナイフを取り出す。

 さっきから体が高揚して、不思議と目の前の醜い化け物を前にしてもちっとも怖くない。

「いやー、僕を無視しないでよ」

「!」

 血を流し、倒れていた蓮が平然と立ち上がる。

 花子さんがそれに驚き、固まる。

「おいおい、動揺しちゃだめだよ。君が。だから若いんだよ」

「く……うぅ!」

 花子さんが蓮の方に飛びかかる。

 しかし。

「動くな」

 蓮のその一言で動きを止める。

「人間に精神力で負けたらおしまいだろうがよ。まぁ、僕は少し特殊だけれどもね」

 花子さんは焦ったような表情を浮かべ、必死に体を動かそうとするが動けない。

「それじゃあ、サクッと眠ってもらうことにしようか」

 蓮は懐から小さな人形を取り出す。

「ほら、おいで。ここが君の家だ」

 花子さんは人形の方に引き寄せられ、

 そのまま、

 しゅぽん

 花子さんが人形の中に閉じ込められてしまった。

「はい、おしまい」

「え?な、なにそれ?」

「あぁー、これはー」

「あぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああ!なんだこれはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!」

 この人形がなにか説明しようとした蓮の言葉を遮って謎の声が響き渡る。

「え?誰?誰!?」

「体が動かないぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいい!出せぇぇぇぇぇえええええええええ!」

「え!?も、もしかしてその人形から!?」

「そ。黙れ」

 蓮が黙れと告げると喚いていた人形が黙る。

「この人形の中にさっきの花子を閉じ込めた」

「え?そんな事ができるの」

「うん。できるよ」

「へ、へぇー」

「というか、そうでもしない限り花子をどうにかできないでしょ?」

「……退治できたりできないの?」

「できるはできるけど、あんまし取りたい手段ではない」

「そうなの?」

「……まぁね。なんかあれをやるとどんどん化け物に近づいている気がしていやなんだよね」

 蓮は少し顔を暗くさせて話す。

「そ、そうなんだ」

 生き返ったり、懐から明らかに懐に入らない物を取り出すのはありなのだろうか?

 そう疑問に思うも、それを口に出したりはしない。

「はぁ、はぁ」

「ん?……あぁ。もしかして興奮しているの?」

「……うん」

 蓮の言う通り私の体の昂りはもう頂点に達しようとしていた。

 蓮の芳醇な血を浴びたせいだ。

 さっきまで会話することで抑えていたのだが、体がほてり、もう自分を自分で抑えられない。

「あ?そう。あはは、いいよ。僕を殺して」

「ありがと!」

 私は手に持ったナイフを強く握り、蓮に向かって走る。

 蓮は私を優しく受け止め、そして私は蓮の心臓に向けて力いっぱいナイフを突き出した。

「ぐふ」

 蓮の口から血が溢れ出す。

 私の体を優しく抱き支えてくれた蓮の体から力が抜けていき、崩れ落ちる。

「ん。満足できた?」

 蓮はその後も何事もなかったかのように立ち上がる。

 そして服も、刺した後どころか、服に染み込んでいた血の跡すらも綺麗サッパリ無くなっている。

 私達はいつもこれを学校に行く前に公園で行っているのだ。

 今更驚かない。

「うん。できた。ありがとね」

「なんなんだ……この二人は」

 黙れという命令が解除され、喋れるようになった花子さん人形がドン引きしたかのようにつぶやいた。

 いや、花子さん人形は蓮の右腕を食いちぎり、両足をもいでいたじゃないの。

 君に言われたくはないわよ。

 

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